表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伽藍の男  作者: 明太子
3/5

死亡動機/3

 「どうぞ」

冬だというのに、水出しの緑茶を机に出す。それもこれも事務所の一角にだけ、通電している所為である。

 脇崎蒼の前に座る彼女は、白藤紗枝。十二月三十日に蒼さんに、依頼をしてきたらしい。

 依頼内容は、娘である白藤和代の虐め調査。と言うモノであった。しかしそれを取りやめに来たという訳なのだ。


 ──────理由は端的で、娘が死んだから。と


「依頼の取り止めですか......では、それ相応の費用を頂きますがよろしいですか?」

「ちょっと蒼さん。流石にその言い方は良くないんじゃ」

付き人の様に、背後に立ってい僕はぼそりと耳打つ。くるりと首を返した、蒼さんの顔を見て僕は息を呑んだ。

 表面上の真似は出来ても、本質を得られない殺眼は悍ましい恐怖の具現化物である。

「私達はお手伝い屋でも、ボランティア団体でもない。変換のできない時間を割いて、他人の依頼を熟す。それが万能堂の社訓だ」

冷徹に放たれた言の葉。それは言の刃であった。空気を揺らすだけである声は、バターを斬る様に空気を裂く。

 反論も出来ずに僕は目線を下ろした。

「──────構いません。幾らほど用意すれば良いのでしょうか」

「依頼料の八十パーセント頂けたら、十分です」

依頼料に十分の八を掛ける単純な計算。文系の僕でも暗算が可能なその数式の解は、六百四十万。平均的な年収を凌駕する大金だ。

 不当だと騒ぎ立てても良い金額を前にして、白藤紗枝はこくりと頷く。

「分かりました......それでは明日までに支払っておきますので」

娘が虐められていると発覚し、そこから大凡一週間余りの命。

 気が付けなかった罪悪感。娘を無くした喪失感。彼女の姿は今にも自殺しそうな浮遊感さえある。

 頬骨がコケ。眼の下には数日は寝ていないような隈が浮かび上がる。


 ──────どうして死んだのだろう。


 最悪なタイミング。そこに合わせるよう、僕の頭は知的探求心を働かせる。

 去り行く背中に問いかければ、一瞬で解消する問。その機会を逃せば永久に知り得ない問。

「........あのっ!!」

声は不自然に上ずり、身体は操られた様な違和感があった。

 その呼びかけに白藤紗枝は、無言で振り返る。

「こんな事を訊くことは、大変失礼に当たることを承知しています。だから先に謝らせて頂きます──────」

僕はお盆を手にしたまま頭を深く下げる。

 そして顔を上げて、

「白藤和代さんは自殺したんですか?」

包むことも、曲げることもしない直線的な問い掛け。自分自身でさえ可笑しくなるような不躾なモノ。

 静謐は永久凍土の様に、冷たささえ持ち始める。禁忌の問だと分かっていた。だが、僕は罪悪感に嗚咽さえ起こしそうだった。


「分かりません」


白藤紗枝はそう答えた。分からないと。

 そんな事はあり得ない。いや在り得ていい筈がない。僕がその意を問おうと口を開く。しかしそれより蒼さんの舌の方が早かった。

「分からないとはどういうことですか?」

「──────そのままの意味合いです。あの子の死因が不明なんです」

ますます訳の分からないその答えに、僕は蒼さんの横顔を見つめた。

 玩具を見つけた幼子の貌。ただやけに卑猥的なモノだった。頬を吊り上げ、まるでそのまま裂けてしまいそうな勢い。

「白藤紗枝さん。娘さんの依頼取り止め料。あちらは要りません」

その声は隙間に入り込む、蛇の様である。死に体と成っていた彼女の眼に光がさした。

「その代わり、私の方から依頼をさせていただきたい。──────娘さんの死因。それを解明させていただきたい。勿論、貴女に料金を頂くような下衆じみた行動はしない。どうですか?」

踵を完全に返した白藤紗枝は、脇崎蒼の眼を見つめる。瞬きをしないそれは、呪いにさえ映った。

 腰を深々と下げる。

「どうぞ.......どうぞ宜しくお願い致します」

そう縋る様な声で言葉を紡いだ。

 儚く。水面に落ちる雪程の脆さ。白藤紗枝は、泣いていた。




 ◇




 一月五日。

 私は数ある偽名の内、片桐舞。と言う造り名で白藤和代の遺体を、知り合いの解剖室に送った。

「良いか浅羽。ここでは蒼ではなく、舞と呼べ」

零距離に等しい間合いで私は、命令する。切羽詰まった様子に、浅羽は風切り音を立てながら首を何度も振るう。


 ここに来るのは、久々であった。年数にして一年と二か月ぶり。当然の事ながら何週間何日。などは覚えていない。いや普通の人間は覚えられない。

 隣の浅羽賢吾と言う男を除いては。

「久しぶりだね遠坂君」

普段の堕落振りとは、打って変わって私は演技じみた声を出す。

 青白い解剖室に一人で居た男は、飲んでいたコーヒーを机に置きむくりと立ち上がる。

「片桐先生の方こそお久しぶりです。元気でしたか?」

眉毛の上で切られた前髪は、ガタついていた。相当に目が悪いせいで、眼鏡は随分と厚い。私より小さな背丈の割に、随分と筋肉質な体躯をする。

 この男は、遠坂藤十郎とおさかとうじゅうろう。片桐舞としての一応の部下に当たる。

「───そちらの青年は?」

私から視線を逸らし、先に居た浅羽の詳細を訪ねる。

「まぁ私の新しい研修生と言ったところだろ。──────浅羽賢吾と言う。ほら自己紹介しなさい」

ポンと背中を叩くと、電源が入ったように浅羽は瞬きを数度する。

「片桐舞先生の研修生をやらせていただいている。浅羽賢吾と言います」

面白味のない簡素な紹介を済ませると、浅羽は黙って頭を下げる。釣られた様に遠坂も頭を下げた。

「そっか色々大変でしょ。先生の研修生ってのは......僕も若い時結構しごかれたからね」

そう言ってけたりと笑う遠坂に、浅羽は如何にもな愛想笑いで返して見せた。

「──────そんな事より遠坂。昨日送った死体の解析はどれ程進んだ?」

「外側に見えた、打撲痕や切創は数えましたが。それ以外は何とも」

「いや十分だ。良くやってくれた」

肩に掛けていた鞄を下ろし、永眠()むった白藤和代を覆う布を取っ払った。

 

 それは見るに堪えない代物であった。

 病院で見た時は、顔の部分のみに広がる傷跡。これが身体を覆う一つの模様と化しているのだから、やはり気味が悪い。

「発見された場所は、自宅の部屋。その間家に家族が居たので、侵入者の形跡は無し。だからこそ死因が不明の事故という訳ですか」

警察側の資料を呟く遠坂を横にして、私はその死体を観察する。

「すみません遠坂さん。傷痕は正確に数えられたんですか?」

「僕も一応プロだから間違いはない.....と言いたいけど、ここまで多いともしかしたら数え間違いがあるかもしれない」

「そうですか──────打撲痕。総数五十八。切創。総数二十四。裂傷痕。総数六十七.....で合ってますか?」

浅羽の詠唱紛いのそれに遠坂は、眼を丸くしていた。

 いや初見であれば当然の反応だ。何せ私でさえこれには驚かされた。

「ど、どうして?一目しただけなのに」

それは化物を見て、怯える様相に近しかった。

「実は彼女が虐められていた時の日記を読みまして.....その時、殴られた回数とか一応全部覚えておいたんです。それで合ってますか?」

「全部覚えたって........うん。完璧だよ」

余りの異常さに笑う、と言う行動以外を制限されたようである。

「あお........舞さん。これは死亡事件入りにしていいと思います」

「ほぉ良い解釈だ。私もお前のそれを聞いてそう思ったよ」

異常であり偉才である、浅羽の意見に私は手放しに肯定する。一人だけ蚊帳の外にほっぽられた様に遠坂は首を傾げている。

「死亡事件って。最近見られる死因不明の、あれですか?」

「あぁ今私と、こいつはその分野で動いていてな........お前から見てこの死体はどう感じた?」

遠坂はうぅんと唸り顔を歪ませる。

 難しい問いである事は重々承知の上だった。何せたった一人の人間が分かり得るのであれば、私と浅羽は要らない。それどころか世間の頭は要らない事になる。

「解剖を生業とする私の意見としては。傷の状態が少し不自然かなと思いましたね」

「と言うと?」

「ナイフのようなモノで綺麗に斬られた痕。素手、脚等で撃たれた痕が重なっている部分があるんですよ。本来打撲痕の上に切創が重なれば当然傷は左右、ないしは上下に分かれるんですが。この死体にはそれが無いんです。私なりの解釈ですと、打撲痕と切創が同時に生まれたんじゃないかと」

そんな事在り得ないと分かっているんですが。と遠坂は付け加える。

 事実そんな事はあり得ない。傷痕が同時に付けられるなど在り得るはずがない。

 丸に切り込みを入れれば、それは楕円の様に伸びるのが当然の摂理なのだ。

 それが無い。つまり摂理が覆されたとなればそれは人の手に負えない案件。


 魔法に関わる案件に成りかねない。



 久しく私は、心からの笑みを忘れていた。同時に私にとってのそれが余りに不気味で有ることを忘れていた。

「──────これは面白い」




 ◇





 一九九九年九月二十三日。

 私は虐めを受け始めた。人から悪意を持った暴力と言うモノを初めて受けたのだ。

 青天の霹靂が如く、それは私と言う存在を撃ち抜く。痛みはその衝撃の後に遅れて現れた。

「な、何で殴るの?」

怯えた声。腹に力を込めているのに、声は揺らいでいた。

「何でてって面白いからに決まってんじゃん」

同じクラスに属する天城遥(あまぎはるか)がそんな事を口にした。上から撃ち降ろす形で殴られた肩は、麻酔を打たれた様に感触が無かった。

「皆も一発ずつ殴れば?結構いい音鳴るよ」

天城遥は、一言で言えば学年の女棟梁である。絶対的な権力を有し、眼を付けられれば当然ただでは済まない。

 噂のみが独り歩きしている思っていたそれは、真実であった。

 

 ──────あぁ痛い。どうして私は目を付けられたのだろう


 一九九九年九月二十四日。

 虐めの趣向は無数に存在する。物理的なモノ。精神的なモノ。と様々で、有名どころだと白い花が生けられた花瓶を置かれたりする。

 今日は、恐らく精神的なモノに該当する方である。早くも遅くも無い時間帯の教室に、私の椅子は無かった。

 誰かが使っているのではない。私はそう瞬時に理解したが、紛らわせるために廊下に逃げることにした。結果としてそれは、害した気分を一時的に癒すことが出来た。ただそれがいけなかったのだと戻って気が付いた。

 きっと誰かが使っていると、思い込んだ反動を見て私の心は見事に断裂された。


 ──────あぁ辛い。どうしいたらこの痛みから解放されるのだろう。


 

 一九九九年十月五日。

 この日は虐めの転換期とも言える。既に抵抗を辞めた私に、天城達は武器を用いるようになった。随分と仰々しいかもしれないが、刃渡り九センチを超えた刃であればそれは武器と言って差支えが無い。

 ただ幸いに。私の心は既にズタボロであった。粉微塵と化した紙を斬れないのと同義で、私の心は痛むことは無い。

 しかし斬られるというのは痛かった。殴打のような滲む痛さではない。余りに熱くて、目眩さえ起きる。

 右手首の外側を斬られたのは幸いである。大した血管が通っていないお陰で、失血死は無い。


 ──────あぁ眠い。いつになれば死ねるんだろう。


 一九九九年十月六日。

 可笑しな事が起きた。昨日の切傷が消えていた。いやそんな話ではない。まるで斬られた事が、幻であったかのようである。

「あれ......何で私、右手首なんか見てるんだろ?」

 この日。この時から私の記憶は朧としていた。脳と言うノートに書かれた記憶と言う文字。それが上から落書きされた感覚。絶対的な安心感を自らに与える記憶は、頼りがいのない情報でしかない。

 同時に最近気が付いたことが在った。本棚に見知らぬノートが二冊ばかりある事だ。


 


 一九九九年十二月二十五日。

 キリストの生誕を祝う特別な日。日本ではサンタと言う異界な人間が、プレゼントを与える特別な日。

 この日私は終業式であった。学校に居る間、本を読んでいた。それが常であるはずがどうしてか違和感を覚えた。余りに平和で、痛みがない事に。

「ねぇ白藤さん。大丈夫?」

「えっ?.......」

私は裏声じみた返事をする。前に居たのは、天城遥だった。学年の女棟梁で絶対的な権力を有する人。そんな人間が私に、安否を確認する声を掛けて来た。

「顔が真っ青だけど」

「本当?」

自分自身、折れかけの枝のような声で聞き返す。彼女は親切に手持ち鏡を見せて来た。

 彼女の言う通りである。まるで死んで数日経った後のような青白さ。

 途端に私の身体に痛みが走った。思い切り肩を殴られたようなそんな痛みが。


 ──────そうか。私は死にたがっているんだ。



 ◇



 私が和代の日記を見つけたのは、終業式の日の事だった。

 和代が学校に居る間。プレゼントを置こうとした時。歪に並ぶ本棚のそれに目が行った。手に取るとそこに書かれていたのは、虐めの記録だった。

 私は瞬間目を疑った。これが和代以外の誰かが書いたモノだと信じたいと考えた。だが現実は無情で、この筆跡は和代のモノなのだ。


 和代が帰宅して、私はいの一番に問い詰めた。

『これは一体何だ』と。和代は、肯定も否定もせず口を開く。

『それは一体何だ』と。

 その言葉が嘘ではない事を理解できた。何せ和代は噓を吐く時、唇をかむ癖があるからだ。


 私は即時、学校へ行き担任を問い詰めた。しかし担任の内海と言う男は、そんな虐めなど知らない。と一点張りに事を否定する。当然のことながら気が動転していた私は、強情に質問を投げ続けた。生徒指導長を挟み、遂には校長にまで話を聞いた。

 だが、結果何も得られなかった。

 虚無感に駆られた私は、和代の書いた日記を読むことにした。残酷で濁す事をしない、文章は見ているだけで吐き気がする。ただ止まるわけにも行かない。私は犯人を突き止めるためにそれを読み進めた。

 

 五日と言う時間が過ぎた。十週程度読み終えたが、犯人の人相はこれっぽっちも掴めない。

「──────学校の言う通り。虐めなんてモノは無かった?いやそもそも、和代がどうしてこれを知らないの?」

それは迷宮であった。それも出口も入り口も無い。

 神経がイカレてしまいそうになり、私は外に出ることにした。

 数日振りに出る外は、新鮮で。曇天が空を覆い尽くしていた。知らずに外に出た所為で、私の格好は似つかわしくない薄着だ。しかし不思議と寒くは無い。

 二〇〇〇年。と言う千年単位の区切りを迎える年末は、例年以上に騒がしい。何処ぞの人間が口にしたノストラダムスの大予言は明日に迫っているからか。私はあてもなくただ茫然と歩き続けた。

「はぁぁぁぁ.........」

溜息は、普通の呼吸と比べ物にならない程白かった。これは空気が汚れているから起きる現象だと、誰かが言っていたがそんな事はどうでもよい。

 瞬間。綿毛のような白濁としたモノが、堕ちて来た。それが雪だと分かったのは、少ししてからの事。

 操られた様に首を上げる。

「あれ?......あそこに人が居る」

一階の飲食店以外は、何もない廃ビル紛いの五階。そこに人が居た。窓際で煙草を吸う様は格好が良い。

 私は吸い込まれるようにそのビルに入った。エレベーターは動かず、エスカレーターはそもそも存在していない。

 蜘蛛の巣が張り巡らされた階段を見つけそこを登り続ける。

 二階。三階。四階。そして五階。

 上り終えた正面に扉があり。木の看板が掛けられていた。名前は万能堂。まるで空間事切り取られたような異質さに私は瞬間たじろいだ。

『行け』

何処からともなくそんな声がして、私は脚を踏み出す。

 扉に付けられた鈴がカランと美しい音色で鳴いた。そこは電気さえ付いていない、暗がりの中。私の対に居る一人の女性は、蒼の髪をしていた。

 一つに結んでいた髪の束がふわりと揺れる。

「おや。こんな辺鄙な場所にお客とは........ようこそ万能堂へ」

その女性は、狡猾な外見を有した女狐のような人間であった。




 

 女の名前は、脇崎蒼と言う。仕事は何でも屋で金さえ払えば、国家転覆さえしてくれると来た。

 私は迷うことも無く、和代の一件を口にする。もうこの人しか私と言う人間を救えないと信じて。

「ほうほう......つまりその謎を解き明かして欲しいと?」

脇崎蒼の言葉に私は無言の肯定を残す。

「構いませんが。金額は──────」

「八百万。でどうですか?」

提示される前に私は、多額の金額を口にした。現状私がため込んだ貯金の全てである。それを失う事は、生活に支障をきたすことは目に見えていた。

 ただそれでも良かった。あの子が、和代が助かるならと。

「ハハッ。四百万程で良かったんですが.......まぁ紗枝さんがそう言いなさるなら。それでいいでしょう。しかしそのような案件を得意とする、うちの部下は今居なくてですね。少々お時間が掛かってしまいますがよろしいでしょうか?」

「はい。ですが、冬休みが終わるまでの。一月十日までには解明して欲しい」

「──────善処します。それでは後日」

 契約書も無い、随分と乱雑な契約は十分も掛からずに終わった。


 ──────これで、これであの子が助かる。



 一月一日。

 千の位が二と言う数字に変わった日の事。和代は、部屋から出てこなくなった。心配でノックをして見るも、返事が無い。しかし運んだ食事は、口にしているようで何処となく安心する。

「和代はどうしたんだ?」

「きっと受験勉強で疲れてるのよ.......ほらあの子、結構根詰めしちゃうタイプじゃない」

私は旦那に、例の一件を伝えていなかった。口にした所で解決しないと分かり切っていたからだ。

 時計の針が音を鳴らして、時を刻んだ。テレビはどの番組を付けても、二千年と言う節目に騒いでいる。

「何か疲れが回って来たわね........ちょっと休まないと」

張り詰めた神経を解す様に私は、深い眠りに付いた。天に昇るような感触で、行為そのものが娯楽である。

 

 一月四日。

 解れた神経のお陰か、私の顔色は随分と良くなっていた。ただ目の下に浮き出た隈だけは、まだそこに鎮座している。

 昼時。私は和代の好物である、ナポリタンを作った。相も変わらず私は、和代の部屋の前にそれを置き扉を叩く。

「和代。お昼置いてあるからちゃんと食べなさいよ」

返事は無い。それが日常と成っていたために私は、本来異常であるはずのそれに違和感を覚えなかった。

 一階へと戻り私は炬燵で昨晩の残り物を摘まみ、テレビを見つめた。


 三時間が経過し和代の皿を回収しに二階へ上がった時。私は初めて違和感を感じ取った。

 必ず無くなっている筈の料理は、あれから形を変化させていない。乾き切り、麺同士が癒着したようなそれが私の眼に異質に映る。

 強めにノックをする。

「和代!?ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ!?──────」

やはり返事は無い。

「和代!?入るわよ?──────」

瞬間返事を待ったが、それでも無いので私は扉を開けることにした。






 そこに在ったのは、白藤和代だったモノだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ