1話『はじめまして』②
目を開いて真っ先に視界に入ったのは真っ黒い闇であった。右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても前を見ても後ろを見てもどこを見ても真っ黒い世界しかひろがっていない。そのくせ自分の手のひらや体は見えるという闇のはずなのに自分の姿が認識できるという不思議な空間。
なぜ自分はこんな所に……。そんな疑問が浮かび上がったその時、頭が割れるような痛みが走った。ズキズキと痛み、思わずその場にしゃがみこむ。何が原因なのだろうか、病気か……?それにここはどこだ……。考えようとするもそれを遮るように痛みが頭の中に響いた。
数分耐えた頃、すぅーと痛みが消えていく。それにほっとするのつかの間、次は男の声が脳内に響く。
「殺せ、恨め、赦さない」
不穏な単語がまるで機械のように単調に繰り返される。何を殺すのか、何を恨むのか、何を赦さないのか、自分には全く分からない。それでも脳内に響いてくる声は怒りを表すように段々と段々と大きくなっていった。
「殺せ」
「恨め」
「赦さない」
「お前だけは絶対赦さない、一生恨んでやる」
はっと目を覚ます。身体をゆっくり起こすと、寝巻きのTシャツが汗でぐっしょりと湿っていることがわかった。未だに夢の中の男の声が頭の中をぐるぐると回っている。どくどくと激しく動く心臓を落ち着かせるため、深呼吸をすれば頭の中はクリアになっていつも通りの朝へと戻っていった。
それにしてもいつにも増して部屋の中が寒い。もう5月中旬になろうとする頃で、朝でさえ凍える寒さになることはないはずだ。それなのに寒い、白い息さえ出る。ふと、落ち着き辺りを見渡すと、部屋中がつるりとした表面の氷で覆われていた。
「……は?」
白い息が声とともに出る。壁も床も勉強机も棚も全てが凍っていてまるで冷凍庫の中へ入ったみたいだ。現実ではありえない光景に数回瞬きをすると、聖弥を囲っていた氷はスーッと消えていく。布団を蹴りあげ、慌ててベッドから降りて確認するが床も壁も勉強机の上に散らばっていたプリント類さえ濡れているどころか湿ってさえいなかった。
「は?」
次は白い息は出ない。六畳のこの部屋を囲う大きな氷たちが一瞬にして消えるなんてことが有り得るのだろうか?そもそもこの部屋を凍らせる方法もよく分かっていない。
まさかこれらは全て夢の続きなのかもしれない、なんて思うも意識ははっきりと覚醒してしまっていて夢にしては現実的すぎる。……もしかしたら自分は疲れているのかもしれない、先程も内容は既に覚えていないが悪夢と言っていいほどの夢見であった。
聖弥は深くため息つき、ガシガシと頭をかく。すると、下から自分を呼ぶ妹の声が聞こえた。……考えていても仕方がない。今起きた現象はありえないことで自分の考えられる範疇にはないのだろう。
聖弥は寝間着から制服に着替え、一階にあるリビングへと足を向ける。
「聖弥おはよう」
「おはよう」
中へ入るとキッチンから顔をのぞかせたのは双子の妹の朝嘉であった。縦縞のステテコにでかでかと犬の顔がプリントされたTシャツの上に黄色の薄いカーディガンを羽織っている。
「いつもより起きてくるの遅かったけど体調でも悪い?」
こてんと首を傾けると共に綺麗な白髪がさらりと揺れた。琥珀色の瞳がじっとこちらを見つめている。
「いや。ただ寝坊しただけだ」
「そっか、ならよかった」
さっき起きたことを馬鹿正直に言ったところで頭がおかしいやつだと思われるだけだろう。それに朝嘉には余計な心配をかけたくなくて、適当に誤魔化す。
聖弥は、朝嘉が用意した朝食を食べ終えるとそのまま学校へ行く準備をし、玄関へと向かう。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「ああ、行ってきます」
いつものように一人で扉から出ていく。
─────妹は一年の冬休みから学校に通っていない。




