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第40話 事情

 アカトラの父、シデン将軍はいわゆる現場からのたたき上げで、アカトラの生まれる一年前に貴族の家からミツマタの妻を娶った成り上がりらしい。

 夫婦関係はそれなりに良いかったようだけど、子供の教育については意見が分かれ、将軍は得意の爪術を仕込みたがったし、妻は魔術に力を入れたがった。

 アカトラに兄弟は七人いて、七人全員が爪術か、魔術に優れていた。特に一緒に生まれた妹は宮廷魔術師に、兄は近衛兵になっている。


 そんな中アカトラは母に似て生まれつき爪が弱く、魔術はフタツマタの父に似て資質がほどんどなかった。

 赤い虎縞の毛並と筋肉の付き方は間違いなく父譲りで、しかし、父からも母からも早々に出来そこないの烙印を押された彼は、母方の親戚に預けられた。親戚はユキちゃんの養育係をしていたそうで、ちょうどユキちゃんと同じくらいの年頃だったのもあって遊び相手にと乳兄弟のようにして育ったらしい。


「だから他人よりは将軍について詳しいけど、オレにとって感情的にはあれは父ではない。しいていうならめんどくさいおっさんでしかないんだ。男としての相談ならコカゲ流の師匠や兄弟子で足りてたしな」


 無意識にアカトラは口を尖らせヒゲをだらりと下げていた。


「今回アカトラが手柄を立てれば将軍を見返せるというわけだな」


 エルはツンとソッポを向きながら、ぼそりといった。アカトラは瞳孔を丸くしてエルを見た。


「そうそう、とりあえず頑張ろう?」


 私はアカトラの肩を叩いた。



 私たちはまっすぐ頂上へと向かう。結界の辺りを境に「うにゃうにゃ」と寝転がっている人達を見かける。

 気がはやるけれど、冷静に消臭をしながら進む。

 兵士のほとんどが戦闘不能になっているように思う。まあ、マタタビのせいだから、もし私たちが封印できなかったときに戦力にはなるんじゃないかな。

 まあ、私は絶対封印して帰るけど。


 時折魔物なども出てくるので、のほほんとしているわけには行かない。


「それにしても、三千、いや取り込まれた手練れも含め三千五百人か……がこの山におるというに、倒れているのは兵士を抜くと少ない気がする、な」


 デリックは足をさすりながら言った。体力は年相応らしい。


「確かに。ざっと見たところ五百数十と言ったところか。もっともっといてもいいはずだ」

「奇襲がメインということはありませんの?」


 ユキちゃんは顎に手を当てて言った。


「奇襲ねえ」


 隠れたままマタタビの香りに引っかかったのか。

 ガサリ、音を立てて上から落ちてきたのはやっぱりトカゲだった。

 蹴りの連撃をいれ、黒い霞に変える。

 ジプチは人間大のトカゲを平然と倒す私に驚いていたが、五匹を超えたあたりから慣れたようで、回避活動に専念しつつ周囲をくるくる見回した。


「マタタビの香りが効かない子供がでてこないのも気になりますよう」


 確かにそうだ。私も警戒を緩めないようにしよう。



 山の全体の三分の二くらいまで来た頃、植物の丈が短くなってきて、だんだん視界が開けてくる。

 そびえ立つ魔王城は岩肌と城壁を一体させている。天然の要塞に手を加えたという印象だ。


 そして何より、

「人があんなに!」

そう、事前情報で知ってはいたが実際見るととてつもなく、えげつない生きている人の盾。


 魔王城の防御にして精神攻撃。


 ところどころ、盾というには穴が空いているように見える。

 おそらく子供だろう。ひょっとしたら想像以上に人数が多いかもしれない。

 警戒しつつ私たちは先を急ぐ。



 ようやく先頭にいる猫又の柄が判別できる距離まで来たところ、アカトラの足が早まった。


「アニキ達!」


 アカトラの兄弟子も混じっていたようだ。


「罪悪感を感じてはならないよ」


 デリックが硬い表情をしながら忠告した。罪悪感を感じると魔王に魅了されてしまう。

 しかし心のコントロールは難しい。

 気持ちを強く持たなければならない。


 アカトラの兄弟子はこちらに気づくと虚ろな目でこちらを見、そして剣を下段に構えた。


「アニキ!しっかりしてくれ」

「……傷つケテシマッタ」


 ぼそりと呟く。

 マタタビを嗅がせるべきだ。


「アカトラ、下がって」

「おう、しかし」

「いいから『皆が入る大きさに結界、そして前方にマタタビよ香れ!』」


 私が呪文をかけると人の盾が崩れた。

 しかしアカトラの兄弟子のうち三人がこちらを変わらず見つめている。

 こっちに来た!

 兄弟子の一人が下段の構えから斬り上げてくる。

 私はとっさに体を傾け、ギリギリの所でかわす。

 危ない。


「なんで効かないの!?」

「アニキ達くらい鍛錬を積んだものなら、集中で余計な感覚を切ることができるんだ」

「ってことは、この先は達人レベルばっかり? 超ハードじゃない!」

「ああ」


 ああ、って! もっと心配するなとか言いようがあるじゃないか。気が利かないのは承知の上だけど、思わず私は眉根が寄った。



『水の球よ、彼のものを濡らせ』


 エルが水の魔術で応戦し、アカトラも隙をついて反撃に出る。

 エルとアカトラで二人、私は一人を受け持つ。


「アニキしっかりしてくれ!」


 ミカンの香りビームは使わない。魔王城に着く前に魔力が尽きてはいけないし、敵地で安心して休める場所があるかと言ったらあまりないだろう。

 私はひたすらに目つぶしと足かけに徹した。

 しかし向こうはコカゲ流なら、私より年季が入っている。単純に通常の戦い方ではまず勝てない。

 次々とかわされる。


 どうしたらいいんだ?


 めげずに私は足をひっかけに行く。

 右へ回し蹴りを幾度か仕掛けた時、


……まずい。


私は誘導されていた。

 右回し蹴りが当たりやすい位置に彼は移動し続けていたのだ。



 くらり、視界がぶれる。めまい?



 ぶれる視界の隅に白刃が映っていた。


 守らないと……


 剣を構えないと。私は揺れる脳みそに体を動かす指示を送ってと願った。

 もつれる足、転ぶ。

 口は情けない悲鳴しか出ない。

 兄弟子が私に一直線に間合いを詰めてくる。


 そこに影。


 逆光に照らされて、黄色くさえ感じる毛並をふわりとなびかせ

『麻酔!』

と、ユキちゃんは兄弟子に体当たりして叫んだ。


「和美ちゃん、早くミカン!」

「わかった。『範囲 頭部周辺五センチ 香れ!ミカンの香り』」


 兄弟子は苦しそうな表情をして、魔が抜けていく。


「これが本当の魔ぬけね。和美ちゃんの方に一直線だったものだから軌道がバレバレで、素人でもなんとかなったの」

「ありがとう。ユキちゃん」


 多分兄弟子は私との戦闘に夢中になり、他の人たちも攻撃してこないものだから一対一の戦いと考えてしまったのだ。そして、思わぬ伏兵にやられた。


「私達も気を付けていかないとだね」

「ええ」


 ユキちゃんは控えめな笑顔を少し輝かせていた。

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