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光の聖女が来訪です。⑮

 六冥尊の襲来。

 後世に語り継ぐには十分なほどの歴史的事件だが、三日もすればそれなりに日常を取り戻す。

 ベルクはユウから六冥尊の一人“影軍”のシャディルデアの死亡を報告され、まだ癒えてない身体を引きずって対処に回されている。

 本当に命の危機を感じ、それから生き残った高揚感に祭り騒ぎだった冒険者達も、三日経つ今日からは動ける冒険者は仕事に戻っていた。


 そんな平和を取り戻したサンドリアの第一層。

 広がる平原にポツンと立つウッドハウスは昼間というのにとても静かだ。


 高く昇った日が差し込んで明るい部屋の中、ベッドに横たわる少女は静かに息を立てる。

 濡羽色の髪に一切の乱れが無いのは寝返りを打っていない証拠。

 呼吸はしているが、寝ているというのにはあまりに生気を感じられない寝顔で、献身的に世話を焼く金髪の少女の表情は曇っていた。


 マオが倒れてから三日間、一切意識を取り戻していない。

 ユウもまたシャディルデアの一件でいろいろと忙しくしており、代わりにルミナスがマオの面倒を見ている。

 呼吸もあり、体温も感じられる。

 だが身体を拭いたり着替えさせたりするときも一切動かないその体は、美しい様相も相まって精巧に作られた人形を相手しているようだった。


 目の前に無防備な姿を晒すのは魔王と謳われた大魔族。

 ルミナスなら簡単に殺せるが、今の彼女にその思考は一切ない。


「魔族の存在意義……ですか」


 ルミナスはマオの言っていたことを思い出す。

 マオの真意を探る為、森のように生えた薄墨色の植物の陰に隠れてシャディルデアとの会話を盗み聞いていた。

 マオは確かに人類との共存を目指そうとしている。

 それは気まぐれではなく、確かな目的をもってそうしている。

 

 善悪の話ではなく利害の話。

 少なくともあの瞬間、ルミナスの中でマオはただ魔族だからという枠組みから外れた存在となった。

 一人の相手として向き合おうと、そう決めた。


 だから今のルミナスに、マオを殺すという選択肢は脳裏にすら過ぎらない。


 窓の外を眺めながら、呼びかけるようにルミナスは呟く。


「早く目を覚ましてください。悔しいですがあなたがいないとお姉様が寂しがります。それにわたしも――――」


 言葉を紡ごうと視線をマオに落としたその時、マオの眼はしっかりと見開いてルミナスを見ていた。


「きょわっ!? マオさん、いつから目覚めて!?」


 飛び上がるルミナスにマオはゆっくりと身体を起こした。


「ついさっきだ。私は……どれくらい意識を失くしていた?」


 少しでも情報を集めようとマオは辺りを見渡す。

 

「大体三日くらいです。マオさんにわたしの力で回復は出来ませんし、自然回復を待つだけしか出来ませんでしたから」


「東側は大陸西部並みに瘴気で汚染されてたはずだ。そこに放置してもらえればもう一日早く回復しただろうに」


「サンドリアの周りはすぐに浄化しました。あんなもの放置出来るわけないでしょう」


 呆れるようにルミナスは言い放つ。

 東西南北含めあれほどの瘴気を戦いが終わった一日二日で浄化しきるのはさすがのマオも感嘆していた。


「それでシャディルの一件で忙しいユウの代わりにお前が看病か。まったく、恋人が意識不明というのに薄情なものだ……。で、どうして私を殺さなかった? これ以上ない機会だったはずだが?」


 こんな機会はもう二度と無いだろう。

 しかしルミナスに後悔は一切なかった。


「見届けたいと思ったんです。マオさんがこの世界に何を残してくれるのか。聖女としてではなく、一人の人として……。だからくれぐれも失望させないでくださいね」


「盗み聞きとは淑女としてはしたないぞ」


「偶然聞こえたんです」


 バツが悪そうにしながら突っかかるマオにルミナスは小さく笑ってあしらった。

 その反応に不満げなマオだが、やられっぱなしは性に合わないマオはすぐさま反撃に移る。


「ま、お前も私がいないと寂しいみたいだし、失望させないように精進しようか」


「寂っ……いえ、わたしは別にマオさんがいようがいまいが関係ありませんし、むしろいない方がお姉様を独占できるので好都合といいますか……」


「ほぅ、私がいないとユウが寂しがる。それにわたしも――。“も”ということはお前も寂しいってことだろう? なんだ、可愛い所もあるじゃないか」


「それは違っ……ていうか聞いてたんですか!? 盗み聞きは淑女としてはしたないですよ!」


「偶然聞こえたんだ」


 そこからしばらくマオとルミナスは言い合い――というには一方的にマオがからかっているだけだが、それが出来る程度にはマオは元気だった。

 

「ただいまー。マオ、起きたみたいね」


 そうこうしているうちにユウが帰って来た。

 マオとルミナスの騒がしい声が外まで聞こえて、マオの意識が戻ったことを理解する。

 しかしユウのこの淡白な反応に、マオは少々不満げだった。


「恋人が三日ぶりに目を覚ましたんだ。もっとこう涙ぐんで抱き着くとかないのか薄情者め。仕事と私どっちが大事なんだ?」


「ごめんね。でもマオなら大丈夫って分かってたから。ちょっと長く眠ってるくらいにしか思ってなかったの」


 ユウはベッドの上で上半身だけ起こし不機嫌に口をとがらせるマオの頭を撫でて宥める。

 その優しい手つきにマオは気持ち良さそうにしてさっきまでの機嫌の悪さが表情から消えていく。

 その光景にルミナスは複雑な感情を抱きつつも、今となっては割って入るような野暮はしない。


「で、実際の所体調はどうなの?」


「問題ない。三日も寝たきりで身体が凝り固まってるくらいだ」


 マオはぐっと身体を伸ばしてベッドから降りる。

 三日も寝たきりでは立っても多少のふらつきがありそうなものだが、マオは快眠を終えたようにしっかりと立って完全回復を証明していた。


「なら良かった。でも今日は安静にね」


「私は別に問題ない。それに洗濯や夕飯の支度もあるだろう?」


「あ、その心配はないですよ。マオさんが寝ている間にわたしが家事を担当してましたので」


 ルミナスの言葉にマオの眉がピクリと動く。

 ユウは昔から勇者として戦いに身を投じていたからか、私生活の面では結構ズボラだ。

 しかし辺りを見渡すと部屋は掃除され、洗い終わった食器は並び、外で干された洗濯物は陽光とそよ風に喜んでいる。


「まさかとは思うが泊りか?」


「当たり前じゃない。マオの世話だってあったし、泊まってもらった方が都合がいいでしょ?」


 ユウの無垢な返しにマオはルミナスに詰め寄った。


「おい聖女、私が寝てた間にユウに何かしてないだろうな?」


「なっ、何もしてませんよ。まぁお風呂には一緒に入りましたけど……」


 小さな、それでもマオに聞こえる呟きは彼女が正直者だからか、それともこの複雑な感情を吐き出すための牽制か。

 どちらにせよ、マオの地雷を踏み抜いたのは鼻持ちならない目つきを見れば明らかだった。


 マオは身も凍えるような仏頂面を見せたかと思えば、すぐさま笑顔を張り付ける。


「よし、三日間ご苦労だった。私はこの通り元気だからもう帰れ、今帰れ、すぐ帰れ」


 追い出すようにルミナスの背中を出口に向けて押すマオ。

 だがルミナスはくるりと身体の向きを変えて抵抗する。


「いえいえマオさんもまだ病み上がりですしまだ居てあげますよ。なんならここに住みますし」


「いやいやもう十分だ。これ以上お前をここに置くと()のユウが穢れる」


「穢れるってなんですか!? むしろお姉様の穢れは聖女としてわたしが浄化して差し上げます!」


「意識が無いことをいいことに人の恋人に素肌を見せて何が聖女だこの痴女め」


「痴女!?」


 ワー、キャーとまるでルミナスがここに来た時のように騒ぐ二人。

 止めようとユウが二人に近づいたその時だった。

 突然ノック音が扉から響き、三人の行動を強制的に止めて玄関扉に注目させる。


 数秒固まった後、ユウは玄関の方へ。

 一旦休戦とアイコンタクトを交わすマオとルミナスはまだ睨み合ったままだが、この状況で再開するほど見苦しくはない。


「は~い」


 ユウがドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。

 白っぽい緑色の髪は整えられて清潔感があり、シュっと尖った顎先と縁の細い眼鏡が聡明な雰囲気を漂わせている。

 同年代の女子と比べれば高い身長のユウですら少し見上げるくらいの長身で、鍛えられてはいるが隆々と暑苦しい肉体ではない。

 軍服のような群青色の正装の上に身に付けられた装備は、縁に金色の装飾が施された純白の鎧。

 そよ風に優しく揺れるマントには見れば誰もが立場を理解する十字の紋様が刺繍されている。


「聖騎士……」


 ユウの呟きに反応して、マオはすぐに魔力を擬態させる。

 ユウやルミナス並みの感度があれば魔族であることがバレてしまうが、ぱっと見の雰囲気でその男がその域に達していないと判断する。


 マオの予想通り、その男はマオの正体に気が付かず挨拶に入る。


「突然申し訳ない。私は聖騎士団第一大隊特務班所属、ロアと申します。ここに聖女ルミナス様がいると伺いまして、お迎えに上がった次第なのですが……」


 礼儀良くユウに挨拶するロア。

 目の前のユウから自然と探るように中を覗き、その視界には見間違いのないブロンドの少女が映る。


「ロア!? どうしてここに?」


 驚くルミナス。

 だがロアはそんなルミナスに言いたいことをぐっと飲みこんで、家主であるユウに向き直る。


「失礼ですがお邪魔しても構いませんか?」


「えぇ、どうぞ……」


 敵意や邪気は感じられずユウはロアを中に入れた。

 ロアは真っ直ぐにルミナスの方へ歩いていき――――激昂。


「聖女様! どうしてここにじゃないでしょう! 突然休暇を取ると言ってサンドリアに護衛も付き添いもつけずに来て! 部下を向かわせて探させれば街中におらず、挙句の果てに六冥尊! どれだけ心配したと思ってるんですか!!」


 身長差も相まって、叱られているルミナスが小さく見える。

 聖騎士は大陸西部の対処でいろいろと忙しく、そんな中で最高戦力たるルミナスが抜けた穴は大きい。

 その上に何の相談もせず抜けたのであれば、ロアが怒るのも無理はない。

 軽率な行動だったのを理解しているルミナスは、一切の言い訳をせずに説教を受けていた。

 

「とにかく、これ以上はこの方達にも迷惑です。帰りますよ!」


「まー向こうは皆さん頑張ってくれてますし、もう少しだけここに居ても……なんて……思ったりして…………すいません」


 両手の人差し指の先を合わせ、目を泳がせながら言ってみるも、ロアの眉間に刻まれた皺と眼光鋭い目に徐々に声は小さくなって、最終的にロアが何も言わずともルミナスは泣く泣くいうことを聞くしかなかった。


「それではユウ殿、マオ殿。聖女様が大変お世話になりました。しばらくはシャディルデアの件で聖騎士団もサンドリアを行き来しますので、謝礼はその時にご用意させていただきます」


「別に気を使わなくて構わないわよ。アタシからしたら友達が泊まりに来たみたいなもんだし」


「いえ、そういうわけには。それに冒険者であるユウ殿は聖騎士として今後も関わる機会があると思いますし、その挨拶も兼ねてということで収めて頂ければ」


「まぁ……そういうことなら」


 これ以上の拒否は時間の無駄と判断したユウはロアの言葉を受け入れる。

 

「さ、聖女様。お二人にお礼とお別れの挨拶を」


「泊めていただきありがとうございました」


 ルミナスは深く頭を下げて社交的な別れの言葉を放つ。

 顔を上げたルミナスは名残惜しそうな目でユウを見る。

 そして込み上げた感情を爆発させるように、ユウの懐に飛び込んだ。


「なっ……フン」


 ユウに抱き着くルミナスにマオは狼狽えるも、空気を読んで静観した。

 

「お姉様、わたし頑張りますから。またお邪魔しても構いませんか?」


 離れたくないと言わんばかりに強く抱き着くルミナスの不安に満ちた声。

 ユウはそんなルミナスの頭をそっと撫でて、


「もちろん。いつでも遊びに来て。歓迎するわ。……マオもいろいろ言ってるけど、歓迎するって」


 ユウはマオの顔色を窺って思いを代弁する。

 

 傍に居たい、離れたくない、寂しい。

 ルミナスは熱くなった目尻から溢れる感情をぐっと押し殺し、ユウの言葉を原動力に換える。


「じゃあお姉様……マオさんも、さようなら。また来ます!」


 まだ名残惜しさは残っているものの、ロアについていくルミナスの足取りはまだ軽いものだった。

 数メートル進んでは振り返って手を振って。

 ルミナス達の姿が見えなくなるまで、ユウとマオは玄関から見送った。


「ようやく帰ったな」


「そんなこと言って。なんだかんだ楽しかったでしょ?」


「……まぁあいつはからかいがいがあるからな」


「もう、素直じゃないんだから」


 そんな反応もマオらしいとユウはほくそ笑む。

 一人減ったことで少し広く感じる家中、ある意味日常が戻って来たとユウがくつろごうとしたその時、マオがユウの手をガッチリ掴んだ。


「えっ、ちょっとマオ?」


 マオはそのままユウを引っ張って寝室に行きカーテンを閉めてユウをベッドに押し倒した。

 ベッドの柔らかさを背中に感じて、覆いかぶさるマオが視界を埋め尽くす。


「この数日であの聖女の匂いがついてるからな。上書きしないと気が済まない」


「ちょっと……安静にって言ったのに」


「あいつに無防備なユウが悪いんだ。拒否権はないぞ」


「……拒否なんてしないわよ」


 外の光が隔たれた部屋の中。

 静かな激しさという矛盾した時間はやがて夜が更けるまで続いた。

 

 聖女の来訪、シャディルデアの襲撃。

 忙しく騒がしい非日常が終わり、日常を取り戻す。

 しかし、二人が数日後に新たな騒動に巻き込まれるとは、この時はまだ思いもしなかった――――。

お読みいただきありがとうございました!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたらブックマーク、感想、リアクションなどよろしくお願いします!


次回「エルフの賢者が襲来です。」

※投稿時期未定


別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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