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光の聖女が来訪です。③

「さあ遠慮せず入れ」


 黒髪の女性はログハウスに入る。

 先ほどまでの殺気立った雰囲気が嘘のように平和な景色が少女の視界に収められる。

 何の変哲もない目の前の家に、今まで出会ったこともない邪悪な存在がいる。

 ここに来たばかりの時とは違う緊張感が少女の胸中を支配するも、少女は言われた通りにお呼ばれする。

 扉を開けてすぐに出迎えるリビング。

 テーブル一つに四脚の椅子、そこから見えるキッチンはとても綺麗に掃除されている。

 魔族が住んでいるにしては平凡で、行き届いた掃除は文句のつけようがない。


「紅茶に珈琲、ジュースに牛乳、何がいい? 大きくなりたいなら牛乳にしておくか?」


「誰の身体が幼児体型ですか。お水で結構です」


 やや不機嫌に少女は椅子に座る。

 頬を膨らまし、隙を見せまいと気を張る少女に黒髪の女性は笑みを浮かべて客人を出迎える準備をする。

 菓子と紅茶の甘い香りが部屋を満たし、少女の警戒心が和らぎそうになる。


「水で良いといいましたが?」


「まーそう言うな。これは私のお気に入りでな。アップルパイとよく合うんだ」


 少女の前に置かれたティーカップ。

 白い陶器に湯気立たせる深い赤色の液体が覗き込む少女の顔を映し出す。

 その横には切り分けられたアップルパイ。

 シナモンの香りが温かな蒸気とともに立ち上り艶やかなパイ生地の隙間からは煮詰められたリンゴが覗いている。


 黒髪の女性は自分の分の紅茶とアップルパイを用意し、少女と対面する形で席に座る。

 カップの受け皿を持ち上げ紅茶を味わう黒髪の女性はとても人間らしく、同時に感じる強い邪気との差異で違和感が拭えない。


「どうした、飲まないのか?」


 少女は出されたものを念入りに調べる。

 色、香り、カップの持ち手。

 調べたところ特に何もなく、少女の疑念に満ちた目はそのまま目の前の存在に向けられる。


「毒でも入れられてると思ったか? そんなつもりは毛頭ないし、そもそもお前に毒が効くとは思っていない」


 そう言われて、少女は恐る恐る出されたものを口に入れる。

 コクのある甘い味わいが口の中に広がり、穏やかな香りが鼻から抜ける。

 アップルパイもまた柔らかいリンゴの酸味と、焦がしバターの風味が程よく混ざり合い舌の上で静かに溶けていく。


「美味しい……」


 思わず本音が漏れる。

 緊張感が解け、警戒心が薄れる自分に気が付き、少女は自分に喝を入れる。

 そんな姿を楽しむ黒髪の女性は余裕綽々としていて、掌の上で転がされているかのような敗北感が少女を襲う。


「で、稀代の聖女がこんなところに何の用だ? 聖騎士共は今、西側の魔物で手一杯と聞いていたが?」


「なっ!? どうしてわたしが聖女だと」


 驚く聖女に黒髪の女性は冷静にカップを置く。

 そしてテーブルに肘をついて手で顎を支え、その緋色の瞳が聖女を観察する。


「魔族にとって天敵とも言える浄化の光を扱えるのは女神の祝福を受けた人族。祝福を強く受ければ受けるほどより多くの“聖典”と言われる書物を読むことが出来る。聖典の第十章と言えば最高クラスの力。使えるのは教皇と聖騎士長……そして聖騎士最高戦力にして女神の依り代とも謳われる聖女ルミナスのみ。加えてそれだけの力を使ったのに疲労の様子が窺えないとなれば聖女一択。もっというなら聖女の特徴と外見が一致しているから疑う余地はない」


「外見ですか?」


「光の聖女に相応しいブロンドの髪、人々を癒す慈愛に満ちた翡翠眼。そして何より、穢れを知らなそうな幼児体型」


「失礼な! 確かに慎ましやかだと自覚してますがまだ成長期なだけです!! ……失礼取り乱しました。えぇ、貴女の言う通り、わたしの名はルミナス。周りからは聖女という肩書で呼ばれています。さあ、わたしは名乗りましたよ。今度は貴女の番です。あれほどの力、滲み出る邪気……ただの魔族なんて言わせませんよ」


 聖女ルミナスの慣れていない睥睨が言い訳や嘘、逃げることを許さないと訴えかける。

 しかし逃げるつもりは一切ない女性は不敵な笑みを浮かべて聖女の問に答えた。


「もう分かっている通り、私は魔族。今はマオと名乗っている。そうだな……北方区域で城を構え、鎧の勇者と共に消息を絶った存在。お前達にも通っている名を言うのなら――――私が魔王だ」


 その正体にルミナスは思わず呼吸を忘れる。

 艶やかで星々輝く夜空のように美しい黒髪、不気味で誘惑的な緋色の眼光。

 見た目はさも絶世の美女そのもので、しかしその正体は魔族の王。


 嘘をついているにしては堂々とした笑み、虚勢を張っているにしては説得力しかない覇気。

 鎧の勇者との闘いで消息を断ち、世間では死んだものとされている亡霊。


「貴女があの魔王……てっきりもっと異形の姿かと思っていました」


「魔族と言っても私のような外見は人族そっくりの魔人もいれば、お前達が想像する悪鬼羅刹の見てくれをした悪魔もいる。必要なら吐き気を催す邪悪な姿に変化してやってもいいが?」


「結構です。で、どうして魔王がこんなところで人と同じように暮らしてるんですか? それにここは鎧の勇者様の家のはずですが?」


「鎧の勇者様? お前がここに来た理由は勇者に会いに来たというわけか。ならば問おう。お前と勇者はどういう関係だ?」


 鋭い眼光がルミナスを射抜く。

 上がっている口角に似合わない、睨みつけるような眼にルミナスは畏縮してしまう。

 しかし相手が魔王だとしても、ルミナスは聖女。

 ここで逃げるわけにはいかない。


「同じ宿命を背負い、二人だけの秘密を共有した……とても親密な関係とでも言っておきましょうか」


「ほう? その言葉、見栄を張っているだけなら訂正した方が身のためだぞ?」


 魔王から発せられる黒い覇気。

 肺が麻痺して空気が薄く感じ、今にも圧し潰されそうなプレッシャー。

 それでも聖女としての立場が、勇者との思い出が、女神の祝福を受けた身の使命がルミナスに勇気を与える。

 

「訂正はいたしません」


「よろしい、なら――――」


 魔王の手がルミナスに伸びようとしたその時、


「はいそこまで!」


 扉から制止の声が響く。

 その声はルミナスにとって鼓膜に刻まれて忘れられないもの。

 聖女としての期待が圧し掛かり、立場が逃げることを許さない状況で精神的に落ち込んでいた時に勇気をくれた。


 人族最強にして世界の守護者とも言われた鎧の勇者。

 ルミナスにとっては希望であり、恩人であり、憧れであり、尊き存在。

 

 魔王から目を逸らす危険性を無視してでもルミナスは声の主を確認した。

 光を受けるたび淡い銀や薄氷のような透明感を帯びて触れれば溶けてしまいそうな儚さを纏う白い髪の毛先が首筋でさらりと揺れる。

 冬の夜明け前の空を閉じ込めたかのような澄んだ青い瞳は静かで冷ややか、だが一度視線を絡めれば逃れられない吸引力を持っている。

 スラリと伸びた四肢は男女ともに通じるくらい誘惑的で、衣服越しでも分かる自然な曲線は女性らしさと気品の均衡が奇跡的に保たれていた。


 昔のようなフルアーマーではないにしても、銀色に輝く胸当てやガントレット、ショートパンツから伸びるすらりとした足を守るハイソックスとレッグアーマー、左腰に携える片手半剣が鎧の勇者の名残を感じさせる。 


「マオ、小さい子になんて気を出してんのよ」 


 不安が絶望に変わり、絶望が期待になって、期待は希望へと至る。

 焦がれた存在が確かに目の前に現れて、ルミナスはあふれる思いで涙がこぼれる。


「ゆう……者様……」


「ん? もしかしてルミナス!?」


「勇者様!!」


 込み上げた感情がルミナスの足を本能的に動かす。

 両手を広げ、金属製の胸当てをしていることなど気にせずその胸に飛び込むルミナス。


「ったぁ!?」


 驚き固まる鎧の勇者に抱き着こうとしたルミナスは、なぜか浮遊感とともに地面に転がる。

 何が起こったのか分からないルミナスは転んだ痛みなど気にせず再び勇者に抱き着こうとするも、なぜか触れられず小さな手は勇者の身体をすり抜ける。


 混乱し動揺するも、ルミナスはこの状況と同じ事象を少し前に体験したばかりで。


「ちょっと魔王! またわたしを違う世界に飛ばしましたね!?」


「あー悪い。感動の再会だろうから大目に見ようと思ったんだが、ユウが他の女に抱き着かれると思うとつい……」


 マオは指を鳴らして別次元に移したルミナスを元に戻す。

 そして今度こそ、ルミナスはユウに抱き着き本当にここに居ることを確認する。

 そんなルミナスにユウは最初こそ戸惑うも、すぐに表情を緩めてルミナスの頭を優しく撫でた。


 その光景に黒い感情が胸中を巡るも、マオはその感情を流し込むかのように紅茶をすする。


「で、随分と早い帰りだな。冒険者ギルドに良い依頼が無かったのか?」


「違うわよ。仕事を選んでたらアンタの強い魔力を感知したし、外に出てみれば家の方に巨大な人のなんかが現れてたからすぐに戻ってきたのよ」


「簡単に言っているがここから冒険者ギルドまで数十キロあるし、聖女の居た世界とユウに居た世界は視覚共有させてないし、聖女が来てからまだ十五分くらいしか経ってないし。魔族の王と謳われた私がドン引きするような察知スキルと慧眼スキルと身体能力だな」


 少し呆れるように、それでいてそうでなくてはと満足そうな笑みを浮かべたマオはユウの分の紅茶とアップルパイをテーブルに並べた。

 そしてユウも席に着き、役者が揃ったと言わんばかりにマオは話を切り出す。


「さて、ユウも帰ってきたところで話を進めたい。……が、その前に何故ユウはそっちに座っているんだ! お前はこっちに座るべきだろう!!」


 マオは自身の隣の椅子を引いて主張する。

 テーブルに据えられた椅子は四脚。

 入り口側の二脚と、奥側の二脚。


 奥側にマオが座り、入り口側にルミナスが座っている。

 わざわざマオは自分の隣にカップなどを置いたが、ユウはそれを移動させてまでルミナスの隣に座った。

 ルミナスは甘える子猫のように席を近づけてユウの肩に頭を寄せている。


「こんな女の子にあれだけの殺気をぶつけといてアタシまでそっち側に座ったらこの子が委縮しちゃうじゃない。それに座るべきというならマオとルミナスは席が逆よ。客人や目上の人は上座、奥側に座らせるのがマナーよ」


「人族のマナーなど知ったことか。それに目上というなら私の方が格上だろう」


 言い返すマオにユウはため息をこぼす。

 そしてルミナスに優しく微笑んだ。


「ゴメンねルミナス。普段アタシには素直でいい子なんだけど、今日はちょっと拗ねてるみたい」


「拗ねッ……まぁいい。じゃあ本題に戻るぞ。魔族の私が何を言っても聖女は信じられんだろうからな。鎧の勇者であるユウが立会人になれば信憑性も増すだろう」


「確かに勇者様の言葉ならカラスは白いものだと言われても信じる自信はありますが……」


「ルミナス、盲目的な信用は身を滅ぼすわよ。あと今は勇者じゃないからその名で呼ぶのは控えてほしいの」


「……分かりました。では、おっ……お姉様とお呼びしても?」


 ルミナスは上目遣いで懇願する。

 庇護欲を駆り立てる人形のような見た目のルミナスに、そんな風にお願いされて断れるはずもない。


「別に構わないわよ」


「はい! お姉様!」


「年齢で言えば二百年生きている私はユウやお前よりも年上になるからお姉様とやらに分類されるのか? 魔王という肩書も今は使っていないし」


「なら魔王と呼ぶのは控えましょう。そうですね……ではこうお呼びしますね、小母様(おばさま)


「おばッ――、なら私もガキんちょと呼ばせてもらおうか」


「がきっ……わたしはもう十六です! それに貴女と違って聖女でもルミナスでも名や立場を隠す事情はありません! わざわざ呼び方を変える必要はないでしょう!!」


「ガキんちょ、ロリ聖女、ロリナス、小娘……好きなのを選べ」


「…………この魔小母様!」


「いい加減にしなさい」


「「痛っ!?」」


 バチバチと火花を散らすマオとルミナスの頭をユウは小突いて仲裁する。

 マオとルミナスは衝撃に頭を押さえながらユウの方を見た。

 別に怒っているわけでもなさそうだが、これ以上は時間の無駄で、今度こそユウに本気に怒られそうで両者ともに冷静に場を鎮める。


「失礼取り乱しました。ではマオさんとお呼びします」


「なら私も聖女と呼んでおこうか」


 取り急ぎの仲直りをしてマオとルミナスはユウの様子を窺う。

 満足そうに紅茶を飲んでいたユウにマオとルミナスはホッと胸をなで下ろす。


「で、魔王と呼ばれた私がどうして人と同じように暮らしてるかだったか? それは簡単。私は鎧の勇者たるユウと付き合っているからだ」


 簡単と言った割にはルミナスがその言葉を理解するのに時間を要した――――。

お読みいただきありがとうございました!

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別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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