落ちて落ちて落ちる
今、まさに落ちている最中であるわけだが。
耳元を凄まじい風が吹き抜けていく。
空はこんなに青いのに、眼下では、見慣れた灰色のコンクリートが、そのディテールを詳しく描き込むように迫ってきていた。
今さら手足をバタつかせたところで、どうなるものでもない。私は重力という絶対的な法則に、ただ身を委ねるしかないのだ。
思えば、私の人生は落ちてばかりだった。
物心ついた頃には、木登りの最中に足を滑らせて真っ逆さまに落ちた。友達は笑っていたが、私は腕の骨を折るという笑えない経験をした。
思春期になれば、当然のように第一志望の学校に落ちた。なんとか滑り止めの学校に通って卒業を迎えたものの、就職活動で採用枠からこぼれ落ち、最終面接で何十社も落ち続けた。
ようやく拾ってもらった職場でも、私の転落人生は止まらない。コンペに出れば必ず選考から落ちたし、ここぞという大事なプレゼンの日には、なぜか決まってパソコンの電源が落ちた。
プライベートだって似たようなものだ。
ひょんなことから、これ以上ない魅力的な相手と出会い、漫画のような恋に落ちた。ここまでは良かった。
しかし、最終的には見事にだまされ、たちの悪い投資の罠に落ちた。その結果、周囲からの信用も落ちた。
こんな不運続きだから、気分はいつも落ち込み、肩を落として歩く毎日。文字通り、何から何まで落ちていく人生だった。
そもそも、落ちるという言葉には、どうしてこうも厄介なニュアンスがつきまとうのだろう。
リンゴが木から落ちたことで偉大な物理法則が発見されたというのに、私の人生の落下は、何一つ価値のあるものを生み出さない。
ただひたすらに、下へ下へ向かうだけなのだ。
しかし、こうして空を切って落ちていると、不思議なくらい心は穏やかになった。
試験に落ちる恐怖も、恋に落ちる錯覚も、信用が落ちる絶望も、今はどこにもない。何かにすがりつくのをやめるというのは、こんなにも心地の良いものなのか。
ただ吹きすさぶ風だけが私を包み込んでいる。この清々しい感覚は、落ち続けてきた人生への、ささやかなご褒美なのだろうか。
ご褒美にしては、随分とスリルがある。
この後は正真正銘、人生のどん底だ。
たとえ私がここで人智を超えた法則をひらめいたとしても、かの偉大なリンゴのように地面を叩くのがオチである。
ああしかし、走馬灯というのは、こうも迅速に駆け抜けていってしまうものなのか。この肉体がそうであるように、もう考えることさえ浮かばない。私が落語家なら、ここで上手い話の一つでも思い付いたろうに。
ああ、さて。
やれることがない。
この状況は、いつ落ち着くのだろうか。




