魔王と勇者は恋仲です。④
何かに気が付いたマオは空を見上げる。
その反応にシュタインを含め、男達や女性陣も空を見上げた。
洞窟の天井に空いた大穴は、日差しが強く吸い込まれそうなほど真っ青な空を覗かせる。
そしてそこに微かに見える人影。
やがてそれはここに落ちて来て、高さから想像も出来ないほど静かな着地。
今にも溶けそうに思える雪のような白い髪が着地に合わせて艶やかに動き、足元の鎧がカチャリと音を立てた女性。
富んだ胸の形に沿った胴当て、腰元には片手半剣。
見上げた空に負けないくらい済んだ蒼い瞳が状況を確認しようと睨みつける。
騎士のようにも思えるが、少しラフな感じを見るに冒険者。
突然の来客にほとんどが固まるも、マオだけは状況を把握して、
「思いのほか早かったな。ユウ」
「はぁ!? マオ、アンタなんでここにいるのよ」
「ちょっと拉致られた。それより冒険者登録はどうした? 無事終わったのか?」
「正確にはまだだけどちょっと頼まれ事をね。で索敵スキルに魔族と人の気配が引っかかったから見に来たのよ。ところでこの状況は何? なんで石像がこんなにたくさん……」
「あーそれな。この男の魔法だ」
マオに言われてユウはシュタインを睨みつける。
第五階梯慧眼スキル【神眼】を使い力量を図る。
突然の乱入者に困惑するも冷静な魔族の男――シュタインからは強い力を感じ取る。
「魔族の中でも上級ね。ちなみに六冥尊だったりする?」
魔族の中でも抜きんでた力を持つ大魔族六体――六冥尊。
その力は魔王にも匹敵すると言われ、他種族の間では魔王の懐刀と言われている。
ユウの質問にマオはバカにするような眼でシュタインを見る。
「こいつが六冥尊? 奴らは他種族が勝手につけた肩書など興味ないだろうが、こいつと同列に扱られるとさすがに怒り心頭だろうな」
マオの評価にシュタインは表情を強張らせる。
侮辱されこみ上げる怒りが魔力を肉体から漏れださせる。
魔力を感じ取れない男連中や連れてこられた女性達ですら、シュタインの周囲の空気が重く変わり確かな威圧を感じ取る。
だがそんなこと一切気にしないのはマオとユウ二人のみ。
ユウは腰の剣を抜いてシュタインと対峙する。
「そこの魔族に一つ質問。少し前、四人パーティーの冒険者に会わなかった? サンドリアでは名の知れた冒険者らしいけど」
ユウの質問にシュタインは苛立ちを感じながらも記憶を辿る。
そして挑発するように笑みを浮かべた。
「あーそんな奴らいたな。残念だが男をコレクションにする趣味は無くてね。石にした後粉々にしてしまったよ」
「……そう。なら死になさい」
ユウが一歩踏み出したその時、シュタインは声を上げて制止させる。
「いいのか? この周りの石像達はもともと人間。僕に手を出せばここに居る全員は助からない」
シュタインの言葉にはさすがのユウも動きを止める。
冷徹そうに見えるユウだが、犠牲を良しとする性格ではない。
それを見抜き――いや、光の下で生きる人族にはそういう習性があることをシュタインは理解していて、この手を使わないはずはない。
「分かったら武器を捨てて一歩も動くな。指先一つ動かすごとに石像を一つ破壊する」
ユウはシュタインの指示に迷うことなく従う。
抜いた剣を床に置き、何もせずに佇む。
正直シュタインを殺すのは簡単だし、後ろの男連中など戦力として捉えていない。
第五階梯威圧スキル【神威】を使えば全員を竦ませることは出来るだろう。
それでも人質を優先するには先手を譲るほかない。
ユウが全く手出しが出来ない状況だというのに、マオは一切動じることなく様子を見守る。
先手を取ったシュタインは余裕の笑みを浮かべてユウに近づく。
そして十メートル程度の距離まで近づくと足を止めてユウの目をしっかりと見つめる。
「僕から目を離した瞬間石像を壊す。いいな?」
「ええ、構わないわ」
「よろしい」
不敵な笑みを浮かべたシュタインの肉体に宿る魔力が揺らぐ。
何か魔法を使われると分かっていながらも、ユウは指示通り目を合わせること止めない。
「石化魔法――【石化の視線】」
シュタインの瞳の前に魔方陣が構成される。
魔法陣から発せられる魔力の波がユウを襲う。
自信の身体にシュタインの魔法が干渉したことを感覚的に察知する。
そして右手に感じる違和感に思わず籠手を外して視線をそちらに向けてしまった。
だがシュタインの目的は果たされたようで、視線を外したことに対する言及はない。
「これは……」
シルクのような柔肌が指先から徐々に無機質な色に変色している。
青みがかった灰色のそれは、この場にある石像の色そのもので。
「君のような美しい女性……本来なら僕好みの状態で石化させたいが仕方ない。石化は進み、一分後にはみんなの仲間入りだ。僕のオーダーに従って石化してもらえれば丁重な扱いを約束するよ」
一分。
その時間はあまりに短く、指先から始まった石化は今は手首を越えている。
石化した箇所は動かすことは出来ず、肌の感触すら感じ取れない。
手首を越えた石化は肘の所まで浸食している。
だというのに、ユウに焦りや死の恐怖というものは一切感じられず、シュタインは内心困惑する。
死を覚悟しようと、いざ死を目の当たりにしたときは多少なりとも感情の変化が見て取れる。
しかし目の前の少女は、自分の状況が理解していないかのような冷静さを醸し出していた。
だが、もう魔法は発動している。
目の前の少女がどんな今どんな感情をしていようが、シュタインにとっては些細なことだ。
石化はすでに肘を越えて肩へと差し掛かろうとしている。
肩へと差し掛かろうと――――して、なぜか肩へ石化の進行は進まない。
思い返せば石化の進行が遅くなっていたことにシュタインは今更ながらに気が付いた。
【石化の視線】にかかった相手は一分後には石像へと変わる。
だが指先を石化していた時は普段通りだが、手首を越えたあたりから今までの相手と比べて石化のスピードが遅くなり、今となっては完全に止まっている。
「っ、何故だ!? 何故石化していかない!?」
動揺が漏れ出るシュタインに、ユウは呆れるようにため息をつく。
そして右手を軽く振ると、石化していた箇所は全体的にひび割れて、剥がれ落ちるように石の皮がパラパラと砕けて落ちた。
【石化の視線】が表面だけでなく、身体の中身までも石化させる魔法。
だというのに、目の前の少女の右手は握っりたり開いたりと、元通り有機的な色と動きをしていた。
「アンタね、戦いに置いて一分がどれだけ長いか理解してる? それだけ時間があれば石化耐性なんて余裕でつくわよ」
「バカな!? 人族の勇者細胞が【耐性】を得ることは知ってる。だが石化耐性なぞ聞いたことがない! それに【耐性】は長い時間をかけて会得するはずだ!! それを今、このたった数秒で会得したっていうのか!?」
シュタインの持っている常識からかけ離れた少女に畏怖の感情が芽生える。
【耐性】とはその状態を何度も経験し、乗り越えて身に付くものだ。
たとえば毒耐性であれば、毒を何度も飲み、勇者細胞が学習――進化して体得する。
化石化とは違い、石化は存在しない現象のはず。
耐性を身に付けることなど普通は不可能で、不可能だからこそ石化耐性など聞いたことがない。
冒険者と対峙したことは何度もあったが、当たり前のように石化していった。
だからあり得ない、信じられないといった感情が、シュタインを支配する。
「分かった魔法耐性だな! それならまだ納得がいく……いやだが確かに石化はしていた……」
原因を究明しようと脳をフル回転させるシュタインに、状況を静観していたマオが口を開いた。
「シュタイン、残念だがユウの言っていることは事実だ。あいつは数秒あれば耐性を身に付くという常軌を逸した人族だ。石化耐性が身に付いた以上、もうあいつにお前の魔法は通じない。諦めろ」
信じられないが、その信じられない状況が目の前で起こっているのもまた事実。
受け入れるしかない――だが、受け入れてしまうと目前で剣を拾う少女に対する恐怖がこみ上げていく。
「ま、待て! 分かっているのか? 僕を殺せばここに居る石像はもとに戻せないんだぞ!」
震えながら後退りしようとする足を必死に止めて、シュタインは声を絞り出す。
シュタインの動揺っぷりに他の男達は状況のマズさを感じ取ってその場から逃げようとするも、それをユウは見逃すはずがなく、拾った剣を投げつけて入り口を破壊する。
目の前で入り口が瓦礫の山となり、腰が抜けて立てなくなったものが半分、緊張と恐れで身体が固まってしまったのが半分だ。
連れてこられた女性達は、身を寄せ合ってユウに縋るように状況を見守っていた。
「それで、アンタならこの石像を元に戻せるの?」
「あ、ああ。石化魔法で石化した人間はいわば仮死状態に変わる。粉々に砕けていなければ問題はない。だから取引をしよう。僕を見逃してくれるなら石化を解こう。君は冒険者の安否を確認しに来ただけで僕を殺しに来たわけではないんだろう?」
「その冒険者もアンタが殺したわけだけど……。でも確かにアンタを殺しに来たわけではないわね」
「そ、そうだろう? ならこの取引は問題ないはずだ」
「でもアンタを野放しにすれば別の場所で被害が出る。マオ、どうにかならない?」
突然ユウはマオに投げかける。
ユウからの期待にマオは心地よさを感じながら自信に満ちた表情を浮かべる。
「問題ない。この場の全員の記憶を弄らないといけないのは面倒だが……」
マオは石像の一つに触れる。
そして石像の今にも動きだしそうな眼をじっと見つめる。
そしてマオからシュタインと同じ力が身体のなかで揺らいだ。
「再現魔法……石化術式【反転石化の視線】」
マオの眼前にシュタインと同じように魔方陣が展開される。
魔方陣から発せられる波動を受けた石像は、数秒後ひび割れてユウと同じように剥がれ落ちるように石の肌が砕け落ちた。
石像の中に埋まっていたかのように、石が剥がれた奥には恐怖で怯える生身の人族。
死の恐怖を抱きながら意識が途絶えたかと思えば、気が付けば宝珠のような緋色の瞳をした黒髪の美少女が視界を埋めていた。
「わ、わたし……助かったの……」
状況が読み込めず、でも助かったという希望に思わず座り込む。
生きているということを確かめるように自分の身体を確かめる。
石化していたので衣服は来ていないが、動く手足に、身体の中を駆け巡る血液の感触に、つねると痛みを感じる皮膚に、そんなこと気にする余地が無かった。
マオは来ていたコートを脱いでその女性に着させる。
そして期待に応えて満足そうにユウに視線を送った。
対するユウはマオの満足そうな笑みに思わず嬉しくなってしまう。
そんな二人の表情とは裏腹に、シュタインは今にも精神崩壊しそうなほど動揺していた。
「な、なぜ……僕の魔法が……。それにその魔族の風上にも置けない、魔族としての品性もプライドも無い魔法……。だが奴は“鎧の勇者”との戦いで死んだはず……。なぜ君がその魔法を使えるんだ!」
冷静さというメッキが剥がれ落ち、声を荒げるシュタイン。
マオはそんなシュタインを嘲るように笑う。
「どこの誰を思っているか知らんが、ここにいる私が私だ。お前の魔法陣は構成が分かりやすくダミーの術式もないから再現するのは簡単だった。次魔法を生み出すときはもう少し魔法に対する理解を深めることだな」
「魔法陣から構成を真似たとして魔法を使える道理にはならない! あの構成は僕の魔力の波長だから作用するんだ!」
「それを可能にするのが私の再現魔法だ。私の魔法は他の魔法を再現し、そこから派生する魔法も見抜く。お前の【石化の視線】は構成が単純だったから、石化を解く魔法も簡単に理解できた」
「魔法を盗作して、君には魔族としてのプライドはないのか!」
「失礼な。魔法への探求心が生み出した偉大な魔法だろう。魔族は一つの、自分だけの魔法に執着し、研鑽するが、私は魔法そのものを探求する。魔法の見抜く目と知識を要求される魔法――それがこの再現魔法だ」
「このクソがッ!!」
シュタインは【石化の視線】をマオに仕掛ける。
だがマオには一切聞かない。
「お前、魔族を相手にするのは初めてか? 相手に直接干渉するタイプの魔法は身体を覆う魔力障壁を突破しなければならない。お前程度の魔力では私の魔力障壁は崩せん」
手詰まりという状況に、シュタインは唇をかみしめる。
怒り、苛立ち、焦燥……負の感情が入り混じり、噛み切れた唇から血が顎を伝って地面に落ちる。
「この――――」
そして感情任せに声を吐き出そうとしたその時、糸を通すような鋭い感触が左肩から右の脇腹を一閃する。
背後からシュタインの肉体を両断するユウの手刀。
手刀とは思えない鮮やかな切り口から、魔族も人族も変わらない赤黒い血が肉体から漏れ出して、分断された肉体が力を失い地面へと転がる。
「僕は……こんなところで……」
未練じみたセリフを吐きながら、シュタインの血肉は灰のような塵となって風に流される。
魔族を倒し、後は仲間の男連中のみ。
ユウの蒼い瞳が男連中を捉えたその時、
「降参します!」
全員が白旗を振った。
用心棒として絶対的な信頼を置いていたシュタインが簡単に殺されてしまったのだから、この判断は仕方がないとも言える。
とりあえず一段落と、マオはユウのもとに歩み寄る。
その足取りはとても楽しく、嬉しそうなものだ。
「お疲れユウ。にしても手刀にあるまじき切れ味だな。その籠手の力か?」
「聖籠手スライサ。この籠手の手刀は名刀に勝る切れ味を誇るわ」
ユウの聖宝具。
本来武具であるはずのそれは、ユウには存在しない。
ユウは自身が扱うものを聖宝具に変える。
いわばユウ自身がその能力を持った聖宝具と言える。
「つくづく規格外な女だな」
「アンタの再現魔法も大概だけどね」
魔法とは事象の再現と空想の実現を可能にする魔族に許された力。
魔法を使う際に展開される魔方陣は魔法の構造を示しているものの、それを真似しただけでは魔法は使えない。
魔力の波長、運用、配分、流れの速さなど、もはや生体認証とも言えるレベルでの同調をもって初めて扱える。
魔方陣にダミーの術式を組み込むのはあくまで魔法の詳細を知られないようにするためであって、真似されないようにするためではない。
そもそも真似出来るものではないのが魔法という力だ。
マオの再現魔法はそれを可能にする。
魔族からすれば自身が数十年かけて編み出し研鑽した魔法を自分のもののように使われるのだからたまらない。
勇者細胞最高適正の人族と、あらゆる魔法を使える魔族。
出会って一年になるが、互いの常軌を逸した力には互いにどん引きすることもしばしば。
その後、石像達はマオによって石化を解かれ男連中は全員拘束。
そのが天井に空いた穴からマオの魔法で脱出した後、その場にいた全員はマオの再現魔法の一つ、記憶術式によってマオの存在を抹消された。
後の処理はギルドやサンドリアの衛兵に任せて、マオとユウの二人は岐路へと付いた。
*****
空が茜色になった時間も過ぎ、すっかり月が主張を始めた時間。
ほとんどが田畑を占めるサンドリアの第一層は心地よい夜風と満点の星空が感傷に浸らせる。
そんな第一層で購入した一軒家。
二人で住むには少し広いその家に、マオとユウは初めて帰宅した。
「何気に疲れたわね。今日は登録だけのつもりだったのに」
「そうだな。私も拉致られたから料理はおろか部屋の片付けすら終わってない」
帰って早々、二人は荷物を置いていく。
ユウは鎧を外していき、マオは鞄の中の食材や食器をキッチンに簡単に並べていく。
そしてマオはエプロンを身に付けて晩御飯の支度を始めた。
料理を始めるにも火を焚いたりしなければならないのだが、マオの場合は魔法で簡単に火が付くので楽なものだ。
とはいえ時間も遅くいので今日は簡単なものにしようと調理を始める。
「ユウ、まだ出来上がるまで時間があるから先に風呂に入るか? 沸かすくらい魔法を使えばすぐに出来るし」
「……いや、後でいい」
そういうとユウは野菜を切るマオを後ろから抱きしめる。
マオの肩に顎を乗せるユウに、マオは一瞬面倒そうにしながらもそれを受け入れる。
「今日は新しい生活の初日よ。一緒にご飯を食べて、一緒に風呂に入って、一緒に寝るの」
外の毅然とした態度とは比べ物にならないくらい甘い様子のユウ。
マオはユウの抱擁の安心感と、おねだりされる嬉しさを内に秘めながら調理を続ける。
「今日はもう疲れたからキスまでだからな」
「分かってる」
そう言って、マオとユウは顔を横に向ける。
調理中のマオの手は止まり、ユウの抱擁は強くなる。
目を閉じて、触れる唇と絡まる舌に感覚を研ぎ澄まされる。
早く強い鼓動が互いに伝わり、熱っぽい吐息に頬が赤くなる。
数秒、互いに気持ちを確かめ合い、名残惜しさを感じながら唇を離す。
そして熱い視線を絡ませながら、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「まったく、ユウは私のこと大好きすぎるな」
「そういうマオだって自分からキスしようとしたくせに」
互いに笑いながら、ユウは食器をテーブルに並べ始めてマオは調理の続きを始めた。
かつて“魔王”と呼ばれた少女――マオと、“鎧の勇者”と呼ばれた少女――ユウ。
元は命を取り合った強敵であり、今では恋人となった二人。
こうして、魔族と人族という本来交わることのない二人の新生活が始まったのだった――――。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたらブックマーク、感想、リアクションなどよろしくお願いします!
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