魔王と勇者は恋仲です。③
拉致されて数十分。
素朴で土に近い香りが充満した麻袋に詰め込まれ、まるで荷物のように担がれて運ばれる。
野蛮な風貌とは裏腹に、その運び方は商品のように丁寧なもので、マオはついうとうととしてしまいいつの間にか寝てしまっていた。
錆びた鉄の音で目が覚めて、麻袋越しに地面の感触を体で感じる。
もう着いたのかと、マオは体を伸ばして少し凝った筋肉をほぐす。
袋から飛び出た腕に湿気た冷たさを感じる。
「ふぁ……もう着いたのか。よっと……」
ごそごそと麻袋から体を出して周囲を確認する。
湿った苔と鉄錆の匂いが鼻腔をかすめる。
体感時間的にはまだ日が昇っている頃合いだが、日の光が差し込む隙間がないため薄暗い。
せめてもの光源はところどころ灯された松明や蝋燭くらい。
岩場に埋め込まれた鉄格子は錆びついているが、人を閉じ込めるには十分な強度は残っているようだ。
冷たい岩壁にはじっとりと水がしみ出して、外から流れてくる微風には僅かに森の香りが残っている。
「う~ん、どうしたものか……」
得体のしれない場所の牢屋に閉じ込められているというのに、マオはいたって冷静だった。
鉄格子の隙間に顔をはめて少しでも外の世界を確認する。
地理的に牢屋は洞窟の奥の方で他に牢屋がある様子はなく、見える範囲で人はいるが、拉致された時にいた人数より明らかに少ない。
つまりはマオを牢屋に入れた後またどこかへ行ってしまったのだろう。
「あいつらを黙らせればいいか……」
そう小さく呟いた時、背後から掠れた声がした。
「あの……」
聞こえた声に反応して振り返る。
思いのほか牢屋は広く、マオよりも先に住人がいたようだ。
十数人、それも全員それなりに容姿が整った若い女性ばかりだ。
小さい子で十歳を越えたくらい、大きい人でも三十はいっていないだろう。
「おっと先住民がいたとはな。新入りらしく挨拶した方がいいか?」
「いや……その……」
冷静なマオとは対照的に、そこにいた全員は困惑していた。
薄暗い中でも、マオは全員を観察する。
服装やその汚れ具合からしてマオと同じように街中で連れてこられて大体三日程度と言ったところか。
その目には涙の跡がまだ残っており、恐怖を越えて諦めすら見て取れる。
「挨拶の必要がないなら質問させてもらう。ここはどこで、あいつらはなんだ?」
誰が答えようとかまわないが、マオはとりあえず目について比較的大人な女性に尋ねる。
その女性は少し困惑するも、やや震えた声で絞り出すように答えた。
「わ、私達も貴女のように袋に入れて連れてこられたのでここがどこかは明確に分かりませんが、サンドリアから東にあるテルダムへの道でどうこうという会話をしていたのでサンドリアの東側かと。こんな洞窟があるとしたら東側に広い森がありますので多分ここはその森の中かと思います。彼らがどこのだれで、私達がどういう理由で連れてこられたのかは不明です。今の所牢屋に入れられただけで手を出されてはいませんし……」
「そのようだな」
顔色を見る限り水や食事はちゃんともらえているようで、排泄も奥のくぼみで出来るようになっている。
鉄格子の錆具合からこの牢屋の歴史は深そうで、最初から拉致してきた奴らの所有物というわけではなさそうだ。
集めたのは若い女性で、下種な連中ではあるが彼女らに手を付けることはなく食事や水はしっかり与えているとなると、どこかに売りつけることが目的に思える。
現状であらかた情報収集は済んだものの、同居人がいるのは厄介なことになった。
一人ならどうとでもなったが、訳あって手段を人に見られるわけにはいかない。
「まあいずれ助けが来るにしても、早く帰らないとせっかく買った肉が腐ってしまう。アイツら、鞄を捨ててないだろうな?」
何を暢気な、と牢屋にいる誰もが思った。
だが質問に答えた比較的大人な女性はマオの言葉に希望を見出す。
「助けが来るって……当てがあるのですか?」
「ん? あぁ、まあな。私の恋人が仕事を終えたら新居に帰ってくるはず。そこで私がいないとなると探し出すだろう。そうだな、あいつの索敵スキルなら……探し出してからここに来るまで十五分と言ったところか。まあ夕方にはここから出られるだろうな」
マオの言葉に半分は嬉しさで涙ぐみながら笑みを浮かべ、半分は信じがたい内容に困惑と失望が入り混じった表情をしている。
「だが安心しろ。どうやら先に出迎えが来たようだ」
マオに言われて、今度こそ希望に満ちた表情で牢屋の扉に近づく。
近衛兵、冒険者、旅人。
なんでもいい、ここから抜け出させてくれるならと。
だが鉄格子越しに見えるのは、彼女らをここに連れてきた下種な連中本人で。
「喜べお前ら。あのお方が来られた。こんな湿っぽい場所から出られるぞ。まーここにいるほうがマシかもしれんがな」
鉄格子越しに十数人。
忘れかけていた、いや忘れいようとしていた恐怖が再び蘇り、女性達は足がすくんで手狭な牢の奥に逃げる。
じめっとした岩壁に背中を押し付けて少しでも鉄格子の外から距離を取ろうとする。
ただ一人、マオを除いては。
「連れてきた時もそうだが、お前なかなか肝が据わってるな」
「そうか? お前達こそ、私を……ついでにここに居る全員を早く帰せ。これはお前達のためでもある忠告だ」
「忠告? 立場が分かってないようだな? その身なりに振る舞い。サンドリアではさぞ良いとこの娘なんだろうが、俺達は資本主義とか法治体制とかどうでも良い奴らの集まりなんでな。お前のパパが仮にサンドリアの領主だとしても恐くねえんだよ」
「なるほど。それで、私達をどうするつもりだ? まーこれだけ若くて身なりが良ければ高値が付くだろうが、人身売買なぞリスクのわりに儲けは低いだろう? 同じ野盗でももう少し稼ぎの良い盗みをしたらどうだ?」
「確かにな。だがお前らは商品じゃなく貢物だ。あのお方へのな……」
「あのお方?」
首をかしげるマオを待たず、連中は牢の扉を開ける。
そして嫌がる女性達を刃物で脅しながら手錠をはめていき、マオもそれにならって大人しく手錠をはめられた。
牢から出して罪人を連れて行くように手錠から伸びる鎖を引っ張る。
変な動きをしないように取り囲み、歩くのが遅ければ背後から刃を突きつける。
この洞窟、単に牢屋があるだけではないようで意外と中は入り組んでいる。
出口へと続きそうな道を逸れたり、階段を降りたりしている感じからして、洞窟の外ではなく洞窟内にある場所へと連れて行っているようだ。
しばらく歩くと、かなりに開けて場所へと辿り着いた。
おそらく洞窟の最奥にして最下層。
だが天井には大きな穴が開いており、外からの光が差し込んで牢屋があった場所よりもはるかに明るい。
だからこそ明るみに出る異様な空間。
百人くらいで舞踏会が開けそうなほど広い空間。
そこにまばらに置かれた、人の形をした石像。
指先から髪の一本まで精巧に作られた人の石像。
表情管理までばっちりで感情が込められている。
そしてどれもが悲壮に満ちた感情が石像ながらに訴えかけていた。
「シュタイン様、今月分連れて来ました」
広場の最奥で石像を楽しそうに見つめる一人の男。
少し青みがかった濃い灰色の髪はうねって毛先が四方八方を向いており、枯れ葉のような茶色い瞳が石像を嘗め回すように見つめている。
この石像の製作者というには細身で長身、身にまとう衣服は商人のようなシャツと褐色のロングコート。
技術者というには研究者のようだ。
「んーやはり美しい。この指先の震えまで伝わる造形、瞳の輝きなどないはずなのにその奥に見える恐怖の相手を反射するようだ。さて、今回の素材はどんなものかな」
その男、シュタインの視線が石像から連れてきた女性達に向けられる。
一通り値踏みを行うと、満足そうに笑みを浮かべる。
「ほう今回もなかなかに上等ですね。おや? 何やら変なものが混ざっておりますね」
そう判断したのはマオと目が合った時だ。
手錠でつながれながらも伸びた背筋と強い瞳には一切の恐怖がなく、他の女性達と比べて異様ではあるが、シュタインが感じ取る異様さは他の男達が感じ取る異様ではなく。
「こんなところで何をしているんだい? 錠でつながれるのが趣味なのかな?」
「そんなわけないだろう。お前こそここで何をしている? なぜ人族とともに行動している? お前の正体は知っているのか?」
シュタインとマオの会話に女性達は困惑し、男達は会話の意味が分かるも何故マオが分かるのか意味が分からず困惑する。
「ここは元々処刑場でね。あの牢屋に罪人を閉じ込めて、処刑当日にこの場所に放り込む。ここには竜が住み着いていて罪人を食い殺すんだ。あ、もう竜はいないから安心だよ。そして彼らはビジネスパートナーと言ったところかな。僕は彼らに力を貸し、彼らはこうやって若く美しい女性を何人か僕に捧げる。これぞウィンウィンな関係というものだよ」
「お前らは気が付いているのか? この男が魔族だということに」
魔族――この言葉に女性陣は恐怖する。
そして男達はシュタインの正体を承知の上で関係を築いているようで、
「ああ。シュタイン様が魔族と分かったうえでこっちは関係を持ちかけている」
「だが人族は魔族を恐怖し、畏怖し、嫌悪している存在だと認識しているが?」
「まー一般的にはそうだな。だが魔族は言葉の通じないそこらの猛獣とは違う。魔族は己が欲に忠実な種族。俺達は仕事するのに魔族の力――魔法を借りれるならこれほど心強い戦力はない。つまり俺達みたいな法外な存在は、利害さえ一致すれば魔族と共存も可能だ」
「なるほど。これも共存の一つということか……」
「お前こそ、シュタイン様の知り合いか?」
「いや初対面だ。だが正体は分かる。それで、私達はこれから石にされるのか?」
マオが淡々と聞くと、女性陣は石像の正体を理解して思わず石像から離れる。
今にも動きそうなほど精巧な石像は、もともと人間だったということ。
「そうさ。あ、他言しないなら君は帰っていいよ。抵抗されてせっかくのコレクションを壊されでもしたら困るしね」
シュタインはマオの手錠を外すように男達に命令する。
最初は困惑するも、シュタインの指示に従ってマオの手錠を外した。
錠の感触を上書きするように手首を摩るマオは、改めて石像を観察する。
「それにしてもなかなかに精度が高いな。だが魔法が出来てからそれほど時は経ってないようだな。まだ少し魔力にムラがある」
「分かりますか? この魔法を完成させてからまだ四十年程です。今は構築式を崩さないように魔力運用を微調整中です。それより早く帰ったらどうです? 害がないなら互いに干渉しないのが僕達でしょ?」
「それもそうだな。おいお前達。私の鞄はどこ――――おっと、思ったより早かったな」
何かに気が付いたマオは空を見上げた――――。
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【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】
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