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第33話 山登り

 山はなかなかに険しかった。ホウカンは私に合わせてゆっくり歩いてくれている。


「いやあ、あの嬢ちゃんくらいなら、子供だし来れたんじゃあないのかね」


 調べたところによると、マタタビは子供と妊婦には効果がないらしい。ホウカンはそのことについて言っているようだ。


「ユキちゃんですか? 彼女ああ見えて結構大人なんじゃないかな十五歳だし。一応貴族だから念のため。背が低いこと、本人は結構気にしているみたいだから言っちゃダメですよ」

「へえ、貴族様か。猫族のことはオレそれほどわかんねーんだ」


人狼族と猫又族の間にはいろいろと認識に違いがあるらしい。



「魔王ってよ、メェオ王国の王族様のなりそこないだっていうじゃないか。和美も難儀だよな。あいつらのお家騒動に巻き込まれちまっている感じなんだろう?」

「その話どこで?」


 確かユキちゃんが憧れた乙女の話のときにちょっと話を聞いた気がする。しかし、王家の醜聞のようなこと、なぜ人狼族のホウカンが知っているのだろう?


「あーっとぉ、オレはこの辺の出身じゃあないんだけどさ、人狼の国の都じゃあなかなか有名な話だぜ?」

「そうなんですか?」

「うん。まさか知らなかった?」


 ホウカンは瞳を丸くして聞いてきた。


「いえ。多少なら小耳にはさんだけど」


 人狼族の間では猫又族が執念深い種族であることを注意する説話として、魔王になった男の話が出るらしい。 何百年と経っても衰えない恨みというのはなかなか象徴的ではあるよなあ。


「今は少しは排他的な感じは廃れてきたらしいけどなあ。今の王様茶色い長毛だろ?」


 今、王族の容姿に関してオッドアイとヨツマタ以外の条件はかなりゆるくなってきている。白さと短毛に関しては好ましい、程度だ。

 山道と同じように私の眉間も険しくなっている気がする。


「魔王がもし、今の王様が白くないことを知ったらどう思うんだろう」

「さてね。昔の執念深い猫又なら悔しがるかもしれんね」


 ホウカンは息をひとつも切らさずに獣道に近い山道を歩いていった。



 魔王ってどんな人なんだろう。

 案外言葉が通じるんじゃないだろうか。

 私は太ももの痛みをまぎらわすために思考をめぐらせた。


 山の中腹あたりに来たところ、ホウカンが止まった。


「この辺がポイントだな。なんぼかは調べてきたみたいだけど、違ったらもったいないし、木によって効果の強い弱いがある。オレが見分けてやるから見つけたら教えてくれ」

「わかった」


 マタタビは蔦状の植物で、白い小さな花が咲くという。今の時期成長が早い個体ならば青い実がなっているかもしれないとホウカンが言っていた。

 なかなかないな。さすが絶滅危惧種。



 ホウカンも鼻をスンスン言わせて辺りを探っている。結構匂う植物なのだろうか?


「ん! 和美、鈴を鳴らせ!」

「どうしたんですか?」


 私は力の限り鈴を振り回した。

 カラカラと色気のない音が鳴り響く。


「熊だ」

「へ!? 熊!」

「逃げたようだ。良かった」


 嗅いでいたのは熊の匂いを感じたからだったそうだ。

 それもつかの間、近くの茂みがガサガサと音を立てた。

 一難去ってまた一難。鈴の音に魔物がおびき寄せられたらしい。角の生えたカメレオンのようなどでかい爬虫類がでてきた。


「ちぃっ、奴ら体臭が少ないからな」

「キィイイイイイ」


 耳障りな高い音で魔物が鳴いた。

 草むらから追加で四体ほど魔物が出てきた。

 そう感じたが、すぐに魔物は姿を消した。


「擬態した。気を付けろ!」

「うん」


 私は耳を澄ました。


「前!」


 ホウカンが叫ぶ。

 私は腰に差した剣を抜き、前に突き、すぐに蹴り倒す。

 手ごたえがして倒した証の煙が出る。


「後ろからも来る!」

「うん」


 蹴りを入れるとカメレオンの色はもとに戻った。

 衝撃で擬態は解けるらしい。


「囲まれた」


 ホウカンの声が震える。

 私は冷静に色の戻った魔物を仕留めた。


「あと二体」


 ホウカンの方を向き、足元を見る。

 舞い上がる土を確認し、右、左と石を投げる。


「ホウカン、逃げて」


 ホウカンは腰を抜かしたらしく地面にお尻を付けたまま動けない。

 カメレオン二体は見破った私へ向かってくる。

 一度に二体は無理と見て、私はその辺の木の葉っぱを投げつけた。

 気を取られている隙に一体を蹴り飛ばして距離を取り、もう一体を刺して霧散させる。

 最後に再び目つぶしを仕掛け、避けたところを剣で突いた。

 黒い煙を上げ、魔物は小さなカメレオンになった。


 私は肩で息をして座り込んだ。


「すげえ、和美すげえな。四体も一人で」


 ホウカンはなんとか立ち上がって私のそばに来て水筒を差し出した。


「お茶、飲むかい?」


 緑色のお茶をコップにもらうと、緑茶の風味の渋いお茶になぜか甘味がたっぷりと足されていた。

 うげぇ、まずい。

 この色でその発想はなかった。


 しばらく休憩して、周囲を見回すと水場の近くに蔦状の植物が生えていた。

 白い花に、日当たりのよい場所には親指くらいの実もついていた。


「ひょっとして、これがマタタビ?」


 ホウカンを呼んで確かめてもらう。正解らしい。


「もうちょっと周辺を探してみよう。普通の実より、虫こぶの方が効果が高い」


 周囲を探すと、先ほどと同じような蔦にボコボコしたちょっとカボチャのような実をつけたものがあった。ホウカンの言っていた虫こぶだ。

 それを手のひらに一杯くらい取って瓶に詰める。

 肝心の匂いはいまいちわからなかった。

 実と枝も少し採集し、瓶に詰めていく。

 匂いは軽く嗅いでみたけれど、少し甘い感じもするし、アルコールか何かに近い匂いも感じて、よくわからない。

 覚えない事には魔術にできないので、あとでじっくり嗅いでみよう。

 私とホウカンさんは帰路についた。



「もうすぐ出口だな」


 ホウカンの言葉にやっと休める、と思った私は気が緩んでいた。


「おい! オ前、ニンゲンだナ」


 兵士に見つかってしまった。フードはカメレオンの魔物との対戦の後、暑くなってしまい外したままだった。

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