光の聖女が来訪です。⑫
サンドリアの東側に広がる森と平原の狭間。
本来なら平原であるはずの場所は薄墨色の植物が天に伸び、森と平原の境をあやふやにする。
そんな森と植物の群生を囲む魔力の障壁は、外から覗くものの視界を拒絶するも中から外は透けて見える。
森はとある一点から伝わる衝撃と暴風に揺らされて、薄墨色の植物は自制したように蠢く。
かつて元魔王と恐れられたマオと、六冥尊“影軍”のシャディルデア。
上級の中でも上澄みの魔族の戦いは苛烈にして過激。
影が襲い、植物が払う。
どこからともなく伸びた鎖を、影が断ち切る。
影の射る矢を魔力の障壁が阻害し、魔方陣から放たれる魔弾を影の盾が妨げる。
攻守が入り乱れてボードゲームのような駆け引きが展開され、一手でも間違えば、数秒でも迷えば敗北が確定するであろう戦い。
展開される激しい戦闘とは対照的に、当事者の二人は動くことなく静かに対峙している。
互いに直接手を下さずとも相手を制する手段があり、身をかわさずとも攻撃を捌く手段を持つ二人だからこその状態。
だが動かない両者は魔力制御、魔法発動、戦況見極めなど目には見えない労力が重なり、一番動いていると言っても過言ではない。
「さすがだなシャディル。やはりお前の魔法はよく出来ている」
戦闘の最中、マオは呟く。
それはシャディルデアの魔法に対して述べたものだが、マオの眼は目の前のシャディルデアではなく別の場所を見据えているようだ。
「【影身】だったか? 影から人格、記憶、能力、五感すべてを共有した分身を生み出す魔法。だが能力値も分割してしまうことが魔法のネックだったはずだが……【影読】か。確かにそれなら分身に力を割かずとも十分な強さを発揮する」
【影身】は自身の分身を生み出す魔法。
しかし能力の総合値は変わらないというのがネックだった。
シャディルデアが分身を一つ生み出した時、十割の力を持ったシャディルデアが二体になるわけではなく、力の何割かを持っていかれて二人合わせて十割になる。
いくらシャディルデア本体が強力といえど、影の兵士を多く抱えている今、わざわざ力を割いてまで分身するメリットは少ない。
だが相手の影から能力を模倣する【影読】が合わされば話は変わる。
少ない力を割いた下級魔族にも満たない超劣化シャディルデアでも【影読】により相手と同等の能力を発揮する。
「五感を共有して戦況を把握するためだけの魔法が、一兵として機能することが可能になったわけだ。百年前は【影読】なんて魔法使っていなかったはずだが新作か? だとすれば百年でよくここまで精巧に魔法を組み上げたものだ」
「まだ完成と呼ぶには杜撰なものだがな。だが初見で対応する貴様も大概だ。西の人族……強制的に細胞を覚醒させたな。確かに【影読】で模倣できるのは本体の力のみ。外部から強化すれば打破出来るだろう。だが何故あの男なのだ? 強化するならもっと別の……それこそあの場で最も強い男がいただろう?」
シャディルデアに言われてマオはオールバックの男を思い浮かべる。
だがシャディルデアの意見をマオは一蹴した。
「あーサンドリア冒険者のボスか。あれはダメだ。実力は申し分ないが魔法耐性がついてしまってるからな。魔法耐性が弱く、単純バカで、ポテンシャルは秘めている。そんな都合のいい人材があのハゲだっただけだ」
「なるほどな。だがいつまで持つかな。もはや限界だろう?」
シャディルデアが兜の奥で得々と笑う。
赤く光るその目は戦場を捉えて戦況を見極めていた。
そんなシャディルデアにマオも負けずと飄々と答える。
「確かにあのハゲは強制的に肉体を強化しているに過ぎん。いずれガタが来るだろうな」
「そうではない。我が言っているのは貴様のことだ」
シャディルデアの指が確実に、明らかに、マオを捉える。
マオの余裕のある顔が核心を突かれて静かに固まる。
「街一つを覆う大魔法とここ一帯を隠す結界の維持、西側の人族を守る為に使っている魔法数十種、我と相対して使う魔法の数々。上級魔族ですら神経が焼き切れるほどの魔法処理といつ灰と化しても不思議ではない魔力消費。どれほど取り繕うとも、限界がきていることは必然」
「この私をそこらの上級魔族と同列に見るとは、この百年で目も曇ったかシャディル。見ろ、この通り私はまだまだ余裕だ」
真っ直ぐ立ち、疲労の気配を一切見せないマオ。
だがそれが誤魔化しだということをシャディルデアは確信する。
「ではその張りぼての余裕を剝がしてやろう。実影魔法――【影造顕現】」
シャディルデアはサンドリアの頭上で浮かぶ曇天に掌をかざす。
練り上げられた魔力濃度はマオを振り向かせて状況を確認させるには十分だった。
曇天に張り付くように描かれた魔方陣、その大きさは三層構造になっているサンドリアの中央、役人や上流市民が住まう第三層を悠々と上回る広さ。
そしてその魔法陣から巨大な影が姿を現す。
さながら隕石、漆黒の靄が炎のように揺らめき、空気を押しのけて落下する。
「影を取り込み召喚する【影霊顕現】と違い、影を素材に別の物体を創造する。我が魔法の新作だ。さてどうする? 貴様の【拒む圏域】は物体の侵入は防げない。このままでは街にいる人類は死に絶えるぞ」
一秒にも満たない葛藤、マオは魔力を振り絞る。
再現魔法植生術式【魔界樹の根】
サンドリアを覆う【拒む圏域】の外側に大量の魔法陣が浮かび上がり、数十人が輪になってようやく一周出来るほどの太さを誇る薄墨色の木が、各魔法陣から落下する影に向かって伸びていく。
だが伸びていくにつれて、木が増えていくにつれてその動き、勢いは落ちていく。
「――――ぁああ゛ぁああああ゛゛ああああ!!!!」
背中を丸め、掻っ切れるほどに悲痛な声を絞り上げるマオ。
伸びた木は集まり、絡まり、一つに束になっていって巨大な両の手を形作った。
落下する影を掬い上げるように巨大な木手が受け止める。
衝突し、衝撃で空気が震えて、薄墨色の木端が宙に散る。
「上級魔族の数倍……随一の魔力量を誇る我に少し劣るほど魔力を有しておきながら、貴様の強みはそこではない。貴様の本来の強みは有限であるはずの魔力を無限に錯覚させるほどに早い魔力の回復速度。僅かな瘴気でも通常の魔族の数十倍も早く回復する。瘴気の濃い場所では言うまでもない誰よりも生粋の魔族体質。だがさすがの貴様もそれだけの魔法を使い続ければ回復よりも消費の方が上回る」
悠々とシャディルデアは語る。
それは優位性の表れであり、宿敵の窮地に感じる愉悦でもあった。
木手で受け止め影の勢いは収まり、サンドリアを守ることは成功した。
しかし――
「ようやく底が見えたな……」
マオは片膝が崩れて地面に付き、息を切らしながら虚ろな目でそれでも闘志は残したままシャディルデアを睨む。
その目の下から顎にかけて、乾いた土のようにひび割れていた。
「貴様が我の前に跪いている現状、それは貴様が劣っているからではない。辛かろう? 弱き者を守るのは。苦しかろう? 足手まといを支えるのは。貴様の掲げる理想はその辛苦を受け続けるということ。何とも惨めで、嘆かわしい」
シャディルデアの言葉に反論する余力すらマオには残っていなかった。
その姿にさすがのシャディルデアも同情の念を送る。
「もう理解したであろう? 貴様が人類を切り捨てていたならば少なくとも今のような結果にはなっていない。貴様は憎き相手だが、魔族として、宿敵として我は貴様を十分に評価しているのだ。そんな貴様がこのまま朽ち果てるのは興覚めというもの」
シャディルデアは動けないマオに影の剣を突きつける。
絶好の機会、だがシャディルデアはマオの命を捉えていない。
「人類を捨てろ。西側の魔法を解き、サンドリアの結界を払い、影を受け止めたあの木を消せ。そうすればすぐさま人類は死に絶え、多くの霊魂が肉体から解き放たれる。貴様はそれを魔力に換える手段を持っていたはずだ。今の貴様は命を取るに値せん。我を認めさせた者として、せめて魔族として死ぬがよい」
シャディルデアの案、マオの脳裏に過ぎっていなかったというと嘘になる。
死者の魂を魔力に換えて取り込む魔法を扱えるマオにとって、シャディルデアの言っていることは現実的、合理的なものだった。
手段がある――それがマオをさらに苦しめる。
楽な道を選ぼうとするのは魔族とて例外ではない。
出来るのにしないというのはそれなりの自制を必要とし、それは精神的ストレスに他ならない。
今にも灰になりそうな身体で、それでも尚葛藤するマオにシャディルデアは首をかしげる。
「何故拒む? 何が貴様をそうさせる? 貴様は魔族で、貴様を苦しめているのは人類だ。もう良かろう? 貴様は十分に抗ったではないか? 切り捨てたところですべては弱き人類の責任。称えられることは無いが、責める道理など人類にはない」
シャディルデアの声が、自身の声としてマオに伝わる。
明滅する視界で捉えるのはシャディルデアではなくマオ自身。
鈍い頭が自身の幻覚を確かなものとする。
「これは戦争だ。誰一人死者を出さないことはあり得ん。戦争を知らない者の理想を掲げるほど貴様は愚かではないだろう」
――黙れ。
「犠牲を許容し、利用しろ。それは魔族のみにあらず、貴様が必死に守ろうとする人類とてしていることだ」
――――うるさい。
「貴様が人類を守ろうとも人類は貴様を守らない。魔族と知れば恐怖し、嫌厭するに決まっておる。そんな連中に命を張る意味はない」
――――――そんなこと理解している。
理解して、納得して、それでも選んだ道。
すべての言葉は今更だ。
「……シャディル、お前は赤子を抱いたことはあるか?」
掠れ、それでも振り絞ったマオの問い。
その質問の意図が読み取れず、シャディルデアは口ごもる。
今にも倒れそうなほどに弱く震える足で立ち上がるマオは続ける。
「誰かの為に命を懸けたことは? 未来の為に何かを紡いだことは?」
「…………何が言いたい?」
「シャディル、お前は何のために生きている? 私を殺し、その先に何を求める?」
「……何の為に生きている、だと?」
考えたことがなかった。
この世界に生まれ、手段を選ばず生き残ってきた。
家族という概念は無く、親というものはおらず、ただ一人でなりふり構わず生きてきた。
生きるということが目的で、それ以上のことは考えたことが無かった。
だがそれが魔族というものだ。
そう結論付けて考える必要もなかった。
「私を狙う人類が現れる度常々考えていた。明らかに実力が上である私に挑む無謀。そこまでして命を張る理由は何だろうかと。私を倒したとして、その後に何を求めるのだろうかと。自衛はまだ理解できる。だが自分から仕掛ける意味が分からない」
「それが人類というものだ。勝てぬ戦に興じ、自ら死地へと足を踏み入れる愚行。わざわざ自分から仕掛けなければ長生き出来たものを」
「まったくだ。だから私は人類の非合理的な行動は弱者故だと結論付けていた。弱者には選択肢がなく、納得してなくてもそうせざるを得ない。私を倒そうとするのも、本当は死にたくないが戦わざるを得ない事情があるのだと。だがユウと出会ってその認識は変わった」
「ユウ? あーあの強き人族のことか」
「シャディル、お前のことだからすでにユウとは戦い、その力は思い知っているだろう。私と同等の力を持った人族。初めて見た弱者ではない人類。しかしそれだけの強さを持ちながら、ユウは誰かの為に動き、誰かの幸せを願い、誰かのために命を張っていた。私が人類に抱いていた認識が覆され、人類の在り方に興味を持った」
マオはユウとの旅を思い返して柔らかな笑みを浮かべる。
それは魔族としてマオを見てきたシャディルデアにとっては不快な感情だった。
「ユウと出会い、過ごし、人類への理解を深めた故に出た疑問……私がこの世界に生きる意味はなんだろうかと。魔法は生き残る為、暇を持て余す為の手段に他ならず、それにより何かを成すことは無い。自分しか使えないように魔法を作るのが良い証拠だ」
「当たり前だ。魔法が唯一のものでなくなった時の危険性は魔法を模倣する貴様が最も理解しているだろう」
理解に苦しむと言わんばかりにシャディルデアは言い返す。
「では私が……魔族がこの世界に生きる意味はなんだ? 私達は何のために存在している? それとも意味が無いのだろうか。私達はやはりこの世界にとって癌なのだろうか……」
「我ら魔族より、人類の方が意味があると?」
「シャディル、お前の言うことは合理的で正しい。確かに人類は愚かで弱く、非合理かつ不条理。理解に苦しむのも無理はない。だが奴らは私達と違って意味を持って生きている。生きたことに意味を見出す。本人が理解しているかは知らんがな」
「……ならば聞かせてもらおうか。人類の生きる意味とは何なのか」
「いいだろう……奴らは何かを残す為に生きている。それが奴らの意味であり、存在する意義である」
マオの見解にシャディルデアはまだ納得には至っていない。
「子供、技術、文化、遺産、金、思い出、意志……奴らは何かを残すことで自分の存在価値を見出し、そのためには非合理なことも厭わない。対して私達はどうだ? 魔法は自分にしか扱えず、魔法で生み出した物はまやかしに過ぎず、種を滅ぼすことはあっても生み出すことは無い。ただただ生き、死は虚無と同義。まったくもって空しい存在だ」
「空虚な存在は嫌か? たとえそれが魔族の本質だとしても」
「確かに私のやろうとしていることは無駄なのかもしれない。魔族がこの世界に何かを残し、この世界で存在価値を見出すことは出来ないのかもしれない。だがそれはこれから私が証明すること。たとえ空虚な存在が魔族の本質だったとしても、証明する過程が重要なのだと私は思う。手始めにお前から人類全員を守り切り、種の保存を以て私の存在意義を証明しようか」
お読みいただきありがとうございました!
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別の作品も投稿してますので是非!
【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】
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