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伽藍の男  作者: 明太子
2/5

死亡動機/2

 僕の仕事内容は決まって二分化する。

 一つは調査。だがそれは、通常の人間では調べきれない情報量を扱う事がざらなのだ。

 一つは解釈。基本的に、文面的なそれを読み蒼さんに意見の提示を述べる事。


 ───これは子供のころから、得意としていた記憶だ。


 朝の五時二十七分。

 浅葱色よりかは澄んだ空色を拝見できる時間帯。僕は延べ十冊に及ぶ幻想日記を読破した。気分は最たる程に悪い。

「終わりましたよ。蒼さ.......って寝てるし」

机に突っ伏しながら蒼さんは気絶していた。

 あの人はどうしても、憎み切れない性格をしている。僕に激務を押し付けてくる間、蒼さんは大抵僕に相当する仕事をこなしている。大方死亡事件を調べている間、別件で動き続けていたのだろう。

「仕方がない。毛布の一つでも掛けてあげるとするか」

僕はソファーの傍らに掛けられていた、布切れを取りそれを彼女の背に掛けた。

 

 名は体を表す。などと言う二元論的な思考を肯定も否定も特段するつもりはない。

 ただこの脇崎蒼と言う人間を見ていると、肯定の気分が跳ね上がる。


 『あお』と言う読みを持ち、且つそれが色覚的な話になる文字は三つに分けられる。一つが日常的な青。そして碧。

 ──────そして蒼。

 仮にこの三つの中で異端を抜き出せと言われれば僕は間違いなく『蒼』を選別するだろう。何せこの色は言わば『みどり』に近いから。

「この髪はそれに頗る似ている。魔術師かは知らないけど、日本人とは思い難いね」

僕は若干鏡として、稼働する窓ガラスを見つめた。若さ故か白髪一つない綺麗な純黒が、反射し網膜に入る。

 ソファーに再び腰を下ろした。既存の仕事を粗方終えてしまい、今はすることが無い。帰ってもいいが響が居ない以上、家に居ても退屈なのは目に見えていた。


 ただそんな事は今はどうでも良かった。

 雇われ始め、蒼に言われたことを僕は鮮明に思い出す。

 『忘却とは人間が持つ最大のセラピーだと』

本を読むという行為。それは現代的な観点から見ても娯楽とは言い難い。無限に近しい量の活字を眼で追い、そして頭の中で映像的補完を行う。

 慣れればそれは当然面白い。だが慣れなければ拷問と大差がない。

 文学部日本語学科と言ういかにもな所で勉強していた僕は、当然に前者に該当する。本を読むことは好きで、それがある種生き甲斐なのだが。

 この十冊の日記文学は、打って変わって僕を後者に該当させる。

「よくもまぁこんな赤裸々に。けど確かに五一二九八文字の中に犯人の造形らしい表現は無かった──────けど、何となく人物像は浮かび上がってきたな」

犯人が誰なのかを問い詰めるだけの文学。それを総じて人はミステリーと言うのだが。その作品の中で、犯人は比較的平均的な体躯が多い。

 仮に犯行に使用されが物体が、重さ百キロを超える物体だとしよう。犯人の候補は三人。筋張った男、小柄な女性、筋骨隆々の大男。どれ程鈍い人間でも恐らく三人目を選ぶのが必然になる。


 ──────浅羽の溜息は天井へと舞い上る。


 つまり作家は、犯人を確定させないような犯行道具を選び。唯一出来る人間を生み出さないような人選。を心がける。それがプロで、それが読者を魅せる技術。

「読むだけの人間は、書くことを生業とした人間には至れない」

白藤和代は根っからの文学少女と聞く。だからか文章の書き方はこなれていた。

 ただ、犯人を特定させないという技術は持ち合わせない。只の読者に変わりはない。



 ◇

 


 一月四日。午前十一時零分。

 白藤和代が在校する。中堅的な私立校に私と浅羽は一緒に来た。

「お前この学校知ってるのか?」

「えぇ....中学の頃一応視野には納めてました。まぁ結局もっと普通の高校があったんでそっちに鞍替えしたんですけどね」

普通。この男は専らそれを目指すために生きている。異常。

「それと蒼さん。流石に校舎で煙草を吸うのは控えた方が良いんじゃ?」

「ふふっ正論だなそれ。けど昔は、学校でも吸えたんだぞ」

私はため込んだ煙を、わざとらしく吐く。

「それ、昭和の常識って奴です」

「今おばさん呼ばわりしたな浅羽?言っておくが私はお前と十程度しか変わらん」

そうですか。と浅羽は議論を放棄したようにコクリと頷いた。


 三が日を過ぎたおかげ。人気は大方復活を見せる。外では野球部とサッカー部がまじめに練習を重ねていた。

「随分綺麗な校舎ですね。僕が初めて来た時はもっと、瑕疵(かし)だらけだったんですけどね」

「二年前に大幅な改修工事をしたそうだ。耐震性が芳しくないと、市から問題視されていたよ」

浅羽賢吾と言う男の背丈は、百七十五なのだろう。私と大して目線が変わらない所からある程度は察せる。

「──────それより浅羽。疲れてないか?」

瞬間。浅羽の歩みはピタリと止まる。右後ろを振り返ると、眼を点状にしたそれが私の顔をまじまじと見つめていた。

「何だ?」

顔を顰めながらそう訊く。

「いや。寝不足なら帰って休んでも良いですよ」

「.......お前なぁ。いくらの私でも人を心配する気概は持っている」

「ふふっ。冗談ですよ」

浅羽は物腰柔らかに答えると、止めていた脚を加速させる。


 辿り着いた先は、四畳半の生徒指導室。まるで取調室のような鈍重な雰囲気を纏っている。

 職員室に行き。一人の教諭に運ばれただけではあるのだが。

「狭いですね。ここ」

ぼやくような浅羽の言葉。私は分かり切った事を言うなと冷徹に返す。

 窓を小突く。随分な厚みがあった。

「あっ!!.........」

静謐な空気を切り裂く、浅羽の声に私は首をまわした。手にしていたのは一冊の本であった。

「何だ新しい幻想日記でも出て来たか?」

「違いますよ。視てくださいこれ。十角館の殺人のノベルス版ですよ......初めて見たなぁ」

そんな事を口にして、浅羽はページを捲る。二十歳を迎えた青年とは思えない、頬の綻び。それはおもちゃを手にした幼子の様であった。

「給料日なんかよりよっぽど嬉しそうだなお前」

「そりゃそうですよ。だってこれ探したって見つからないんですもん......これがあるんだったらこの高校に通うべきだったなぁ」

そんな可笑しな事を口にする浅羽は、随分本気であった。

 まともな清掃が行き届いていないここは埃くさい。何て事を考えていると、ドアが鈍い音を立てて開いた。

「御待たせいたしました.......黛さんと浅羽さんでお間違いないですよね」

私達をこの牢屋紛いの一室に案内した教諭であった。物腰柔らかなどではなく、単に貧弱とした装いの人物。仮に私が学生であれば、初見で舐め腐る様な人間である。

 男はドアを閉める前に、廊下に頭を下げる。どうぞと小声で案内すると、二人目の男が現れた。

 説明を省くが、一言で言えば豪胆である。

「えぇ私が、白藤和代さんの担任である。内海幹敏(うつみみきとし)でこちらが─────」

「生徒指導長の田代だ」

説明の道中に割り込んだ自己紹介は、見た目通りの圧があった。

 対面形式のソファーに踏ん反り返るように座り、田代と言う男は私を見上げる。

「......おっお座りください」

内海はぺこぺこと頭を下げ続けていた。

 

 ─────中々良いペアじゃないか


嘲笑するようそう感じると、私は事務所以上に廃れたソファーに腰を下ろした。

「浅羽も座れ。今回の要件はお前が、主なんだからな」

「.......えっ?あぁそうでしたね」

浅羽は私の言葉を耳に入れ、現実世界への帰還を果たす。



 

 ◇




 頭の中に刻まれている、文字の羅列をなぞるように僕は目を動かしていた。

 偶に映画を数十と繰り返したから、台詞を覚えているという人間がいる。そんな人間にこんなことを聞いてみて欲しい。

『では、このシーンのナンバープレート覚えている?』と

 全てとは言わないが、殆どの人間がそんな問いに答えられない。それが普通なのだ。

 けど、僕は違う。そんな問いに平然と答えることが出来る。それが僕の普通なのだ。


「わざわざお時間いただき有難うございます。──────白藤和代さんの一件で、来させていただいたんで、」

「何度も言ってるが、そんな虐めらしい噂はねぇ!!」

田代と言う男は、どうやら割って入るのが好きなようだ。まるで威嚇する獣のようなそれに僕は一瞬肩をすぼませる。

「勘違いされているようなので、説明しますが。別に虐めを公表する為に来たわけじゃありません」

「じゃあ何だって言うんだ!?」

一貫して高圧的な態度を取り続ける男の前に、僕は十冊のB5ノートを置いた。

「これは、白藤和代さんが書いた虐め日記のようなモノです」

「知ってる。けどこんなモノは証拠にならねぇ!!良いか虐めを受けたとされる当の本人には怪我の一つも無かったんだぞ!?こんな紙束が幾ら集まったところで意味はねぇんだよ!!」

「──────そうでしょうか」

宥める事に意味を見出せなくなった僕は、思考と口調を転換する。

 途端に田代は眉を顰める。眼は鋭さを増し。奥歯をやけに食いしばる。

「仮の話として。殴られたのではなく殴られるに相当する痛みを、『殴打』として表現したら?」

その問い掛けに、隣りに座る蒼さんはほうと呟いた。

「だから何だって言うんだ?」

「精神的な痛みを表現した場合。その加害者は物理的姿を持たない可能性が出てくるという事です。例えば満員電車でストレスを感じた、としましょう。その場合加害者は誰になるのか。などと言う議論は、成り立たない。と言えませんか」

長ったらしい説明に対して、田代は考える素振りさえも見せない。耳に取り入れた情報を無駄だと即座に脳が処理する。

 膝丈程に置かれた机を思い切り叩かれた。当然それは田代が起こした暴動。僕と蒼さんは平然としたが、内海さんは小さく身体を跳ねさせた。

「見苦しい言訳は良いんだよ。口にすんなら分かりやすい真実で十分なんだよ!!」

困った。直観僕はそう感じる。

「分かりました。では貴方の右手の下に置かれたノートを開いてもらえますか」

暗唱は面倒で好きではない。ただせざるを得なくなった。

 田代は舌打ちをし、乱雑にノートの一枚目を開いて見せる。

「今日の早朝からそちらを全て読みまして、私なりの解釈をと」

「それなら俺だって読んださ。しかも全部な」

「では、覚えていらっしゃると?」

「当たり前だ!!だからお前の解釈なんぞ不必要な──────」



『一九九九年九月二十三日。この日は随分な一日だと私は感じた。何せ今日人生で初めて人から悪意を孕んだ殴打を受けたからだ。肩は熱を帯び、動かす度に軋む音さえ聞こえる。余りに突然であったから、私は呆然とその場に立ち尽くした。それが普通の反応であるのだが、周囲はけたりと嗤っていた。そこで私はそれが悪意を持っての殴打だと心の底から理解した。どうしてこんな事をするのかと問えば。面白いからと口にしたのも十分な加点ポイントだ。

 一九九九年九月二十四日。どうやら私は虐めの被害に遭い始めたらしい。昨日私の肩を殴ってきた面々は、今日は私の椅子を教室から無くしていた。誰かが使っているのかなと周りを見渡す。とりあえず鞄を置いて廊下に出た。始業のチャイムに合わせて帰ってきたが、私の椅子は返ってこない。ふと周りを見るとまたしてもあの連中が私を嘲笑するように見つめていた。

 一九九九年九月二十五日。やはり虐めは──────



「ちょっと待て」

僕の詠唱紛いなそれは、恐れ戦いた一言に釘を刺された。

 眼を開き正面を見つめると。あれ程赤々とした田代の顔が、青白く染まり切っていた。

「まさかお前.....全部覚えているのか?」

「えぇ。言いましたよね。全て読んだ。と」

だからと言って全てを記憶しているかどうかは、余りに別問題なのだ。けど、僕からすればそれは普通なのだ。

「少しは僕の解釈をお聞きしていただけますか?」

そう問いかけると、対面の二人は揃えて首を縦に振るう。

 安心した。

「先程精神的な痛みを表現した。と言いましたが、あれは余り的を射ていません。僕としてはやはり物理的な被害だと考えています。そこで先生方に協力していただきたいのが、身長一六三から一七二までの生徒を教えて頂きたい。別に住所とか電話番等は要りませんので」

ピタリと言葉を辞めて二人は、互いに顔を見合わせる。同時にコクリと頷くと内海さんは、そそくさと子の部屋を出た。

 閉じられたドア。途端に起きる静謐。

「なぁ先生。煙草良いかな?」

気まずい空間を切り裂いたのは、脇崎蒼のそんなつまらない言葉だった。

 思いがけず何を言っているんだと僕は言いかけた。そんな中で田代は首を縦に振り。あぁと一言だけ付けくわえる。


「あんたらは、何のためにこんな探偵みたいな真似をするんだ?」

僕と蒼さんは顔を見合わせ、開口一番『金』とだけ口にする。

「まぁお金が第一優先ですけど。依頼人が犯人を特定してくれ。と言って、金額まで提示してきたので」

「そうか──────浅羽とやら。お前幾つだ?」

「二十です」

「大学には通って無いのか?」

「はい」

「どうして?」

「黛京子さんの下で働く方が、面白いかもと思ったからです」

「そうか」

矢継ぎ早の質問は、田代の相槌によって幕を下ろした。先程の威勢など、何処へ行ったのか聞きたくなるほどに落ち着いていた。

 教師としてではなく。純粋な田代と言う男は、こちらが性分なのだろう。


 煙を吐き捨てる呼吸音は一定のリズムを繰り返す。向かいに座る田代は、膝に肘を乗せ顔の前で手を組んだりする。僕はと言うと、先ほどの本の続きが気になりページを捲り続けている。

 走る音が、人気の無い廊下に反響する。

 止んだ刹那。ドアが開かれる。

「お、お待たせいたしました」

息を絶やした内海の登場で、静謐は文字通り粉砕された。

「こちら、クラスの名簿と身体測定の結果を書いたモノです」

持ち込まれたモノは、四枚の紙。恐らく二つが名簿で、二つが測定結果なのだろう。

「すみません。名簿の中身を手打ちして、印刷してをしてましたら遅くなりました」

「こちらこそ有難うございます──────それでは拝見させていただきます」

一枚目と二枚目の一行目。何とも言えない、不揃いさ。僕は頬を二度掻き、内容を眼で追った。

 瞬間的に捕らえたそれは既に情報から知識へと昇華させる。

 三枚目と四枚目の半分。今度はよさげな配列に目を向け、上から下へと視線を移す。これの繰り返しで、時間にして十秒程度。

「なるほど....こちらは、もう処分していただいて構いません」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこのことを言うのだろう。対面の二人は、息を呑む。

「それじゃあ蒼さん。今日は帰りましょうか」

「済んだのか?」

はい。と僕は口にして、白藤の幻想日記を鞄に入れる。

「それで、犯人は誰なんですか?誰が虐めを?」

懇願するような声で、内海は祐を見上げる。どうしてか物乞いに見えてならなかった。

「まだ確定はしてませんので──────それに確定した所で、契約者以外には教えないと制約を交わしているので」

頭を下げている合間、蒼さんはドアを豪快に開け出ていった。




 校門を抜けると、白光と輝く雪が目を傷める。

 踏みしめる度にざしゅざちゅと残す音は、耳を休めた。

「浅羽的に犯人は特定できたのか?」

「八割ほどは.......まぁ後は白藤和代本人に会わない限りは何ともです──────煙草戴けませんか」

「おや珍しい。身体に悪いから吸わないんじゃなかったのか?」

「ちょっと一服したい気分なんです」

差し出した左手の上に、蒼さんは嫌がる素振りも見せず一本煙草を乗せてくれた。それを口に咥えるや否や、脇崎蒼は指を弾く。

 乾いた世界にそれは良く響いて。僕の煙草の先端は火が付いた。

 奇術なようなそれ。だがそれは魔術だと言うそうだ。

「それどうやってるんですか?」

「説明した所で、分かるモノじゃない......まっ今のはケルトのルーンを起点としたモノとだけ伝えておく」

無論意味が分からなかった。積み重ねられた全ての記憶を引っさげても、それを解明するには至ら無い。

「戻り次第。さっきの情報を纏めますんで......依頼人に連絡お願いします」

「承知した。それにしても浅羽お前、本当に勤勉な人間だな.......真面な生活に戻れば、称えられる天才として名を馳せる事が出来るぞ?」

分かり切った問に僕は、溜息の代わりに煙を吐いた。

「僕は普通を目指しているんです。誰かから称えられる人間になるつもりはありません」

「そうか?──────けど、お前は普通にはなれんぞ」

「どうしてですか?」

蒼さんの言葉に、苛立ちを覚えた。だから僕の声は少々棘を帯びている。

「そりゃ。私なんかと一緒に居るからだ」

「..........そうかもしれませんね」

自嘲するような笑みは、僕の棘の先を軽々と折った。同時、僕もまた自嘲じみた笑みを浮かべて見せる。



 事務所のドアに人が立っていた。

 新しい依頼人なのだろう。ただやけに死人のような雰囲気を纏っている。

 僕と蒼さんに気が付くと四十後半の女性は、頭を深々と下げる。

「おや。白藤紗枝じゃありませんか」

姿も名も知らなかった僕とは対照的。蒼さんは彼女の素性を知っていた。

 白藤紗枝。それは白藤和代と同じ名字であった。

 そう。彼女は白藤和代の一件の依頼人である。

「こんな寒い中待たせて申し訳ない。今鍵を空けますんで」

灰色のロングコートのポケットに蒼さんは手を突っ込む。裸姿の鍵を取り出した刹那、白藤紗枝の口が開いた。

「いえ。ここで結構です。依頼の取り止めをと思いまして」

その声は余りに冷たく、痛ましかった。

 まるで冬空の下、拳を石に叩きつけているかのような。

「──────どうしてですか?」

「実はつい先ほど。和代が亡くなりました」


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