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文字くずの山  作者: あさもっど


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20/24

混濁生

 視界の後ろに、濡れた綿が詰まっているような感覚がある。

 まだ意識の歯車が噛み合わないようだ。


 私は呼吸する鉄の箱の中で目を覚ました。

 どれくらいの期間、この霜にまみれた引き出しの中で横たわっていたのか知れない。

 ただ、ひどく喉が枯れている。

 私は本能的に、壁から突き出た銀の管をひねり、容器に注がれた透明の血液を飲み干した。

 味はないが、少しだけ油の香りがする。


 私は、未だ不安定な足を動かし、壁に開いた巨大な単眼の前へ向かった。

 単眼の外には、先の分からぬ黒いインクが果てしなく広がっている。

 そこに無数の砂粒が静かに瞬いていた。

 まるで黒い毛布にできた無数の虫食い穴のようで、不気味でありながらどこか美しい。


 自分が誰で、どこから来たのか。

 視界の背後に潜む綿をこじ開けようとするたび、その奥で火花が散るような感触が走る。


 私は部屋の中央にある光る板の前に座った。

 薄い板のつるりとした表面で、蛍光の虫たちが絶え間なくうごめいては、滝のように一斉に流れていく。

 それが私にとって意味のある列だと気付くまでに、少しばかり時間がかかった。

 虫たちの動きを集中して追っていると、どうやら私は、何かを探す役割を負っているらしいことがわかってきた。


 振り向くと、背後には私と同じような霜の箱が七つ並んでいる。

 しかし、その中に入っているものは、すべて干からびた薪(たきぎ)であった。

 私のように起き上がる気配はない。

 どうやら、私が動き出すずっと前に、火を消されてしまったようだ。

 ではなぜ、自分だけがこの箱の中で呼吸をし続けているのだろう。


 考え込んでいると、腹の奥が鳴いた。

 何とも気持ちの悪い感触である。

 私はすぐさま、目についた戸棚から四角く固められた泥を取り出し、噛み砕いた。

 乾いた破片が体内を下っていく。

 やがてこれは、私と混ざり合い、この落ち着かない感覚を鎮めてくれるのだろう。

 私の鼓動に合わせて動く壁の針の音が、目の奥でやけに大きく響いた。



 しばらく経って、光る板がけたたましい悲鳴を上げた。

 箱全体が脈打つように血の色を強め、私の側頭部の器官を容赦なく叩く。

 私は再び、大きな単眼を覗き込んだ。

 いつの間にか、この箱は黒いインクの海を渡りきったようである。

 その先では、視界を覆い尽くすほどの巨大な紫色の光が、口を開けて待っていた。

 ぬらぬらと揺らぎ続ける光線は、内臓のように思われる。


 今になって、色々なことが思い出された。

 私は、くたびれた故郷を離れ、次なる無垢な場所へ向かっていたのだ。

 しかし、目の前の紫は、どう見てもそんな優しいものではない。


 光る板の上を這い回る虫たちが、ひとつの規則正しい配列を成した。

 途端に、すべての不思議が解けた。

 私は、新しい巣を探していたのではない。

 この広大で絶対的な主人に対し、自らの身を捧げる手はずだったのだ。

 かつて青い血液の故郷に住んでいた私たちは、近いうちに来たる滅びの苦しみを避けるため、より価値の高い生命の一部となる道を選んだのである。


 頑丈なはずの鉄の箱が大きな叫びとともに軋む。

 紫の奥から伸びてきた無数のツルが巻き付き、壁や床を四角い泥へ変え始めたのだ。


 しかし、恐ろしさは全くない。

 私の末端はすでに周囲と混ざり、次なる強靭な肉体を形成しつつある。

 干からびた薪である七人も、流れ込んできた極彩色の血液を得て、嬉しそうに産声を上げていた。

 大変、よい気分だ。

 理由もなく枝分かれしていたものが、またひとつに戻っていくような心地である。


 融けて変質した単眼の外を見る。

 無数の箱が、暗闇の先から次々と現れ、列をなして巨大な主の中へ進んでいく。

 まるで、匂いに誘われた羽虫の群れのように。

 我々の不安は平安となり、永い夢が訪れた。


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