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光の聖女が来訪です。⑪

 この場にいるはずのない存在が目の前に現れてルミナスは警戒する。

 シャディルデアは今マオと対峙しているはずで、南側の戦場に居るはずがない。

 だが目の前に現れた黒い騎士はその風体も、声も、聖職者ならば感じ取れる邪気もシャディルデアそのもの。


 ――マオさんが……魔王が裏切った?


 そんな可能性が脳裏を過る。

 魔族とはいえユウが防衛ラインの一つを任せるほどに信頼しているマオを疑いたくはない。

 だがそれでも魔族である以上、同族のシャディルデアに寝返るというシナリオは十分にあり得る。


「何故ここに居るのか。あの女狐めが裏切ったのではないか。そのように考えているな?」


 シャディルデアに心を見透かされ、ルミナスは身構える。

 女神の使徒である守護者達とシャディルデアの影の兵士が乱戦する戦場の中央で、互いに目の前の存在に意識を集中させる。


「安心しろ。奴は裏切ってなどいない。今はまだな」


「今は? まるでいつかは裏切るかのような物言いですね」


「裏切るさ。いや気が変わるという表現の方が正しいか。奴が何を言おうとも、所詮は道楽的思考に過ぎん。義より利、他より己。魔族とはそういうものだ。追い詰められれば生き残るために手段は選ばん。どちらに付くべきか、奴もすぐに理解するさ」


 シャディルデアの言葉をルミナスは否定出来なかった。

 ルミナスの魔族に対する認識もあるが、今シャディルデアが言ったことはマオ本人からも言われたことだからだ。

 善悪の話ではなく利害の話だと。

 ユウと恋仲なのも自分の利益のためだと。


「でも、だからこそわたしは聖女として見極めなければなりません。マオさんの真意を、魔族の本当の在り方を」

 

 マオと出会い、語り、魔族の認識がことごとく覆された。

 もしも魔族が世界を蝕む人類の敵ではなく、他種族と同様に共にこの世界で生きる隣人なのだとしたら。

 マオの言っていることは魔族からしたら詭弁かもしれないし、マオが例外な存在なのかもしれない。


 それでも魔族が人類と共存できるという事例は、世界の価値観を大きく変える。

 魔族と人類は生態的に共生出来ないかもしれない。

 だが大切なのは共に生きようとする在り方だ。


 共に手を取り交流を図り友好を深めるとまではいかずとも、完全な敵対ではなく上手く無難に過ごす術を見つけ出す。

 それが出来るのであれば不毛な争いを避け、無駄な血を流さずに済む。


「ふむ、ならば存分に見定めるがいい。そして知るだろう、魔族の底なしの欲深さを」


 シャディルデアは影の剣を抜く。

 その戦闘の構えにルミナスもまた錫杖を構えた。

 女神の力を使う為に錫杖を縦に構えるのではなく、先端を突きつけ腰を落とした構えは槍術のようで。


「“光満ちる女神様よ・我が祈りを受けたまいて・穢れを断つ浄白の光をこの剣に集え”……聖典第三章七節――天ノ御剣(アマノミツルギ)


 眩い白光が杖へと集まる。

 シャディルデアは聖騎士と戦った記憶を呼び起こした。

 聖典の第三章、それは女神の力の中では上級以上の魔族を相手取るには心許ないもの。

 聖女たるポテンシャルか女神の強い祝福か、今まで対峙した聖騎士の扱う力とは比肩出来ないほど高密で洗練された力の波動。


「行きます!!」


 ルミナスはシャディルデアとの距離を詰め杖を横に薙ぐ。

 光は残像となって一閃の軌跡を作り、自分よりはるかに大きいシャディルデアの頭を狙う。

 シャディルデアは影の剣でそれを受け止める。

 競り合う光と影。

 浄化の力を宿す白光は影の剣を蝕んでいく。


 シャディルデアは後ろに飛び引き一旦距離を取るも、ルミナスはその小さい歩幅に数を言わせて逃がすまいと連続で打ち込んだ。

 シャディルデアはそれらを捌き、いなす。

 だが余裕という訳ではなかった。


「貴様、白兵もいける口か」


「わたしの背中には守るべきものが多いのです。それに今のあなたならわたしでも相手に出来ます」


「さすがは聖女、我が力量を見破るか。煩わしい加護で我が魔法を阻害している今、確かに白兵でも十分にやり合える。女神の力が加われば討ち取ることも叶うだろう。だが他はどうかな?」


 面の下から聞こえる邪悪な笑声。

 ルミナスは注意をシャディルデアに留めたまま戦況を確認する。

 僅かではあるが守護者達が押され始めている。

 ルミナスが加わることで戦況を保っていたが、そのルミナスはシャディルデアに掛かっている。

 それに影の軍勢も数が増している。

 おそらくは他の所に回す予定だった兵士を南側に回している。

 

「さて問題はどこに回す予定だった勢力をここに集めたか? そう考えているな。強き人族のいる北側か、最も防衛の薄い西側か…………それとも魔族が守る東側か」


 含みを持たせた言い方に、ルミナスはどうしてもとあるシナリオが脳裏を過る。

 マオが裏切り東側に力を注ぐ必要がなくなったという可能性。


「疑っているな。無理もない。実際東側に回すはずだった兵力をこちらに回しているのだからな」


 揺さぶるようにシャディルデアは言い放つ。


「もしマオさんが本当に裏切っているなら、サンドリアを覆う魔法は解かれているはずです。あれがまだあるということは、少なくともマオさんは味方です」


「我が揺さぶりに動じない冷静な判断は流石だな。だが事実として東側の勢力をこちらに回している。これがどういうことか分かるか?」


 ルミナスはもう一つの可能性を身構える。

 東側に数を割く必要がなくなった。

 マオが裏切っていないのであれば、残るはマオが劣勢になっている可能性。

 魔法が発動されているということはまだ倒れてはいないだろうが、シャディルデアの言う魔族の本質が正しいのであれば、マオは死の瀬戸際に追い込まれたその時――マオは人類の敵となる。


「なら一刻も早くマオさんのもとへ駆け付けなければなりませんね」


 マオが裏切るのであればそうなる前に。

 マオが死を選ぶのであればそうなる前に。


 聖女として立ち会わなければならない。

 マオの魔族としての在り方を、マオの選択の結果を。


「果たして間に合うかな」


 シャディルデアの経験則に基づいた戦況の見極め。

 マオの選択よりも前にここを制圧することは不可能。


 シャディルデアの不敵な笑声。

 しかしそれはすぐさま消える。


 ルミナスの中から感じる魔族なら吐き気を催すほどに穢れの無い力の波動。

 聖なる力を借り受ける存在、女神の代行者。

 本来ならばそんな立場で終わるはず。


「“我が身を御座と為し・我が魂を依り代と為し・御光を此処に顕す・我は光源に坐す至高の女神なり”……」


 ――だがこれではまるで女神の代わりと言うより…………。


「そのものではないか…………」


「原典第一巻――天地開闢(テンチカイビャク)


 ルミナスの翡翠色の瞳は金色へと変わり、玉のような声は厳格な権威を宿す。

 錫杖を体の横で静かに持ち、純白の装束は優しく揺れる。

 身体から溢れる光の粒子が大気を浄化し、彼女を起点に大地が波打つ。


 何百年と生きたシャディルデア。

 そんな長寿であろうと万物の起源とされる女神を見たことは無い。

 女神など存在しないという認識が魔族の中では一般化しており、シャディルデアもまた例外ではない。

 しかし目の前に君臨する存在は、女神と呼べるに値するほどの存在感を知らしめる。


 ――原典、そんなもの聞いたことが……。


 生み出される疑問も、仮面の奥ににじませる動揺も、すべてが刹那の出来事。

 眩い光が視界を埋め尽くし、気分を害する心地よさが身体を蝕む。

 一つずつなどと悠長なものではない。

 数千、また数千と影の気配が消失していく。


 シャディルデアの分身も例外ではなく、状況を把握するよりも前にその肉体は光に照らされた影のように呆気なく、静かに消失した。


 光の収束、戦場にはルミナスが呼び出した守護者達だけが残る。

 また影から兵士が生まれようとするも、浄化というより再構築といっても遜色ないほど穢れない大地は肉体を瞬時に崩し、澄んだ大気は触れた影をすぐさま霧散させる。


 もうこの一帯において影の兵士がその存在を保つことは不可能。

 そう判断したのか、数分もすれば影の兵士が現れなくなっていた。


 ルミナスの瞳は翡翠に戻り、身体から漏れていた光は落ち着きを取り戻す。

 肉体の主導権を取り戻したルミナスは全体重を錫杖で支えた。


「はぁ……はぁ……さすがに疲れますね」


 全身から汗が吹き出し、倦怠感と疲労感が小さな身体に押し寄せる。

 今すぐにでも寝転んでしまいたいと思いながらも、重苦しい体に鞭を打ち東側へと駆け付ける。

 南側はシャディルデアの兵隊が存在できる環境にあらず、もう守護者達をここにとどめておく必要もない。

 数体はルミナスと共に東側へ、それ以外は西側に応援に向かわせる。


 ルミナスは金の装飾が施された純白の甲冑守護者に背負われ東側へ。

 東側に向かうとそこにはまるで外界を拒絶するかのように黒い隔たりがあった。

 物理的な壁というよりは魔力による障壁。

 しかし手で触れると確かな感触があり、押し入ろうとしても侵入を拒む。

 障壁は黒く、向こうを覗くことは叶わない。


「これがマオさんの仕業なら素性を隠すためでしょうけど、この状況ではなかなかに厄介ですね」


 ただでさえ消耗してしまっている今、少しの体力も温存しておきたいがそうも言っていられない。

 ルミナスは守護者の背中から降り、結界に掌を合わせる。

 温度や質感は無く、ただ硬い感触のみが掌に伝わる不思議な感覚。


「 “いと優しき女神様よ・我が祈りを応じたまいて・暗夜の灯を照らしたまえ”……聖典第一章二節――光明聖路(コウミョウセイロ)


 ルミナスの身体から溢れる光の粒子が集まり光球となって宙に浮かぶ。

 それらはトンネルを形作るようにアーチ状に並び道を作る。

 本来は瘴気の中を進めるように浄化された一路を作り出す力だが、ルミナスの秀でた浄化能力が合わされば魔族が作り出す魔法の結界に出入口を設けることが出来る。


 結界に生まれた出入口。

 当然そこからなら中が覗けるが、結界の中はルミナスがその足を止めるほど凄惨なものだった。

 大地は荒れ果て、空気は瘴気で淀み、荒れ狂う戦闘音が響き渡る。

 平原が広がっているはずの景色は、非自然的な薄墨色の植物が森のように林立している。

 視界に飛び込む強烈な光景、奥に魔王と六冥尊がいるという緊張感、離れているはずなのに伝わる魔力の波動。


 聖なる立場としては本能的に先に進むことを拒んでしまいそうになるが、ルミナスは呼吸を落ち着かせて覚悟を決める。

 ルミナスと守護者達が結界の中へと飛び込むと、浄化された出入口は静かに閉じて退路を断った――――。

お読みいただきありがとうございました!

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別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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