死亡動機/4
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良ければ退魔の英雄という、小説を投稿しているのでそちらも見てやってください
一月六日。この日僕は、天城遥と言う一人の女子生徒の家を訪れた。内海幹也からの生徒表にて、条件的に完璧な人材として僕の中に彼女は居た。元々は、白藤和代に話を聞いてから会うつもりだった。だが白藤和代の死によりその予定は、狂いを見せる。
玄関口に備えられた、インターホンを押し鳴らす。
扉を挟んだ向こう側で、溌溂とした返事が返ってきた。勢いよく扉が開くと、目の前に居るのは天城遥本人である。彼女は僕の顔を見るなり、不思議そうに首を傾げる。
「新年おめでとうございます。天城遥さんでお間違いないですか?」
「は、はい。そうですけど.....」
校則を破る金髪は、雪の白光にて輝いていた。
僕はにこやかな笑みを絶やすことなく、深めに頭を下げた。
「まぁ見たことも無い人間が目の前に居たら委縮するでしょうから、離れますね」
僕は大股に二歩下がる。彼女の眼は、変なモノを見ているようであった。いや自分自身、可笑しな行動だと嗤ってしまう。
「実はご報告と、お話がありまして本日は来させていただきました」
「は、はぁそうですか......それで?」
「はい。単刀直入に申し上げますと、貴女と同じクラスに在籍していた白藤和代さんが三日前に亡くなりました」
単刀直入と言いはしたが、それにしても酷い内容である。天城遥が虐めの張本人で、あろうがなかろうが酷である。
瞳孔が瞬間的に広がる様は、電撃に撃たれたようであった。
呼吸さえ忘れる衝撃。彼女の瞳は操縦が効かなくなったように、無造作に震える。
「見ず知らずの男から伝えられても。とは思いますが、これは事実です。恐らく数日もすればテレビか新聞には載るでしょう。あれは最近巷を騒がせている、死亡事件に含まれる案件ですから」
機械として僕は、言葉を紡いだ。別に情を見せない鬼畜生な訳では無い。赤の他人である僕が、そんなモノを見せたところで意味が無いと分かっていたからである。
ちらりと天城遥を見つめる。停止していた呼吸が、再開された。しかし呼吸のリズムは疎らで雑。吸い込む量が増え、吐き出す量がみるみると減る。
典型的な過呼吸の症状だ。
「天城遥さん!?」
少々強めに声を掛けた。途端に彼女は、背骨を抜かれた様にその場に座り込んだ。
近付こうか迷った。しかし少々リスクが大き過ぎる気がした僕は、扉の先に咆哮する。
「すみませーーーーーーーん!!!!」
新年初叫び。乾燥しきった喉に、疼痛を与えた。小さく咳き込むと、扉の奥から一人の女性が小走りに走ってくる。
「遥!?」
事件性を秘めた甲高い金切声は、空気に良く伝った。
天城遥の実家は、思いの外小奇麗としていた。別に汚いという偏見を持っていた、と言う事ではない。ただ玄関口の掃除を怠っていた為、そのような判断を取っただけである。
「粗茶です.....」
「わざわざ有難うございます」
僕は蒼さんに借りた、黒のロングコートを荷物の上に乗せる。
目の前に置かれたお茶に、一本の茶柱が立っていた。不幸中の幸いとでも言いたげなそれに、僕は腹が立った。
「それで......えっと浅羽賢吾さんで良かったかしら?遥に用が在って来たお聞きしましたが」
「はい。実は娘さんにご報告と、お話をと思いまして」
「報告?」
つい先ほど繰り返した、言葉の投げ合い。ただ僕は嫌がる素振りを見せず、白藤和代の死を伝えた。
予想通りの反応。は返ってこなかった。
彼女の死を悼みはするが、天城遥程の動揺を見せない。それどころか、白藤和代と言う人間の存在を認知さえしていない始末。
「えっと。その白藤和代って子は、遥のご友人か何か?」
「いえそういう訳ではありません。──────こちらの報告は大きな意味を持っていませんので、忘れて頂いて構いません」
僕は小さく頭を下げながらに、目の前の女性を見つめた。
天城夕子。一九五九年十月二日生まれ。旧姓を白星と言い、夫である天城健三とは保険会社にて知り合った。──────
昨日頭に入った情報が、自我を持て僕の頭に絡みつく。はたはた厄介な話である。
「それでお話って言うのは?」
「実はですね白藤和代さんは、虐めの被害に遭っていたそうなんです──────
刹那、天城夕子の眉がピクリと動く。
「彼女の母親から犯人の特定を。と依頼が入っていまして、今日はその捜査のために天城遥さんにお話をと思いまして」
回りくどい説明は、僕としても嫌気がさす。だから単刀直入に述べたのだが。少々間違えたのだろう。目の前に居る女性の顔は、怒髪天を衝かれたようなモノに豹変する。
「つまり浅羽さんは。うちの遥を疑っていると!?」
高圧的な態度。しかしそれは慣れていた。僕は無言で首を縦に振り口を開く。
「はい。そうでもなければ、わざわざ自宅まで訪問しませんので」
「ふざけないでちょうだい!!──────そんな白藤和代何て子供を虐める理由が、遥に在る筈がないでしょ!?」
「そうとは言い切れません。それは貴女の意見であり、遥さんの意見ではありません。それに人が人を虐めたり、痛めつけたりする。と言う行動に理由は要らないんですよ。もし要るのであれば、この世界に虐めなんてモノは存在しませんから」
僕は宥める口調でそう告げる。
しかし、実の娘を犯人扱いされた親は止まらない。
「けど、遥は人を虐めたりする子ではありません!!」
「ですから、それは貴女の意見だと言っているじゃありませんか。思春期真っ只中の高校生は、家と学校とでは性格が違う。───家で幾ら大人しくても、学校では野蛮何て事はざらにありますから。ご自身の視点を正解だと思い込むのは、得策とは言えません」
「随分と偉そうね!?子供も持ったことが無い、若者風情が。だいたい貴方が、うちの子の何を知っているって言うの!?」
そう言われれば身も蓋も無い。
──────ただ、それは知り得ない人間の思考である。
仕方がない。と僕は深々と溜息を吐いた。
「天城遥十七歳。一九八二年九月十三日生まれ。天城健三と天城夕子の元に生まれた天城家一人目の子供。血液型はO型で、母親である天城夕子と同じモノ。
保育園は通っておらず、立花幼稚園。西区第三小学校。西区第二中学。西区高等学校と地元の学校に通い続けている。中学時代の部活は、バレー部で背番号は二番。セッターとしてレギュラー入りを果たすも県大会予選で敗退。高校進学後は勉学に励む事も、スポーツに励むことも無く。ただ不良としての道に進む。
高校でのあだ名は、『はーちゃん』。今の彼氏である東雲陽人は、人生で四人目の彼氏に当たる。髪色は黒から茶そして金へと明度を徐々に上げている。....とある程度の情報は持っています。必要でしたらまだまだお伝え出来ますが如何しますか?」
赤の他人が持ち得てはならない情報の数々。
天城夕子の眼は、いつの間にか恐怖へと変わっていた。
ずるい話である。これは質問への答えではなく、只の恐喝であるのだから。
「因みに。これは合法的に収集した情報ですので。私を訴えたところで意味はありませんよ.......」
ちらりと視線を向ける。天城夕子は怯え切って喋れそうになかった。
「僕は依頼料を頂いているので、お遊びでやっているわけではありません。──────別に貴女の娘さんを警察に、引き渡すことが目的ではありません。ただ私はこの事件の真相を解明しなければならないだけです。暫く外で待っていますので、遥さんが目覚め次第呼んでください。それでは」
僕はロングコートの裾に腕を通し、荷物を肩に掛けた。
床暖が効いているおかげで、足裏は温かい。
今日の空模様は、鱗に近かった。
本物を間近で見たことは無いが、鯛のそれに似ている気がしてならない。
外に出てから二十分が経過した。すっぽかされている可能性も捨てきれない。あるいは警察へ通報しているのかもしれない。
そんな想像を膨らませ僕は腰を下ろした。
人を待つことは、僕の経験上四十二回ほどある。だが他人の家の、ないしは扉の前で待つなど初めての事だった。
「そろそろ来てくれないと、凍死しそうだ」
演技じみた声は、骨を空気を伝い僕を身震いさせた。赤くなり始めた指の終端。そこに暖かな吐息を当てるが、余り効果は見受けられない。
鱗のような空模様は、いつの間にか西へと流れていた。本当に生きた魚の様に。
途端に背中に違和感を覚えた。と云っても別に腰が痛くなったとかではない。背中の中間あたりから、臀部に掛けて衝撃が加わるのだ。慌てたような
「来たか.....」
立ち上がり、土埃を疎らに払う。くるりと背を向け、扉から一歩分の距離を離した。
神妙な音を立てながら、扉が開く。居たのは天城遥本人である。
「もう大丈夫なの?」
その問い掛けに彼女は、弱弱しく首を縦に振る。
確たる安心が得られたわけでは無い。それでも今の彼女の眼には、微細ながらに生気が宿っている。
相談。もとい、話し合いは彼女の寝室で執り行われた。
女子高校生に部屋など、響以外に来たことが当然無かった。僕は舐め回す様な眼で、周囲を観察する。そこから判断できる情報は、僕が知り得る彼女の本質を良く捉えていた。
今でこそ、金髪系のギャルじみた彼女。ただそれは束縛の反発と言える。
天城遥は元来、秀才とされていた。だがそれは彼女の意志ではなく、母の天城夕子の意志であった。
「それで.........私に聞きたい話って何ですか?」
ややはぐらかすような、脆弱とした声色。
「それは僕の口から答えた方が良いかな?」
自分自身酷い問い返しだと思う。ただそうでもしなければ、彼女は虚像を割らない。
本心を曝け出すのに一番の有効手段。それは精神の破損だと僕は考える。
「白藤和代さんの事ですよね。分かってます」
「そう──────僕はそれが知りたくて、わざわざここまで来たんだ。最初に言っておくけど、別に僕は犯人を世間に公表するつもりも無い。命とか将来とかそう云う重たいモノを奪いに来たわけでも無い。ただ一件の真相を知りに来ただけなんだ。だから正直に答えて欲しい........君は彼女の何なんだい?」
◇
「何ッ!?虐めの犯人は、天城遥では無いと?」
一月五日。万能堂で、脇崎蒼はそう僕に問い返した。僕は二週目の幻想日記を目にしながら、無言で首を縦に振る。
「恐らく天城遥は、何もしていません。それどころか白藤和代と言う人間の違和感に最初に気が付いた人物だと考えられます」
特段名探偵でもない僕は、あくまで推測ですけど。と付け足す。
「女性の死亡事件の十三件には、共通点があるんです。──────それは共に夢遊病である事」
夢遊病。正式的な名称を睡眠時遊行症とする、一種の睡眠障害
深いノンレム睡眠の最中脳が不完全に覚醒し、無意識のまま歩き回るモノ。比較的初期段階であれば、歩き回る程度に留まる。だが酷い場合、外出や暴行を加える可能性さえ現れる。
「恐らく白藤和代は、九月二十三日から十二月二十四日までの登校期間。夢遊病状態であった考えるのが妥当ですね」
「始業式は十二月二十五だと聞いたが?」
蒼さんの問に僕は、深めに頷く。
「はい。そうなんですが、白藤和代は時々自我に目覚める瞬間があるんです。それが十月六日と十一月二十三日と十二月二十四日。それぞれが自分の身体に傷がない事を憂いた内容なんです。──────恐らく十二月二十四日の日に、彼女は自分が夢遊病が完治したんです。だから十二月二十五日の日記を書かなかったのかもと思います」
答え合わせをするように僕は、幻想日記をぱらぱらと捲る。
普段は、堕落とした蒼さんの眼がいつになく煌く。
「そこで重要視されるのが、天城遥と言う人物なんです。恐らく背丈的条件。人相的条件。として彼女から死を感じさせるような痛みを味わった次の日。白藤和代は自我を取り戻す。恐らく死んだと脳が錯覚して」
僕がそう言い切ると、蒼さんは重たげに腰を上げる。窓の外に肘を掛け、気怠げに煙を吐いた。
◇
一九九九年九月二十二日。この日私は、三人目の彼氏を失った。
端的に言えば振られた訳である。しかし不思議と湧き上がるのは、涙ではなく怒りという感情。
仮に私が浮気をした。などの非があれば、当然の如くそんなモノは湧き上がらない。だが今回はそうではない。
私よりタイプの女が居たから、鞍替えする。と言ってきたのだ。
「ックソ!!マジで腹立つなあの屑ッ!!」
私は勢いに身を任せ、屯場にしている空き教室で机を蹴った。割れんばかりの、音は私の怒号を搦め取るようである。
「まぁまぁ落ち着いてよ。はーちゃんならまたすぐ新しい彼氏が出来るよ」
腰巾着として常に私の右後ろを歩く、日番谷秋は乾いた笑みでそう宥めてくる。それが妙に私の神経を逆撫でする。
しかし不慣れな事をした所為で、私の足は痛みを帯びていた。おかげで狂いかけていた神経は、元に戻る。
「──────何がお前の事を思ってだ!!結局男なんて、女の外見的ステータスしか見てない!!」
乱雑となった椅子に腰を下ろす。破壊衝動は収まったが、やはり愚痴は止まらない。
「ってか。藤原が好きになった娘って誰?」
「他校でしょ。はーちゃんが居て、わざわざ鞍替えするような人間は普通居ないしね」
「それもそっか」
そう言って二人の腰巾着は、げらりと笑う。
──────確かに気になった。その女が誰であるのか。例え他校の人間であるとして。
「......調べる」
怨念に近しい声で、私はそう呟いた。あっけらかんとした顔で二人は私に振り返る。
「そいつの素性を調べる」
そう口にして、私は是非を問わせず二人を連れた。
糞野郎の名前は、円城和弘。同級生だが、私とは違うクラスに属している。
「ねぇホントにこんな所に来るの?」
細々とした声でもう一人の腰巾着である中村美樹がそんな事を訊いてきた。
ここは西区一体の不良が、闊歩する裏通り。半端な人間もいるが、ヤクザ何かと関りを持つ人間もいる。シンナーの臭いが鼻を劈いて、ハイになりかける。
「あいつは、普段ここでシンナー決め込んでる。だから待ってれば遅かれ早かれ来るさ」
私はしてやったと言う顔で、電柱に身体を支えた。
待っている道中。イカレてしまった人間の相手をするのが少々面倒であった。
下半身を露出する人間。薬を持ち寄る売人。とまぁ面々は様々で。
そして日が陰り始めた時。和弘は姿を現した。ただそこに新しい女の姿は無い。
私の顔を見た途端。あいつは、脱兎のように走り出す。しかし、未成年喫煙を決め込んでいるあいつの体力は惰弱で。五分も追いかければ、息を絶やして失速する。
「なぁお前。新しい女って誰だよ?───元カノの頼みとして、紹介してくれない?」
私は和弘の胸ぐらを掴み上げ、そう問い詰める。
涙目になった和弘の顔は、やけに私の本能を燻ぶらせた。
「.....な、何でお前に教えなきゃならねぇんだよ!?」
腹を据えたのか、開き直ったのかは定かではない。ただ和弘は、私の掴んだ手を掴み返してきた。
長らく爪を切っていないせいで、私の皮膚にそれはぐさりと食い込んだ。
穿たれる痛みが鬱陶しく、私はガラ空きになっている和弘の鳩尾に膝蹴りを入れる。小さい頃習っていた空手がここにきて役立つとは思っても見ない。
ごふっ。と貧弱な声を上げ、和弘はその場で蹲った。
──────良い気分だ。
途端にそう感じた刹那。私は本来の目的を忘れ、ただ円城和弘と言う男を痛めつけるという思考に脳が転換されていた。
辺りの眼は、まるで二つの汚点を見つめる冷徹なそれ。
しかし私は気にならなかった。破壊衝動が、そんな冷徹を軽々と熱して見せたから。
私が和弘を蹴るのを辞めたのは、一人の人間に止められたからだ。
「貴女は人殺しになるつもりなの?」
止めろ。でも、いい加減にしろ。でもない思っても見ない不思議な声。それは打撃音をすり抜けて私の鼓膜を揺らした。
蹴っていた足を止める。私はその声の方向にただ向いた。
私と同じ制服を着た女子高生。しかし同じとは言っても、着方に余りに違いがあり私は一瞥だけで判断が効かなかった。
「どうして人を蹴ってるの?」
虚ろな目をした彼女は、本当に不思議そうにそう口にする。
───咄嗟に私は答えが出てこなかった。
理由は明白だ。何せ私は腹いせにやったに過ぎないのだから。
「別にお前に関係ねぇだろ!?」
逃げるように私はそう口にした。これ以上、聞かれることを恐れて。
しかし彼女は私を離さなかった。いやどうして蹴っていたのか、と言う謎を離さなかった。
「貴女は、怒っていたの?」
「そうだよ!!」
「どうして?」
「こいつに、振られたから」
「どうして振られたの?」
「私よりいい女が見つかった身体と!!」
質問は、滞りが無かった。小さな子が、何でと問うに等しい様相。私は次第に腹が立った。
どうしてこんな人間に私は、問い詰められているのだろうと。
「ってかそもそも、お前誰だよ!?」
「私?...........私は、白藤和代」
その名前に覚えはあった。二学期に席替えをした時、私の後ろにいた人間の名前だ。
ただ彼女の声の顔も、声もそれが初めてだったから。私は分からなかった。
「天城遥さんだよね.......うん。やっぱり、貴女が適任だね」
白藤和代は機械じみた笑みを浮かべる。それは喉が痒くなるような、不気味さを孕んでいた。
「な、何の適任なんだよ」
「ん?........私を死に至らしめてくれる人間だよ」
突然。白藤和代はそんな事を口にした。
私はその意味が分からなかった。まるで聞いたことも無い言語で喋られたような感覚に陥った。
夏と秋の狭間の夕焼け。それに伸びた彼女の影は歪に私を取り込んだ。
嘘ではない。
巫山戯ているわけでも無い。
ただ純粋に。
ただ真剣に。
彼女は死亡の動機を探していた。




