第41話 カリカリ
私とユキちゃんが奮闘する間にアカトラとエルも兄弟子達を倒していた。
私は兄弟子たちにミカンの香りを嗅がせる。
「やはり、心が乱れているのか、いつもより太刀筋に力がなかった」
アカトラは浮かない顔をしていた。
「急ごう」
みんなキリリとした顔でうなずき、前を向いた。
少しして行く手を子供達に阻まれた。
皆虚ろな目や恨みがましいような顔つきをしている。
一様に毛並が良くない。
ちゃんとご飯を食べているんだろうか?
飢えた野生動物のような雰囲気がある。
「ようやく僕の出番なのです!」
ジプチが目をキラリと輝かせて、キャットフードを取り出した。
「さあ、召し上がれ、なのです!!!」
宙に舞う魚介の風味香る徳用カリカリ。
子供たちは一斉に空を見上げた。
そういえば、召喚されてすぐくらいにジプチがちょっと食べたとき「病みつきになりそうだから」ってデリックに没収されていたな。
そんなものを子供の前に与えるとどうなるか?
しかも、魔王によって負の欲望を増幅されているのだ。
ジプチは毛玉に埋もれた。
「わあああ、これおいしいよおおおお」
群がる子供たちの群れから何とか首だけ出し、達成感のある顔をしてジプチが叫ぶ。
「皆さん先に行くのです!!!」
うん。ありがとう。でも、もうちょっと離れてからやって欲しかったかな。
子供の群れを抜け出して、なんとか私たちは魔王城の門までたどり着いた。
達人、出てこないけれど大丈夫かなあ?
私はおそるおそる門に近づく。今更ながら確認しておくと罠などの小細工はなかった。人の盾が罠といえば一番の罠だ。
幾人か怪我人が倒れていた。ミカンの香りを嗅がせたあと、ユキちゃんが応急処置をした。
倒れていた人の体つきはたくましい。
「こんな男達が負けるとは……有名な武闘家もいるようだし、先にいるのはかなりの手練れか」
アカトラは眼光鋭く警戒レベルを上げた。
城門が軋んだ音をたてた。
私は思わず身構える。
重厚な音を立てて木の扉が内側に向かって開いた。
「イカセナイ」
待ち受けていたのは将軍。元から険しい目が、執念深く砥いだ刃物のような鋭さをしていた。
「ここはオレが引き受ける。さっさといけ!!」
「アカトラ!わたくしも留まりますわ」
ユキちゃんが凛と言った。アカトラはどこか満足そうな痛いような表情を浮かべた。
「ユキ様には和美を帰すためのお役目があるでしょう?さあ、先へ」
言ってアカトラは将軍に向かって剣を振り上げた。
将軍は爪で剣を受け止める。
すかさずそこへアカトラの蹴りの連撃。
将軍は二発か三発以降、身をずらして鎧の部分で受け止める。体制を整え攻撃に出た。
高度な武術のぶつかり合いにとてもじゃないけれど、ついて行けない。
「行こう、きっとアイツは大丈夫だ」
エルが声をかけ、私たちは将軍の横を駆け抜ける。
「がんばってね」
振り向いたユキちゃんのうるうるとした瞳は反則級に可愛らしく、庇護欲をそそられる。
まったくアカトラ先生は幸せ者だ。
残りの四人で藻だらけの池を横目に庭を抜け、城へと入る。
弓兵などにも警戒したのだが、いなかったのか、うまくごまかせたのか。
じめじめしてとカビ臭く石造りの壁や床が冷気を纏っている。
「さて、どこからいけばいいのやら」
デリックが腰を痛そうにさすりながら辺りを見回した。
入ってすぐ広間があり、天井は高い。二階の部屋があるのは見えるものの、広間からは入れないようだ。
一階には四つの扉があった。
どこから入れば良いのだろう?
「とりあえず全部開けてみよう」
エルが発言した。
右から一つ目の扉を開ける.
中は暗くよく見えない。
ふと、広間の気温が下がった。
「我の城に何の用だ」
子供のような若い声が聞こえ、残り三つの扉が一斉に開け放たれた。
風が舞い込む。
私は上着の襟を首に寄せた。
声の主の姿は闇に溶けて黒い。その中に血のように赤い瞳が二つギラリと光った。
瞳によってかろうじて猫又族であることがわかる。
城の主。つまり
魔王……。
「あなたが魔王か!」
私は声の主の方に剣を構え、瞳の大きさでおよその位置をはかる。二十メートル程だろうか?
相手の目の高さから本当に声の通り子供なのか、はたまた四足でスピーディーに襲うつもりなのか。
「自称したことはないけど、みんなそうよんでいるよ」
ニヤリ、と笑った気がする。
「君たちはボクの家でなぜ攻撃体制に入っているんだい?」
「耳を貸してはならん!」
デリックが叫ぶ。
「やだなぁ、野蛮だなあ」
魔王はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「暴れるなんて幼稚で卑劣だとは思わないかい?」
魔王の言葉にエルとユキちゃんの瞳が揺らいでいた。
「ひきょウ、ヒレツ……」
エルがぼんやりとつぶやいた。言葉がだんだん片言になっていく。
魔王に操られかけている。
「ユキちゃん、エル、気持ちをしっかり持って。私達は私達の正義のためにここに来たんでしょう?」
「ウぅ、ああ」
二人は頭を抱えた。デリックが心配そうにかけ寄った。
私は剣を鞘に納めて言った。
「そうだなあ……魔王さん、おとなしく操った人たちを元に戻してくれれば、私も暴れたりしないよ。どう、話し合いする気持ちはある?」
私は魔王の返答を待った。




