死亡動機/1
何か書きたくなったから短編で書こうかなと思いまして......
恋愛ものでもと考えはしたんですけど、やっぱり私には会いませんね。
魔術とか不可解な事とかが、私の男心をくすぐるってモノです。
では楽しんでください!!
異常であり続けた人間。それは平常を望む。
平常であり続けた人間。それは異常を望む。
総括して人間と言う括りに磔られた両者は、共に相容れない。
陰陽八卦の二つの対極が絡むことはあれ、それが溶け込むことは無い。
浅羽と言う一人の男は、前者として苦しみを謳歌した。平常であることを誰よりの臨んだ。そして自分が異常でないと誰よりも己を否定した。
それでも異常として生まれた浅羽に平常は訪れない。誰よりも平常を望んだ結果、その先に待っていたのは煮詰まり固形となった異常のそれ。
──────十二月三十一日。年始を待つ無数の人間の中、浅羽は一人天を仰いだ。
願掛けにしてやや尚早なそれ。
「来年こそは──────俺を普通にしてくれ」
ベランダから映る夜空には、指定された席に座る星があった。
左肩のベテルギウス。その対極に位置するリゲル。対極であることは、位置には留まらない。
赤と青の二極。
薄く長い吐息は、煙草の様に空を彩る白であった。
◇
二〇〇〇年。一月一日。
人間の贖罪を背負い死んだ、かのキリストの生誕から二千と言う年月が経過した。1973年に予言されたノストラダムスの大予言。それは杞憂として終わりを遂げた。
当然の如く年始を迎えた人類に亡びは無い。
「それで、神社行かないの?」
「うん。寒いし家で読書してるよ......あっ、出来ればたこ焼き買ってきて」
「はいよ。あとでちゃんと請求するからな」
防寒着を着込んだ人の名前は、橋本響と言う。男とも女とも取れるその名前だが、性別は女である。
とは言っても竹を割ったような性格は、男勝りとでも取れる。
炬燵の温もりを感じながらに僕は古本屋で手にした司馬遼太郎なんかを呼んだりする。
「それにしても賢吾は、本が好きだね。──────面白い番組がやってるっていうのに、それには点で興味を示さないとは。時代錯誤もほどほどにしたら?」
彼女の発言は正論であった。僕はページをめくる手を止めうぅんと唸らされた。
付き合って四年経つ中だが、やはり彼女との相性はすこぶる良いと断言できる。
僕は特段に買い物が好きではない。年がら年中同じ服を着まわす、横着な素振りはざらである。だからと言って彼女が僕のそれにどうこういう事はいつもない。付き合い立ては、少々の小言はありはした。だが意味が無いと学んだ彼女はそれをいつからか止めていた。
「雪で地面が凍ってるかもしれないから。気を付けて歩くんだよ」
「分かってるよ。──────紅白は私が返ってから一緒に見ようね」
扉の前でくるりと顔を向けた彼女は、眩しい笑顔を写しそう口にした。
分かっているよ、と言うように僕は首を縦に振るう。
鍵の閉まる音を確認してから、僕は視線を扉から本へと向ける。
一枚。一枚とページが捲られ、いつしか右の紙束が左を越していてた。定期的に発生する紙を摺る音。それが僕が動いている証拠である。
「.........あれ?もうお茶が無くなっちゃったなぁ」
はぁぁと溜息を吐き、僕は炬燵から這い出る。
板の間は、外気に触れ続け氷の様に冷たい。泥棒の様に爪先を立てて、ポットの前に立ち急須に湯を入れる。
登り立つ湯気で多少の暖を取るが、肝心の足元は冷たいままであった。
プルルルル。
家に備えていた子機が音を鳴らした。年始だというのにあれは随分と勤勉である。
「響かな?......」
茶が急須に溜まるまでの暇つぶし程度に僕はそれによる。刻まれていたのはゼロから始まる見知った、数字の羅列であった。
人と言うモノは、やはり面白い。
────数字を見ただけの人間にしては、随分と辺鄙な感想だと僕は思う。
ゼロから九までの十個のそれの、羅列は人を幸も災いも与える。好きな子の電話番号であれば跳ね跳び、嫌いな相手と分かれば気分が落ち込む。
今回のパターンは、後者であった。
「この時期だし父さんは無いな。まぁ母さんだっとしても出る気は無いけど」
電話に出たわけでも無いのに、僕は耳が痛かった。何も子機の呼び出し音が不快だったからではない。話の内容が電話線を通じて透けて来たからだ。
僕こと、浅羽賢吾は大学一年の冬に自主退学と言う形で大学から姿を消した。
理由はある。──────僕は、一人の女性の元で働きだしたから。
未だに昭和の形式を引く父は、そんな事実に首を縦に振るはずも無かった。ひたすらに僕を蔑み、怒号し、嘲笑い。挙句に勘当ものと判断した僕を家から追い出した。
「──────勝手だよな。今更になって帰って来いなんて」
僕は台所に戻る道中、読みかけの本を手に取った。
三十秒ほどの呼びかけを、とことん無視した末。それは気力を失ったように口を閉じた。
今年で二十一になるわけだが、僕は平均以上の額を稼いでいる自負がある。少々自惚れに聞こえるかもしれないが、データに基づいた結果だとだけ言えるのだろう。
「そう言えば、蒼さんからメールが届いていたっけ」
僕は半端に抽出したお茶を筒茶碗に入れる。瀬戸物だからか、熱は僕の指に良く伝わる。
まるで危険物でも扱うかのように、茶碗の先を五指で摘まみ。それをデスクの上に乗せた。基本的に整理整頓は響が行う為、家の中は見るからに整えられている。だがこの一デスクだけは違う。流石に人には見せられない資料が、五万とあり例え恋人であれど触れされられない。結果としてここだけ異質な空間が成り立つわけなのだ。
『三件の通知』
蒼さんから貰ったパソコンの画面の左下、そう表示されていた。
大方ウイルスの対策云々の通知が二件で。残りの一件が仕事なのだろう。僕はゴミがつまり、反応の悪くなったマウスを動かす。
『依頼:先月から頻繁に発生した、不可解な死亡事件の詳細を故人分調べてくれ。報酬:100万』
完結に述べられた文章を見て、僕は溜息を吐いた。
確かに報酬の値は、鬱憤を晴らすには十分すぎる。────別にそこに対して僕も文句は持たない。
「──────不可解な死亡事件全部って。僕はコンピュータじゃないんですよ」
脇崎蒼。それは僕が働いている、探偵紛いの事務所の社長の名前。
何故探偵紛い。と呼称するのかは明確で、彼女は人探しから人殺しまで何でもござれの何でも屋だからだ。要するに依頼の内容と報酬とが釣り合えば、国家転覆さえ行う野蛮人。それが脇崎蒼という人間の説明に当たる。
不可解な死亡事件。
それは本当に十二月一日から現れた、カルト的な事故なのだ。とはいっても余りに他殺的な要素も含んでおり、一概に事故と言い切れない。だから世間は死亡事件と名称をあやふやにする。
「──────件数にして大凡六十八件。女性が十三件。男性が十九件。女児が二十二件。男児が十四件。これを一人で?全部?」
僕はテレビに映し出された、情報を頭の中で整理して口にした。我ながらに良く記憶していると嗤ってしまう。
「けど、背に腹は代えられないし。頑張るとするか」
気だるげにお茶を喉に通す。
細長い形状をする茶碗は、良く熱を保温していた。猫の様に舌を出すと僕は、メモ帳を開く。
◇
事務所は、廃ビルに成りかけた五階に位置している。
何を思ってか。蒼さんは電気さえまともに通らないこの一室を好んでいる。理由はとんと不明で、魔術師だから。と一言だけ昔説明された。
一月三日。
僕は三が日の最中に出勤する。どうやら随分と廃れた顔をしているのか、蒼さんは僕の顔を見て途端に笑う。
「なにが可笑しいんですか?蒼さんの所為で、僕の三が日は仕事漬けにされたんですから」
「ハッハッハ...いや何。新年初めましてだって言うのに、随分ひどい顔をしているモンでねぇ」
答え合わせは彼女が直々にしてくれた。
僕はまだ鏡としては、不十分な明度を持つ窓ガラスに顔を向ける。
「────そんなに変ですか?」
「まぁな。無呼吸で目覚めたような青白さだよ」
「そうですか.......はい。頼まれていた仕事です」
バックに手を突っ込む。クリップ止めされた丁度六十八枚の紙束を、蒼さんのデスクに乱雑に置く。
ばさりと音を立てた束の一枚目。『赤松重吾』の名と男の顔写真が張られていた。
「まさか二日そこらで終わらせるとは。流石だな浅羽.....あの時お前を雇った私の判断は英断だったな」
「はいはい。お褒めの言葉痛み入ります」
適当に相槌を打つと僕は、蒼さんが普段寝床とするソファーに横になった。
頭の部分に置かれたクッションは、妖艶な花を彷彿とさせる匂いがある。
「──────赤松重吾。東京都江戸川区に住んでいたの二十八歳男性。スーパーで果物コーナーを担当して、社員全体からの評価は高い。
事件日は十二月二十三日火曜日。スーパー裏の倉庫で、首を断裂され発見。監視カメラの映像は、突然首を飛ばされた奇怪なモノと成っている......よくもまぁ調べたもんだ」
蒼さんは一枚目の、下側に記入された僕の説明文を呼んだ。
この続きは、『物腰柔らかな性格をしており、他人から恨まれるような事をする正確ではない。だが、事件の数週間前から幻覚があったことが判明』だ。
髪を捲る、摩擦の音。恐らく二枚目を蒼さんは見つめている。
『青崎徹。神奈川県横浜市に住んでいた五十七歳男性。市役所にて管理職を主としている。家族構成は妻の冴子、一人娘の千夏。と成っている』
僕は頭の中で書かれている文章を繰り返す。
「それで蒼さん........何だって今回はこんな面倒な仕事を?」
疲弊しきった声は唸っているようにさえ聞こえる。
「ん?いや何、警察の知り合いから相談を受けてね。もし何かあれば教えて欲しいと」
「そんなあやふやな問いかけに応じるたまでしたっけ?」
「それが手付金という事で、五百万程貰っちゃってねぇ。断る訳に行かなかったのさ──────まぁ浅羽が居なかったら、断るつもりだったけど」
そうですか。と僕は羽音のような声で呟く。
カチンと金属がぶつかり合う音が鳴る。
乾燥した空気を焼く、火花の音が刹那に耳を揺らした。蒼さんは、煙草を吸おうとしている。いつしか僕は音だけでそれを判別できるようになっていた。
「.........浅羽から見て。この事件に関連性はあると思うか?」
紙を捲りながら蒼さんは僕にそう問いかける。既に電源の切れた頭を無理やり起こして、思考を巡らせる。
「あると思います.......被害に遭った男性の十九件は皆一様に、被害前に何かしらの異常をきたしていました。それも五感の中で視覚に関する事と言う同条件で......唯一の例外らしい人物は、十三人目の正垣啓正。彼だけは、幻覚らしいモノを見なかったと説明しているそうです」
自分のことながらに、僕は自分を凄いと思った。
それは何も調べ尽くしたことにではない。延べ六十八人に及ぶそれの素性を一言一句暗記しているという事だ。
蒼さんが僕を雇ったのは、この恵まれた能力のお陰なのだ。
「まさかお前全部覚えているのか?」
「えぇ......もし僕が元気に満ち満ちた子供でしたら、自慢げに全て詠唱しますが」
「ハハッ。それは止しておこう。お前より先に私がイカレてしまう」
「そうですか」
僕は深く息を吸った。不足していた脳に、十分酸素が届いたのか余計に疲れが押し寄せる。
雪の白さを取り込むこの空間は、電気無しに明るかった。
糸の様に細めていた目を、僕は完全に閉じた。いや勝手落ちたの間違いだろう。
僕を初めに目覚めさせたのは、灰皿が床に落ちる音だった。
十分な重さを持っているせいか、これと言って響きはしない。ただそれを見た彼女の奇声が、完全に僕を起こした。
「何ですか?ゴキブリが出た女子じゃないんですから.......」
欠伸が纏わりついたような言葉を紡ぎ、身体を起こすと蒼さんは屈んでいた。
「灰皿を落としてしまってなぁ.......ん?おい浅羽今の発言聞き捨てならんな。まるで私が愛らしい女子ではないみたいな言い回しだったが?」
くるりと首を回す彼女の眉を顰められていた。
「別に他意はないですよ。ただ本音を口にしただけです」
「ふんッ。可愛くない奴だ」
掃除機さえも使えない現状。箒でその灰を取り集め、再び灰皿に乗せている。
「──────すみません蒼さん。僕どれくらい寝てましたか?」
「そんな事を私に聞くな。お前が最後に見た時計の針から、大凡の時刻を推定しろ」
吐き捨てるような台詞に僕は頭を掻いた。背中側、蒼さんのデスクを俯瞰するような配置で掛けられた時計に目を向ける。
一時三十八分。
ふと、僕はそれを十三時三十八分と変換した。が、直ぐに修正する。
僕がこの事務所に脚を踏み入れたのは、午後の五時七分十八秒の事。つまりこれは朝の一時三十八分であると分かる。
「すみません八時間も寝てしまって。すぐに帰ります」
「別に謝る事じゃない。そもそも徹夜作業になることを承知で連絡したんだからな........噛み合うなら、朝になるまで泊っていけ。と言うか出来れば、私の仕事を手伝ってくれ」
そっちが本心ですか。
僕は最後の溢れた欲求を前にして、呆れるように溜息を吐いた。
「構いませんけど。追加分は頂きますからね」
「あぁいいぞ」
煙草を口に咥えたまま、蒼さんは微笑む。
身体を完全に起こすと僕は上へと手を伸ばし、情けない声で唸って見せる。
「それで仕事って何ですか?まさか新しい被害者が出たからって、調べに行けって言うんじゃないでしょうね」
「そんな畜生のような事は頼まないさ。その代わり君には記憶をお願いしたい。」
嫌な予感が脳をよぎる。それでも部下である以上その願いに、出来る限りの誠意を見せる必要があった。
「どれくらいですか?」
端的な問いに彼女は、嗤って煙を吐くと
「ざっと五万文字程度」
そう簡単に言ってくれた。
◇
浅羽賢吾と言う男に初めて会ったのは、三年前の大学の特別講義の時である。
私は文字の研究を常としている。黛京子と言う偽名で活動をしていたその日。講義の終わり際、一人の学生が私に問いを投げかけた。
只の勉強好きの坊やを相手にするつもりで、それに応じた。
結果としてそれが良いのか、悪いのかと聞かれれば良いと答えざるを得ない。だがその学生の問は余りに君が悪かった。メモも資料も持たずに私が口にした言葉の全てを、なぞる様な問いかけに私は少々の絶句を見せたのを覚えている。
聞けば完全記憶能力を有していると口にしていた。
「どうしてそれほどの才を持ちながらに、こんな中堅大学に身を寄せているんだ?」
その問いかけにその学生は、平然と答える。
「僕は普通でありたいから」
だと。
完全記憶能力。と言ってもそれは二分化される。
瞬間的に見たモノを鮮明に覚えられるカメラアイ。数十年近く昔の事柄を鮮明に思い出せる超記憶。
前者は訓練を積めば多少の再現性を見込め、子供であれば平然とそれを行う者も居る。
だが後者はそうもいかない。これは世界的に見ても百と居ない事象であり、存在自体が異常で稀有なのだ。
「うぅぅぅぅん........多いですねこれ」
ソファーに座りながらこのページを捲る一人の男。これはその二つを有する。此の世に一人だけの逸材なのだ。
「なぁ浅羽。一つ気になったんだが、忘れられないとはどう云う感覚なんだ?」
「どういうと言われましてもねぇ.......別にそこまで大変な事じゃないと思いますよ。どんな人だって嫌な思い出の一つや二つは覚えてるじゃないですか。それがもっとたくさんあるってだけですよ」
と浅羽は簡単に口にする。
だがそんな事は、在り得る事では無いのだ。
人間は自己防衛の一種として忘却を選択することが在る。過去のトラウマを消すために、無理やりに記憶を消すなどがそれに該当する。大袈裟だが、人間はそう作られている。それが平常でありそれが普通なのだ。
「そうか........ただ余り無理はするなよ。お前は既に六十八人分の情報が積み重ねられているんだからな」
「忠告感謝します」
浅羽は乱雑に、一定の速度を維持したままページを捲った。
新しい仕事の内容は実に怪奇的であった。
白藤和代は共学の私立高校に通う一人の女子生徒。友達などはおらず、一人で文学を嗜むいわゆる日陰者。
その母親がある日彼女の部屋で十冊に渡る日記を見つけた。それは日々を記したモノであるが、内容は随分と荒々しい。
「この日記。流石に気味が悪いですね。虐められてた訳じゃないのに、よくもここまで書けたもんですよ」
「被害妄想だと学校側は結論を下したそうだ。けどその母親はどうも過保護気味でねぇ.....私の存在を聞きつけて相談してきたって訳だ」
「報酬は幾ら貰う予定なんですか?」
「八百万だな......と言うか先方がその金額を提示してきた」
そう言うと浅羽は、はぁと呆れたような相槌を打った。
この事件の問題性は、白藤を虐めていたとされる人間が誰であるのか特定できないという事実である事だ。
虐めの内容。それによる精神的被害。それは鮮明に書かれているのだが、肝心の相手は書かれていない。そして殴られたとされる部位には、痣一つ存在しない。
加えて幻想風景に駆られた白藤自身。虐めを認識していない始末。
「まぁお前は文学少年だからね。全てを記憶してもらったうえで、総括的な判断を頼むよ」
小さく揺らす浅羽の溜息は、揺らいでいて芯が無い。
マッチで吸う煙草の一吸目はやけに美味い。マッチの先端にリンが付いているからなのだろう。
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良ければ『退魔の英雄』と言う作品を本腰入れているので、そっちも見てやってください。
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