エイジング・ランク
世間はどうかしているようだ。アンチ・エイジングなどという姑息な技術が年々進化を遂げ、街は実年齢に反したシワ一つない不気味な顔で溢れかえっている。
定年を迎えた私は、そんな世の在り方に強い憤りを抱いていた。若く見せようと必死になる身の程知らずどもは、自らが年齢にふさわしくない未熟者であると大声で喧伝していることに気付かないのだろうか。
物であれ人であれ、歴史が刻まれているからこそ価値がある。それを薬品や機械で誤魔化すなど愚の骨頂だ。
私は世間の流れに正面から逆らうことにした。日焼け止めなどに頼らず、炎天下での庭仕事に精を出し、必要以上の運動をして体を酷使した。感覚の衰えや関節の軋みは長く働いた勲章であり、癒す必要など全くない。地域の清掃活動や、体力勝負の行事にも片っ端から参加した。すべては、この体に相応しい老いを刻み込むためである。
ところがある日、信じられないことが起きた。庭で汗だくの作業をしていた私に、近所の若い主婦が声をかけてきたのだ。
「あら、おじいさん、今日はお花のお手入れですか。いつも色んなことに挑戦なさって、本当にお若いのですね」
私は持っていたスコップを落としそうになった。若いだと。これほど深く刻まれたシワと、日に焼けたシミだらけの肌を見て、何が若いだ。その言葉は私にとって、これまでの努力を全て否定する最大の侮辱であった。
火がついた私は、さらに躍起になって生きた。周囲の「無理だ」「休め」と引き止める声になど全く耳を傾けず、睡眠を削り、とにかくがむしゃらに我が道を進んだ。いつものボランティアだけでは飽き足らず、過酷な遠い土地へ赴き、危険なスポーツに参加し、時に大怪我を負いながら、医者の助言を振り切って生きた。
人間とは不思議なもので、限界まで体を痛めつけているはずなのに、私には未だに死の訪れる気配がない。気付いた頃には、平均寿命をとうに過ぎ、年齢は百歳を突破していた。周りの知り合いから盛大に祝われたが、この程度ではもはや満足できない。
「ここまで来たら徹底的に老いてやる。この命と体を使い潰してやる」
肉体の悲鳴を黙らせ、外に出て、手の空いている時間には欠かさず新しい本を読んだ。私の知識と経験は、シワとともに確実に刻まれていく。長年に及ぶ努力の甲斐があってか、私に向けて「若い」などという軽薄な言葉をぶつける者はいなくなっていた。
時間はさらに十年、二十年と経過していく。その間にも若返り技術は狂ったような進化を遂げ、道を歩く連中はどいつもこいつも、ランドセルを背負う子供のような見た目になってしまっていた。憤りを通り越して、もはや哀れだ。そこまで若さに妄信して、得られるものは所詮「若いですね」という言葉だけであるのに。
成熟から目を背けた社会の中で、私だけが唯一、枯れ木のような肉体を誇っていた。
しかし、どれほど執念深い人間にも、ついに終わりの時はやってくる。
ある朝、部屋で眠っていた私は意識が清々しくなるのを感じた。どうやら命が尽きたらしい。
長く生きた褒美なのか、私はほんの少しだけこの世に留まり、自分の行く末を見下ろす時間を与えられた。さぞかし立派な、歴史の重みを感じさせる亡骸が横たわっていることだろう。葬式の日、私は誇らしい気持ちで、祭壇の中央にある棺桶を覗き込んだ。
「これは……」
霊の身でありながら、心臓が跳ね上がったような感触を覚えた。
死人の箱に横たわっていたのは、シワのひとつもない、滑らかな肌をした青年だったのだ。しかも、そいつには見覚えがある。他の誰でもない、若い頃の私だ。なぜ、こんなみっともない姿になっているのだ。
棺桶の中を覗き込んで、生前のボランティア仲間たちが口々に言う。
「これは驚いた。初めて見たけど、今は本当に遺体を若返らせることができるのね」
「長生きすると、どうしても人は醜くなってしまうからな。遺体をアンチエイジングすることで、痛々しい姿を見なくても済むというわけさ」
「こんな若々しい姿で逝けるんだから、彼もきっと喜んでるわよね。素晴らしい死化粧だわ」
技術の進歩のなんと目覚ましく、なんと侮辱的なことか。綺麗に撫でつけられた髪。ふっくらとした頬。経験の浅い、薄っぺらな顔つき。
私が百年以上かけて、血の滲む思いで刻み込んできた誇り高き歴史は、たった数十分の化学処理によって、完全に消し去られてしまったわけだ。
一体、私は何のために歳を重ねたのだろうか。




