光の聖女が来訪です。⑭
決着――――のはずだった。
「フハハハハハ、実に楽しかったぞ最強の人族よ。今度は我が勝つ」
魔族の心臓と同義の核。
人類と同じ場所にあるとは限らないが、それでも確かに胴体を両断した。
崩れていく肉体、空蝉のように響く声。
その中には核のようなものは見受けられなくて。
「シャディル、やはり抜け目ないな。ユウとの戦いの最中、核だけを取り除いて退避させたな」
「そんな悠長なこと言ってる場合ですか! 今逃がすと大変なことに!」
「それもそうだな。百年後にシャディルを相手出来る人類がいるとも限らないし。頑張れ」
マオはユウから剣を受け取り元の杖へと形状を戻して全て任せたと言わんばかりにルミナスに渡す。
だがその意図が読めず困惑する。
「頑張れって……わたしですか!?」
驚くルミナスにマオとユウは顔を見合わせて困惑する。
二人の間では共通の考えに至っているようだが、ルミナスは分からずシャディルデアに逃げられる焦燥感で気を張る。
「いいルミナス? アイツの魔力で汚染された瘴気が辺り一帯に充満してる。この環境じゃアタシの感知スキルもまともに機能しない。木を隠すなら森の中とはまさにこのことよ。もう手はここら一帯を浄化するしかないわ。それならどこに隠れようが関係ないもの」
「それに今のシャディルは核を隠す上辺だけの肉体しか持っていない。数百年で史上最も弱っている状態だ。今なら簡単に殺せるぞ」
「そうは言いますけど、もうわたしもかなり限界で広範囲に力が出せるかどうか」
「その心配はない。私が力を貸そう」
そう言ってマオはルミナスの肩に手を置く。
何をする気か不安に思ったのも束の間、そのあり得ない光景にルミナスは息を呑む。
あり得ない、あるはずがない。
だが事実として目の前にその光景が広がっている。
魔族であるはずのマオから光の粒子が溢れ出ていた。
少し違和感があるものの、それでも女神の力に確かに似ていた。
「どうして魔族であるマオさんが女神様のお力を授かってるんですか!?」
「魔法の原理と私の再現魔法が合わされば女神の力に似て非なるものを作ることは可能だ。まあ数回見ただけの即席では大した力は期待できんし、そんなのでも身体を巡る血を毒に換えるような自殺行為だがな。まー足しにはなるだろう」
納得には至らない説明だが、今は細かく追及している余裕はない。
今こうしている間にシャディルデアに逃げられる恐れがあるし、何よりマオの余裕に取り繕った表情に隠れた苦しさがこの場の優先事項を明確にする。
「……分かりました」
ルミナスは杖を構えて、マオから流れてくる力を自分の力に馴染ませていく。
似て非なるものとマオは言っていたが、ルミナスの体内で確かに溶け込み力へと変わっていた。
「“聖き御声を響かせる女神様よ・我が祈りを導きたまいて・影を祓う聖天の煌輝を注ぎ給え”……聖典第七章四節――聖赫玲瓏」
シャディルデアの存在を炙り出した、広範囲を浄化の光で照らす御業。
太陽のように温かい光が周囲を照らし、薄墨色の植物は枯れていき、瘴気で汚染された大気は澄んでいき、自然の在り方を取り戻していく。
相手は六冥尊。
微弱な浄化で倒すことは到底不可能。
だが今のシャディルデアは衰弱し、核を守る身体は薄っぺらな装甲となっていた。
そんなシャディルデアにとってこの微弱な光ですら、肉体を蝕み焼き尽くす地獄の業火と変わりない。
「ぐぉああぁ゛ああ゛あ゛あ゛がぁあ゛!!!!」
断末魔が響き、轟く。
今まですべての攻撃が暖簾に腕押しの反応だったシャディルデアの確かな叫び。
影に逃げることも叶わず、シャディルデアはその姿を現した。
二メートルを超える図体は膝をついて、鎧を抑える手は今にも自身の肉体を潰しそうに強張っていた。
全身から煙を発し、苦渋に悶える荒い息と耐えようと堪える叫びがダメージを確かなものと確信させる。
「ぐっ、貴様正気か? その技は味方すら蝕むのだぞ!」
奮闘した味方すら巻き込み敵を倒そうとするルミナスの正気を疑うシャディルデア。
それもそのはず、この場にいる魔族はシャディルデアだけではない。
弱り切った状態で受ける浄化の光はいくら六冥尊といえど――――いくら魔王と謳われた魔族でも命を刈り取るには十分なものだ。
それにマオは疑似的に魔力を光の力に変えている。
戦いで瘴気が濃くなっているこの場ではマオの魔力回復は著しいものとなるが、それは同時に身体を蝕む浄化の光を多量に摂取することになる。
そんな状況で浴びる浄化の光。
シャディルデアでさえこの苦しみなら、マオはいつ死んでもおかしくないほどに苦しいはず。
シャディルデアは自分以上に苦しんでいるはずのマオの状況を確認しようと顔を上げる。
しかし、ルミナスの傍に控えるマオは思いのほか大丈夫そうだった。
「どういうことだ……」
ルミナスに力を与えるために魔力を浄化の光に換え、身体を巡る浄化の光に汗をかいて辛そうにしている。
だが聖赫玲瓏のダメージはまったく受けていない様子だった。
シャディルデアの疑問、冥土の土産と言わんばかりにマオは息を切らしながら種明かしした。
「はぁ……はぁ……、次元術式…………【三重の世界。今の私はこの世界に姿を見せてるが存在はしていない。故に、この場を照らす光は私には届いていない。さあシャディル、根競べと行こうか」
浄化の光を自らの身体に巡らせるマオと、身に受ける光に成すすべなくただ堪えることしか出来ないシャディルデア。
今ならユウがシャディルデアに引導を渡すことが出来るが、マオの挑戦めいた笑みにそれは野暮だと自制する。
「ぐぅうぁあああ゛あぁああ゛!!」
ただ叫び、その存在感が薄れていくシャディルデアと、回復速度が自らの首を絞めていくマオ。
ユウとシャディルデアの戦いに比べれば地味なものだが、魔族の二人からすれば確かに命を懸けた根競べ。
ユウとルミナスはそんな二人の戦いを見届けて――――。
「じゃあなシャディル。あの世で会ったら証明結果を聞かせてやる」
その言葉がシャディルデアに届いたかどうか分からない。
浄化の光で肉体が塵となって消え、そこには割れた石のように転がる核のみ。
シャディルデアの確かな死と、人類の歴史的勝利が確定した瞬間だった。
「終わった……でいいんですよね?」
「フラグに聞こえなくもないが……私達の勝ちだ」
「マオ、ルミナス。お疲れ様」
ルミナスは不安に思うも、マオとユウの確信した笑みを見て本当に終わったことを実感した。
労うユウにルミナスは体の疲れも忘れて飛びつこうとしたその時だった。
「マオ!?」
「マオさん!?」
すべての魔法が解け、マオは一切の受け身を取らず地面へと倒れ込む。
意識は途絶え、その美顔はひび割れて、あろうことか呼吸すらしていない。
駆け寄るユウとルミナスの呼びかけに、マオは一切反応しない。
それはまるで死んでいるかのように――――。
******
突然の影の消失。
何が何だか全員が分かっていないが、とりあえず誰一人死なずに終わった戦いで西側は互いを称え労い合っていた。
聖宝具が突如として消えて絶望しながらも、すぐさま強制強化された反動が身体を襲うゲーゲルだけはそんな緩んだ空気に参加できていないが、それでも確かに勝利したという空気が場を占めていた。
一番の重傷者であるベルクは手当てを受けながら、周りの浮かれた空気に流されず冷静に指示を出す。
「オレン、一つ調べて欲しいことがある。お前達斥候隊が調べられなかった東側で何があったのか。誰がそこを守っていたのか。何でもいい、少しでも情報が欲しい」
「支部長?」
戦いは終わった。
それも六冥尊相手にこれ以上ない戦績で。
だがベルクの表情は未だ曇ったままだった。
「俺達を守るように動いていた植物然り、サンドリアを囲んでいた力然り、この戦いにはシャディルデアとは別の、それも六冥尊に匹敵する魔族が関わっていたとしか思えん。どういう訳かそいつは味方のような動きをしていたが、正体が分からなければ真意も分からん。それにこのタイミングで聖女様が来ていたことも気になる。シャディルデアの生死も不明のままだ。俺はこの有様だし、お前達斥候隊はこれからが忙しくなるぞ」
ベルクの冒険者の勘が鋭く働く。
不確定要素が多すぎて一件落着と安心することが出来ない。
しかしながら焦る気持ちとは裏腹に、今できることは少なくて、
「ぁ~しんどぉ~」
早く休みたいと思うベルクであった――――。
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