少年は空を舞う
さぁ、スパートです。
これはダレスにとって人生初の大博打。
「一番勝算が高い選択だと思っていますよ」
最初に聖国側に向かうようダレスが言った時、あの場に居た者は誰も反対しなかった。
つまり、誰もがミシェルが適任だと思っていたからだ。
『君がそう判断したならそうなんだろう。アレクセイ殿にアドラー君、レオナルド君も同意見かい?』
『ブライブラン閣下の・・・』
「ダレスでいい」
『ダレス閣下の判断を支持します。親としては待ってほしいですが』
「私も自身が向かうよりはミシェル様が向かうのが最良かと」
「ですな。お恥ずかしながらミシェルを含めて諜報員に順位をつけた場合、ミシェルはトップ3内に入るでしょう」
『ほう。アドラー君もそう思うのかい?』
「ええ。まだ少年故に精神的な幼さはございますが、総合力では私以上かと」
それは、諜報員としての教育をしていないにもかかわらずだ。
組織を束ねる者としてアレクセイは複雑な思いだ。
『ならば、ダレス君の判断を私も支持する。先程の要請も私から陛下に伝えよう。
他にもあるかい?』
「それでは、第1も警戒態勢で待機させてください。あと、エラルドに俺の装備一式を後発の飛竜騎士に預けるようにと」
『ああ。君の双剣だね。あまり前に出てほしくないのだけど』
「善処します」
予想していた返答にパトリックは何も返さず、
『ではレオナルド君。後の指揮を頼む』
そう言ってパトリック側の通信が切れた。
「俺の方は迎えが来るまで少し時間があるが、マチルダの準備は?」
この部屋にミランダ、エレノア、ルクレツィアの3名がいないのはマチルダの準備の為である。
着てきた全身鎧では動きづらいので、代わりの防具を見立ててもらっている。
ドレスと違い、サイズの融通が利かないので仕方が無い。
要望としては胸当てだけ金属製で、後は革製で良いと伝えてある。
剣は自前ので十分だそうだ。
「もう間もなくかと」
バックスの見積もりに頷いて、ダレスはため息をついた。
「義父上ではないが、マチルダにいい歳だし落ち着いて欲しいと諌めるのは悪手だろうか?」
「ワシからの助言としては、妻には下手にあれこれ言わず、黙って尻に敷かれるのが家庭円満の秘訣です」
「妻に対してというより女性に対して『いい歳なんだから』的な発言は油の海に火魔法を撃つようなものです」
『年齢が絡む事は言わない。それは女性を相手にする上で不文律ですよ』
「なるほど。そうしよう」
娘の行動がどんどん母親に似てきているので何とかできないかと思ったダレスであったが、世界が終わる前に危うく自分が終わるところだった。
既に妹に振り回されている長男の姿を観る度に義兄の影がチラつき、このままだと長男は義兄と同じ道を辿る事になるかもしれないとダレスは長男の未来を不安視していた。
別にアベルが不憫だとかそういうことではなく(やや早口)、そうなれば、自身も義父パトリックと同じ様に呼び出し説教の常連になりそうだからだ。
できれば、そんな未来が来ないように長男へ心の中で頑張れとエールを送る。
それから中庭に戻ったダレスであったが、準備を終え、良い笑顔で剣を素振りしながらやってきたマチルダを見て、ブライブラン家は2代続けて女性当主になるかもしれない。
そんな予感に苦笑するしかないダレスであった。
一方、ミシェルはというと、アベルの飛竜を前に興奮していた。
「こうして見ると本当に大きいですねぇ」
成体の飛竜は片翼だけで5〜6mはある。
全長も長い首と尻尾で優に10mを超えるのはザラで、目の前に立つとその存在感に圧倒される。
最大速度はおおよそ時速200km。
積載重量は1000kgまでなら余裕で飛べるそうだ。
「アベルさん。この子の名前は?」
「飛竜の名は主として選ばれた騎士のみが呼ぶ事を許される。悪いが教える事は出来ない」
飛竜騎士は騎士に登用された者の中から、見込みのありそうな者を選抜し、飛竜の卵が授与される。
騎士は授与された卵を常に携帯し、自身の魔力を吸わせる事で卵は成長していく。
おおよそ1ヶ月で孵化し、当然孵化に立ち会った騎士が親として刷り込みされる。
そして、騎士が生まれたての飛竜に名付けという古より伝わる儀式を行う事で、両者の間に協働契約が結ばれるのだ。
以後、飛竜と騎士はお互いを唯一無二のパートナーとして行動を共にすることになる。
飛竜が成体となるまで約3年。
その間訓練を行い、長い年月を経てようやく飛竜騎士として認められる。
中には孵化に失敗した者。名付けのセンスが悪かったのか、飛竜から拒否された者も300年以上の歴史の中で数名いるそうだ。
その証拠に無精卵の騎士という不名誉な名称が記録に残っている。
ちなみに、飛竜の寿命は平均で40年程と竜種としては短い。
そのことで『飛竜は正式には竜種ではなく、大蛇やリザード系などと同じ爬虫類目に分類されるのではないか?』という意見が生物研究者より挙がったが、『それじゃロマンが無いだろう!』という他でもない飛竜騎士達や、飛竜騎士に憧れる者達からの抗議の声により、飛竜は暫定で竜種扱いとなっている。
閑話休題
「残念です。こんなに懐いてくれているのに・・・」
アベルの飛竜はミシェルの身体に頬ずりしたり、手や頭などを甘噛したりと明らかに甘えた行動をとっていた。
(え?僕以外に・・・いや、僕にだってここまで甘えた態度をとった事ってあったか?)
激しく動揺するアベルを尻目に、ミシェルはアベルとバレッタに今後の行動を簡単に説明する。
「まずは連合との国境街であるノーザンデスに向かいます。それ以後は都度指示します」
「ここから一番近いサウサーンじゃないのか?」
「そうなんですが、ちょっと訳があって、出来るだけ北寄りの進路を取りたいんですよ。詳しい事は空に上がってからと言うことで」
そう言ってミシェルは天を指差す。
アベルは周囲を見渡した後、バレッタに視線を向ける。バレッタは無言で首を振る。
「僕達には分からないが、近くに何か居るのか?」
「分かりません」
困惑するアベル達に構わずミシェルは言葉を繋げる。
「バレッタさんの契約魔法を解除したじゃないですか」
「ああ」
流石に、どうやって解除したかはアベルの手前言えない。
「バレッタさん以外の覗き屋は、王都から閣下を追って来たと本人達が白状しました。
なので、隠密行動中の裏組織としては目立つのも接触するのも控えたい。しかし、ダレス・ブライブランが何故王都から単身ベルリナに来たのか情報は欲しい。
そこで、冒険者としての実績があるバレッタさんを急遽覗き屋として送り込んだ。というのが僕の推論です」
「言われるとそうかもな。アイツ等は変装はしていたが、人目の多い所に出向くのは都合が悪いという感じだった。
アタシは着の身着のままで問題なかったし、冒険者だから他国でも身元確認は簡単に済むから」
「だとしても、契約魔法があるとは言え逃亡される可能性もあり、生贄の要員でもあるバレッタさんを単独行動させるのか?という疑問が浮びます」
そこでバレッタはハッとする。
「監視役がいるということか!?」
慌てて周りを見渡すが、先程と同じで気配などは感じられない。
「ああ、あくまで可能性の話です。そして僕は監視役は人ではないと考えています」
「人ではない?」
アベルが怪訝な表情を浮かべる。
「契約魔法に付随した伝言魔法のようなものがあるんじゃないかと」
「なるほど。僕とマチルダが身につけているコレみたいな物か」
そう言ってアベルは手首の銀のブレスレットを見せる。
「バレッタさん。アイツ等から何か持っているように言われたモノ。ありません?」
そう問われたバレッタは少し思案すると、腰のポーチから緑色の小さな丸い水晶を取り出した。
「これだな。いざという時は何にぶつけて割るようにと言って渡された」
水晶を受け取ったミシェルは月明かりに照らし、中を覗き込む。
「んー。コレ、割れたら発動する何かしらの魔法が入っているみたいですね。周りを巻き込んで爆発でもするのかな?」
そう言って水晶をバレッタに返そうとする。
「返すな!アタシよりお前が持っている方がいいだろ」
「えー・・・」
「僕も同意見だ。何となく少年が一番上手く扱うと思う」
危険物をむき出しで持ち歩くのは怖いので、とりあえずは見た目の似ている片手薬の入っている携帯容器に入れた。
押し付けられたミシェルはちょっと不満げな表情で、
「ささくれた心を癒やしてくれ」
飛竜の頭を撫でた。
飛竜は『ナー』と小さく鳴いてミシェルの頬を舐めた。
「行動中は決して声を出さぬよう訓練した飛竜が・・・今まで一度も声を出さなかった飛竜が鳴いた!?」
再びアベルは驚愕し声を上げた。
『お前も声を出すなよ』とでも言いたげな生暖かな表情のミシェルと飛竜は、一緒にアベル視線を向ける。
うーん。不憫。
「とりあえず、情報漏れの危険は無さそうですが、念のためにね」
アベルの隠蔽魔法によって周囲からミシェル達は見えない状態となっている。
それでも、いかなる精鋭だろうと気を抜いたら何が起きるか分からない事は『時計持ち』と『堕天』が身を持って教えてくれた。
彼等は王都に連行された後、吐けるだけの情報を吐き出させた上で処刑される。
その情報は隠匿されるだろうが、パトリックを経由してクライフ家に伝わるだろう。処刑されたという事実と共に。
ミシェルの主導により捕縛された彼等が処刑されたと知った時、バレッタと出会っていなかったら14歳の少年には重すぎる『十字架』となっていただろう。
しかし、バレッタの見せた死への覚悟。あの姿を目の当たりにしたことでミシェルは精神的大きく成長した。
何かを成す上で命の駆け引きが避けられない場面になった時、ミシェルはバレッタの姿を思い浮かべ、迷いなく事に当たることができるくらいに。
ところが当のミシェルはというと、この先の人生で二度と経験できないだろう、飛竜への搭乗に歓喜と興奮を隠し切れずにはしゃいでいた。
その横では、何となく相方の飛竜との関係が遠くなったと感じて気が気でないアベル。
化け物じみた子供と、王国の機密の塊である飛竜騎士に挟まれ、正直場違いじゃないかと思っているバレッタ。
三者三様、ぱっと見親子の組み合わせに思える彼等も時間に追われる身である。
飛竜の背にある鞍は現在2人乗り仕様。
バレッタはマチルダと体格的に差が少ないのでそのままマチルダが乗って来たアベルの背後の鞍に座る。
ナイフ1本でアベルを殺せる位置ではあるが、バレッタが裏切る可能性は状況的にほぼゼロと言っていい。もっとも、
「空から地面にキスしたいなら殺ればいい」
という、アベルの言葉を聞いて、バレッタはねじ切れそうな勢いで首を振っていた。
結局、一番小柄なミシェルが一番前に座れるよう鞍を調整して、3人乗りの準備が整った。
乗り込む間際、アベルがミシェルにペンダントを渡した。
ペンダントトップには杯と交差した剣を意匠とするブライブラン家を示す紋章がついていた。
「これは、ブライブラン家当主代理であることを証明するモノだ。出掛けにマチルダが少年に渡すようにと僕に預けてきた」
「何故?」
「さぁ?勘だと言っていた。相変わらず理解不能な妹だ」
いくら直系であるアベルと行動するとはいえ、帝国相手に殴り込みをかけるような状況だ。
ブライブランの名は国外にも広く知られている。ましてや軍部に属する者ならば知らぬ者はいまい。
そのブライブラン家を後ろ盾に、当主代理として動けるのでミシェルはだいぶ楽になる。
何か問題があった場合、既に問題だらけだが、その責任がブライブラン家にも及ぶ事にな
るが、紋章を渡した時点で覚悟の上だろう。
ダレスなどは責任を取ると、自分の首を自分で落とすくらいはやりそうだ。
案外、ダレスからの指示だったのかも。そうミシェルは結論づけた。
低く構えた飛竜の背にアベルが乗り、鐙に足をかける。
続けてバレッタが乗り込み、最後に厚手の外套を羽織った、ミシェルが乗った。
「では、よろしくお願いします」
ミシェルが声をかけると、飛竜は畳んでいた翼を拡げ、バサリと地面に叩きつける様に羽ばたいた。
ふわりと浮遊感が身体を包み、飛竜はもう一度羽ばたく。
ミシェルの視界がブレる。
少年を乗せ、飛竜は一気に大空へと舞い上がった。
お米が一気に安くなりました。
消費者としては助かりますが、農家の方は困っているようです。
難しいですね。




