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第39話 兵隊

 魔王山は頂の方は岩肌が見え、これから上る麓の方は植物の緑が濃く、影になっていた。

 湖に囲まれているからか、単に山だからかわからないけれど、一枚羽織るものが欲しい程度に肌寒く感じた。


 ここからはとりあえず私は魔術を温存しつつ、もし集団に出会ったらマタタビの香りの術を使う予定。仲間の猫又に影響しないようにするには、策がある。



「わああああ」


 後ろから大人数の勢いのある声が聞こえた。


「な、なに?」


 振り向くと遠目に兵隊達が見える。鎧を纏っているのか銀と革の茶が多い。隊列を組んでいる。人数は五百、いや、それ以上か。豆粒のようだしよくわからない。


「奴ら、しびれを切らせたか」


 デリックが眉間にしわを寄せた。

 どうやら彼らは、私達が旅の初めの方で聞いた「数で何とかしよう作戦」に打って出たようだ。


「どうしよう」


 地鳴りに不安を感じ、私は弱音を吐いた。

 私たちが取れる対策は

 一、説得して協力を仰ぐ。

 二、このまま避けて前衛を任せて、私達は後から進む。

 三、敵味方関係なくマタタビを嗅がせて私達で突っ切る。

できることなら、一が一番良い。二の場合最悪全員に近いくらいが本人の意向に構わず操られてしまう可能性がある。


「説得できないかな」

「士気の上がっている奴らに、言葉が通じるかどうか」

「エル兄ぃ……」


 弟のつぶらな瞳にエルはしかたないな、といった体で説得へと駆けた。



「ウオオオオオ」


 前からは人らしからぬ理性を失ったような声が聞こえる。

 森であるため、姿ははっきり見えない。

 しかし、ガサガサと草を倒す音や小枝を踏む音、相当な人数が迫っているようだ。


「和美ちゃん!」


 私は周囲にできるだけ影響を与えないよう背後に高く広く結界を盾のように張った。


『前方に拡散せよ。マタタビの香り』

「とりあえずこれで、しばらくは安心か?」

「いいえ、マタタビは子供と妊婦には効かないのです」


 酔った猫又がふらふらしているのを、確認した。よかった。効いている。


「念のためマスクをしましょう」


 アカトラ、ユキちゃん、ジプチは気休め程度になりそうだが、マスクを取り出し鼻と口を覆った。



「ただいま。無理だった」


 エルはマタタビの香りを放ってから数分のうちに戻ってきた。


「アカトラ、シデン将軍は頑固だな」

「あの人は戦となると、自分が一番だと思っている節があるから、まあ、しょうがないさ。戦争なんて内乱を抑えたことくらいしかないのにさ」


 アカトラは渋い顔をした。


「先行すると言ってきかないんだ」

「私が消臭しながら先行隊について行くのは?」


 マタタビを放った今、このまま行くのはただ酔いに行くだけだ。


「四足のスピードについて行けるのか?」


 しかも、彼らはある程度訓練を受けている。私は首を振るしかなかった。


「勇者の香りの魔術についても、なんというか、理解できないようだ。まあ、実際嗅いだり、倒れる人を見たりしないと恐ろしさはわからないし、な」


 エルは言って、実体験済みのジプチをチラ見した。


「まあ、酔っちゃうだけですし、最初から戦力として期待しない方がいいでしょうね」


 ユキちゃんが冷静にまとめた。


「じゃあ、横に避ける方向でいいの?」

「他になさそうだね」

「子供と妊婦が心配だけど」


 兵士に妊婦はいないだろうけど、少年兵ならいるかもしれない。



 兵隊は間を置かず私たちの横を通り過ぎていく。ちらりとこちらを見る目には嫌なものを感じる。もうすぐ君たちはマタタビの餌食だけどな。

 シデン将軍らしき赤毛の猫又は先頭集団の中頃で一人、二足歩行で指揮を執っていた。


「そこッ、ぼやぼやするな!」


 ツバを飛ばしながら周りの管理を怠らない。


「あれ? シデン将軍って、アカトラに似てない?」


 私が言うと、アカトラは困り顔で、


「オレの血縁上の父親だ」

と明かした。

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