第32話 薬屋と狼男
二十分程でアカトラとエルが戻って来た。二人は森の茂みに大急ぎで隠れた。
キョロキョロしている兵士を私とユキちゃんが陰から転ばせて気絶させる。
一応正気に戻しておこう。
「あとから薬屋のヤー・キズヴァンさんが薬の調達を装って来ることになったぞ」
アカトラが言った。
エルは息をきらせてゼエゼエと苦しそうだった。
ヤー・キズヴァンは王宮で会った大薬術師のサビヲ先生の弟で、幾度もマタタビを扱った事のある人物だそうだ。
キズヴァン先生は縞柄と白の模様で、左頬に絆創膏を貼ったような形に白い模様が入っている。がっしりした体格もあり、逞しい印象を受ける。
「やぁ、はじめまして」
彼はニコリと笑った。
キズヴァン先生に事情を話し、マタタビが欲しいということを伝えると、彼は快く協力してくれると言ってくれた。先ほどアカトラ達に託した、サビヲ先生達からの手紙を読んでくれたようだ。
あいにくマタタビの在庫はないらしい。
「猫又族はマタタビを取りに行くのはやめたほうがいい。破壊してしまってマタタビの絶滅につながる」
「ではキズヴァン先生はどうやってマタタビを手に入れていたのですか?」
エルが不思議そうな顔で聞いた。
「狼族の薬草取りに頼んで瓶に詰めてきてもらっているんだ」
なるほど。種族が違えばマタタビは平気らしい。
そうだよなぁ、マタタビは基本的に猫科だけだもんな。
このあたりは国境に近いため、それなりに異種族もいるそうだ。
「マスクをして煎じるんだけれど、どうしても少しは酔ってしまってある程度は駄目になる。ちょうど隊長さんに収める納期も近いから、あいつの所へ行ってみるか」
そう言ってキズヴァン先生は私たちを山の入口近くのしっかりした造りの小屋へ案内した。
「やあ先生。どうしたんだい? ん? そちらは?」
狼男だ。リアル狼男。
薬草摘みの狼族の男は黒みがかったハスキー犬のような見た目で二足歩行、ズボンをはいていた。
「マタタビが欲しいらしくてね」
「なるほど。珍しいね。人間とか」
狼男は私をすんすんと鼻を鳴らしながら観察した。
「小桑和美と言います。実は勇者です」
「オレは、人狼族のピッカー・ホウカン。身分ある身じゃあないから、ホウカンと呼んでくれ。野草摘みと木こりをやっている」
キズヴァン先生は狼族と言ったが、正しくは人狼族と言うようだ。ホウカンは猫又族より手の指が長く、幾分器用そうに見える。牙が鋭く、フレンドリーだけど少し怖い。
そういえば、首都の薬屋からの手紙が同名だったな、と思い出しエルが手紙を渡した。
「いやあ、今日は天気はいいけど、うちのおっかあ体調悪くてな。マタタビかあ。一人だと手間だな」
ホウカンは頭をかいた。
「大丈夫。奥さんの様子は僕たちが見ておこう。代わりにはならないだろうけど、勇者様は人間だし、付いて行ってはどうかな?」
私? いきなり話を振られて驚いたが、もともと採りに行くつもりだったのだから、行っても良い、と返した。
「なかなか険しい道も通るし、熊もいるかもしれんけど大丈夫か?」
「熊!?」
「これから魔王を封印しに行こうてぇ女が、熊なんぞに負けてどうする」
ビシッと私を指差しアカトラが言う。
そんな無茶苦茶な。
「封印と戦闘は違うはずだよ!」
「まあ、もし出くわしたらさっさと逃げりゃいい」
「ですよね!」
私は大きな声でホウカンに賛同した。ホウカンはちょっぴりうるさそうな顔をして耳をピクつかせていた。
「熊避けの鈴も持てばいいし」
なんか不安だなあ。
茶を一杯貰って休憩した後、私とホウカンは装備を整えて山へと向かう。防寒と虫さされ対策に上着を着たり、荷物も軽くしたので、足取りは軽い。
熊除けの鈴がカロンコロンと響き、こだました。
山に入る直前にまたも兵士がいた。マタタビを守るためらしい。
私は上着のフードを深くかぶり、ホウカンに付いて行く。不意打ちや拘束済み以外は魔術を使うと消耗が激しいからだ。
「お? 新しい弟子か? あんまり厳しくすんなよ?」
ホウカンと顔見知りらしい兵士が話しかけて来た。
「ああ、まあな」
面倒臭そうな顔をしてホウカンは兵士に手を振った。
私は小さめの声で
「よろしくお願いします」
と言った。
「瘦せっぽちだけど大丈夫かね?」
と、兵士が呟くのが聞こえた。
何とか通れて良かった!
私は山に登る前だというのに、すでに汗をかいていた。




