説明書人間
家電を買うと、まずその本体を段ボールごとゴミ箱へ叩き込み、付属の取扱説明書を読み耽る。それが私の日常だ。本体など、プラスチックと金属の塊にすぎない。概念としての完全無欠は、すべてあの白黒印刷の冊子に宿っているのだ。
「安全上のご注意」
「各部の名称と働き」
「お手入れの手順」
行儀のよい文字列。壮観、なんと素晴らしい。本当に無駄がない。
一言一句漏らさず読み終え、それを、大事に大事にしまい込む。専用の棚に整然と並んだ数千冊もの説明書こそが、私にとっての宇宙だった。
そんなある朝、なんの前触れもなしに、やかんで湯を沸かしている最中にひとつの疑問に思い至った。
人間の取扱説明書は、どこにあるのだろうか。
人間だって紛うことなき作り物である。骨格、配線、ポンプなどの部品で駆動する精密機械だ。ならば、どこかにその設計や運用方法を記した説明書があってもおかしくはない。
私は猛然とそれを探し求めた。まず自室をひっくり返し、ネットの海の深みに潜り、巨大な図書館を端から端まで走破した。だが、どこを探しても見つからない。
医学書。故障カタログだ。
哲学書。冗長な言い訳の束。
母子手帳。製造年月日スタンプである。
やはり、求めた冊子はどこにもない。誰もが正式なマニュアルを持たず、手探りで、初歩的な勘違いを撒き散らしながら、馬鹿馬鹿しく今日を生きている。だから世界は無秩序で、非効率で、不具合に満ちているのだ。実に合点のいく話である。
身の回りのどこからも見つからないのなら、私が出すべき答えは一つしかない。そう、たったの一つ。
私が自分で人間の取扱説明書を書くことだ。
その判断に至った刹那、天啓降り、思考の天井が開かれた。居ても立ってもいられない。いざ机に向かい、手近にあったボールペンを猛烈な勢いで走らせる。
タイトルは『ヒトの仕様及び取扱説明書』。
・初期設定。起床はアラーム一回で完了のこと。二度寝は規格外エラーとして初期化を行う。
・通常運転。感情の漏電を防止し、常に定格出力で稼働を続けること。
・トラブルシューティング。理不尽な怒りが発生した際は、深呼吸を長押しして強制再起動。愚痴、悪口などの異音が生じた場合は、排気弁を速やかに密閉すること。
以降、云々。
夜が明ける頃、全三十項目に及ぶ仕様書が、私の手の中で出来上がっていた。厳かでありながら溌剌として、文字の整列が美しい。我ながら、惚れ惚れするほど純粋な論理体系である。
だが、これで満足してはいけない。ここからが始まりだ。どんな立派な文言も、紙の上に留めているだけでは空論に過ぎない。混沌極まる不良品まみれの世界に、最初の真に優れた一台の人間を実装してやらねば、執筆者として無責任というもの。
ちょうどその時、薄い壁の向こうからドタバタと騒がしい足音がして、続いて荒々しい怒鳴り声が炸裂した。あの声は、いつも気の悪い隣人のものだ。朝から目覚ましを連打し、壁を蹴り、何かに悪態をついているらしい。なんと乱暴で品を欠いたやましい人間であろう。
まさに不良品。明らかな規格違反。人であって、人でなし。
こうなったら、私が天に代わって記した説明書通りに、彼を性根から作り変えるしかない。
完成した取扱説明書を脇に抱え、ペンを握り、私は部屋を飛び出した。寝ず食わずの直後にも滾るこの精力は、まさに鬼の如し。大股で廊下を進み、隣の部屋のドアを一息に蹴破る。
大きな硬い音が響いて、意地の悪そうな中年男の目が、私をすぐに見つけた。汚らしい口調でこちらを歓迎してくれているようだが、確か、些細な事で狼狽えてはいけないと説明書に記したはずだ。
まったく、この男は、いくつの項目を破るつもりだろうか。救いようのない不良品だ。私は毅然とした態度で、鋭いペン先を隣人へ向けた。今からこいつで、その身に痛いほど分からせてやろう。
製品は、説明書通りでなくてはならない。




