第24話 武器術の街ユウヤギ
翌日もその次の日も旅はすんなりと進んだ。あと少しでユウヤギに着く。
お風呂に入りたい。洗濯したい。
ごく普通のそんな欲求を、猫又二人はあまり理解してくれなかった。
「食器を毎回洗うのと同じくらい普通のこと」だと説明すると、意外そうな顔をする。
ジプチなんかは
「和美さん、匂いが気になるなら消臭魔術でもかけといたらどうでしょう?」
などと、テキトーなことを言う。
消臭は一応いつの間にかできるようになった魔術である。
「そういう問題じゃあないんだけどなあ」
と言いつつも、魔法を持続的に使う練習にもなるので私は提案を受け入れた。
「見えた!あれがユウヤギですよう」
ジプチの指先には山を背にした、高い木の柵で囲まれた町があった。
門には金属製の鎧を着た門番らしき兵士が立っていた。
「ここはユウヤギの街です。ここからは二足歩行でお願いします。一応おたずねしますが、勇者様御一行ですか?」
「ええっ!なぜわかったのですか?」
ジプチがキョトンとする。
えっと、私が人間だからだと思うよ?
「これが証明書だ」
エルはジプチを無視し門番と話している。門番の顔は強張っていた。
「この街で増援を得られない?」
この街に向かうよう言われたのに話が通っていないのか、はたまた何かあったのか。
「ええ。隊長からそう伝えるように言われたもので、自分はあまり詳しくは存じません。人手不足なら、武器術の道場、酒場などに向かう事をおすすめいたします」
「ありがとう。隊長と話がしたい。詰め所はどこだい?」
エルは兵士の詰め所へ向かった。
とりあえず、私とジプチは建物の外で待つ事にした。交渉事にはジプチは向かないし、あまり詳しく知っても腹が立つだけの気がしたのだ。
お腹が減ったのでジプチにかつお味のクッキーをもらってポリポリかじる。
う~ん、味わい深い。小魚や小エビの煎餅に近く、いい感じにダシと塩味が利いている。
十分ほどでエルは戻って来た。眉間にしわが寄っている。
「ふふ、やはり無理だそうだ」
まあ、そうだろう。ああいうところは融通が利かないものだ。
変な笑みを浮かべるエルの手元には見覚えのない袋。やたら膨らんでいるような。
「まさか」
「ああ。もらって来たよ。狩人や武器術の達人を雇うには金がかかりますからね」
ちゃりちゃりと袋をゆらす。絶対屁理屈でふんだくって来た感じだ。窓から兵士たちが悲しげな表情をみせる。
「なぁに、お偉方が三月ほどデザートを抜けば十分まかなえる額ですよ」
彼はえへらと悪い顔をした。
まあ、お金は大事だよね。
ジプチはぶるりと体を震わせた。
「じゃあ、行こうか」
私たちは武器術道場など多い通りを歩き、仲間を探すことにした。
武器術とは剣や槍、斧などの手持ちの近接武器で戦う技術のことだそうだ。
弓などはまた別の呼び方があるらしい。
道場毎にいろいろな構えがあって面白い。変わったものでいえば、剣を後ろに持つ「背中かゆい」の型なんてものがあった。不意打ちに使えるそうだ。構えるときは「あ~背中かゆい」と威嚇? するらしい。
「いやぁ、光栄ではあるのですが……」
「実力のある者は第一回討伐に行ってしまって」
「ぼぼぼ僕は、弱いよ」
「そんなはした金で命なんかかけられねぇよ」
「くわ~全滅かあ」
十数人を誘ったものの、全員に同行を断られた。とりあえずそこらじゅうの道場や酒場などに行ってみたものの、私を珍しそうにみる者と、怖がる者と、金に不満を持つ者と。
給金は王宮騎士に準ずるくらい出せるのだけど、生活を捨て命をかけられる程の決断をいきなり迫られても無理だろう。
そういえば私も、命がけなんだよなぁ。
つい、今更ながら考えてしまい、気分が落ち込んだのだった。
その後、昼すぎになったので私たちは食堂のテラス席で大衆料理をつまみながら作戦会議を開いた。
紫外線はいやに強く、水がおいしい。
「どうしたもんかね」
「市民にとっては他人事なんだな」
しかたないとは思うけどね。
はふぅ、とエルはため息ついでにお茶を冷ます。
「まぁまぁ。ちょっと僕は師匠と連絡取ってきてみますね」
建物の中のトイレのほうにジプチは向かった。
「連絡ってそんなに早くつくの?」
「ジプチならな。デリック氏はそういう方面とか召喚とか教えているはずだから」
「そっか」
エルとたわいもない話をしていたら、道のほうが騒がしい。
「それ、ボクの!オッサンはなせよ!」
「子供にそんなもん必要ないだろ?」
「おつかいなの!いるの!」
大柄な猫又の男が、子供の荷物を奪おうとしている。酒か何からしく瓶が見える。
どうしよう。このまま放っておくわけにはいかない。
魔に魅入られているわけでは無さそうだけれど……
ま、魔術を使うべき?
それとも、憲兵を呼ぶべき?
少し悩んで魔術を唱えようとしたその時、争う二人の間に止める手が入った。
「てめえ、道場の前で何していやがる!」
「あん?なんだお前」
男は爪をぐっと伸ばし、キラリと見せつける。
「オレはアカトラ。そこの門下の者だ。うちの道場の前でそんな事されちゃ困る」
男がそんなの関係ない、邪魔するな、と声のほうを睨みつけた。するとアカトラと名乗った青年は腰の木剣を抜く。
「はあ!? そんなオモチャで俺の爪に勝てると思ってんのか?」
大声の威嚇に対し、アカトラは剣を下段に構え、赤茶の尻尾をゆっくりと右に揺らす。
男の身体が沈み込みーー右爪が閃く。
すこん、と音を立てて木剣の平らな面に刺さった。
「言わんこっちゃなっ……いぶっ」
アカトラは木剣を男に押しつけ、蹴りを放つ。
速い。
「けっ、蹴り……はっ反則じゃ?」
「うちのコカゲ流ではバッチリアリだッ」
「くそが」
刺さったのとは反対の爪を、男が繰り出そうとするーーが、木剣の柄を引っ張られ体制を崩す。
見越したようにアカトラが木剣をひねる。
バキッという嫌な音を立てて、男の指から木剣が離れた。
「うっ」
「コカゲ流木剣術『爪折り』お前の負けだ」
ぽたぽたと地面に小さな染みができた。
男は指を押さえ、止血し、逃げようとする。戦意を失ったようだ。
「待てこら。その子に謝まりな」
「すみませんでした」
男はそそくさと立ち去った。
アカトラは男を一瞥して、子供に「大丈夫だったか?」と、確認した。
「うん。兄ちゃんスゲーな。ありがとう」
いつの間にか、他の子供達やってきて、「スゲー、スゲー」と囲んでいる。彼は、まんざらでもないようで、得意気に腰に手をあてている。
「剣術、教えてくれよ」
「月謝を払って入門してくれ。そこの道場だぞ」
「え一。ケチ」
「ケチで結構、コケッコー。それが世の中のルールだぜ」
アカトラは歯を見せて笑い、道場に入っていった。
「いいなあ。強くて、人柄もよさそう。ねえ、私、あの人に武器術を教わりたい!」
「そんな、いつまでも留まっていられないだろう。それに奴は金にがめつそうだ」
「あんたがそれを言う?」
エルと私が言いあっているうちに、ジプチが戻ってきた。
「コカゲ流の道場に師匠の知り合いが居るそうですよ。ひょっとしたら、弟子の一人や二人融通してくれるかもしれません」
「! コカゲ流? さっきの人も……」
「私は気が進まないが、行ってみるか」
「一緒に来てもらえば、教わりながら、旅ができるね」
私達は三日ぶりのまともな料理を味わう間もなく、お腹に詰め込んで、向かいの道場へ向かった。




