光の聖女が来訪です。⑩
「ほう、我が剣を受け止めるほどの実力者がこの場に居たとはな……」
ただ無機質に、ただ無感情に攻め込む黒い存在とは違う。
攻撃を弾かれたという事実に驚き、感心する感情の持った存在。
右手の感触を確認し、目の前の存在に目を向ける。
髪の無いスキンヘッドの頭は硬質的な輝きを放ち、手入れされていない髭と古傷残る悪人面は冒険者と言うより犯罪者。
黒い騎士の存在に負けず劣らずの巨漢に見合う大斧を携えて立ちはだかる。
「ようやく会話できそうな奴が現れやがった。俺様の名はゲーゲル。サンドリア支部二級冒険者、“戦斧のゲーゲル”とは俺様のことよ!」
大斧を肩に構え、高らかにゲーゲルは名乗る。
目の前の黒い騎士の存在、肌で感じる強さは誰もが理解できる。
それでもゲーゲルは自信に満ち、恐怖を一切感じさせない立ち居振る舞い。
虚勢か慢心か、はたまた馬鹿なだけなのか。
黒い騎士の存在は測りかねていた。
「さあお前も名乗ってもらおうか。黒幕さんよぉ……」
「ふむ、我が一撃を弾き返した褒美に教えてやろう。我が名はシャディルデア、人類の通名を使うのであれば六冥尊、“影軍のシャディルデア”だ」
その名を聞いたのはゲーゲル、オレン、ベルクの三名のみ。
他は乱戦のけたたましい音と視野が狭まるほどの緊張感に他の会話など耳に入っていない。
その状況にベルクは安堵する。
“影軍のシャディルデア”――その名は全体の士気を下げるには十分なほど影響があった。
もし他のメンツがその名を耳にしていたならば、良くて戦線からの逃亡、悪くて生存の諦めに繋がりかねない。
ベルクの特級冒険者としての活動歴は長く、上級魔族は幾度も相手してきた。
それでも六冥尊は戦ったことはおろか、見たことすらなかった。
こうして対峙して初めて、今まで関わることのなかった幸運を自覚する。
経験によって培われた勘が立ち向かうことを拒絶させる。
死線を重ねて研ぎ澄まされた本能が逃げろと訴えかけてくる。
「これはとんだビッグネームが現れたもんだ。つまりあれだろ? お前を倒せば俺様の名は世界中に広まるってわけだ」
ゲーゲルの自信に満ちた笑みは虚勢のようには感じられず、ベルクは死に急ぐような行いに肝を冷やした。
「バカ! そいつは俺ですら相手にならない魔族だぞ。聖宝具も出せてないお前が勝てるわけないだろゲーゲル。今すぐ退け!」
「いやぁ~なんか分かんねぇけど、恐怖も無ければ負ける気もしねぇんだよ今。言ってしまえばめっちゃ絶好調なんだよ。なんでかは知らねぇけどな!!」
ゲーゲルは一気にシャディルデアとの距離を詰める。
力任せに数発撃ち込むもシャディルデアはそれらを容易にいなす。
ゲーゲルの大振りは大きな隙を生み、シャディルデアはそれを見逃さない。
大振りを躱し空いた左肩に影の剣を振り下ろす。
誰もがゲーゲルの敗北を確信したが、予想に反してゲーゲルはそれを躱した。
そしてすぐに反撃へと切り替える。
シャディルデアと互角の攻防。
その光景にベルクはとてつもない違和感を覚えていた。
「あれがゲーゲルなのか……? それにシャディルデアの動きも……」
調子が良いだけでは説明のつかないゲーゲルの動き。
大振りに生じる隙はあまりにずさんでとても六冥尊と渡り合えるほどではないのに、膂力と反射神経は特級冒険者に引けを取らない。
対して六冥尊を名乗っているにはまだ見切れるシャディルデアの動き。
視界に飛び込んだ瞬間身体が本能的に竦むほどの威圧感はシャディルデアの実力を示していると言っても過言ではない。
しかしながらゲーゲルと対峙しているシャディルデアの動きは、一級冒険者と同等程度に感じられる。
相手の強さを見極める勘が鈍ったか、慧眼スキルの衰えか。
そんな可能性すら過ってしまうほど、強さの雰囲気と実際の実力が見合っていない違和感。
その違和感の正体に真っ先に気が付いたのはこの場において最も状況を把握しているシャディルデアだった。
「彼奴、まさか我が【影読】をその手で破ってくるとはな」
「あぁ? 誰の話をしてやがる」
「気にするな、魔女の傀儡と化した哀れな者よ。ふむ、このまま人形劇に興じるのも悪くはないが、戦況が拮抗している今、ここに我が分身を割く理由もないな」
ゲーゲルを目の前にブツブツと思案に浸るシャディルデア。
隙だらけだとゲーゲルは大斧で斬りかかるも、シャディルデアはそれを容易く躱して水中に飛び込むように影の中へ。
「くそっ、逃げやがった!」
悔しがるゲーゲルだが、その場で腰を抜かしてしまっていたオレンは安堵する。
しかしベルクだけは冷静に感知スキルで気配を探っていた。
だからこそ、その危険性にいち早く気が付ける。
「マズい! ゲーゲル、あの大型魔物を先に倒すぞ!」
ベルクはすぐに植物に拘束され、翻弄されている大型の影に駆け寄る。
訳も分からないゲーゲルも理由を問わずベルクの後に続いた。
サンドリアの第三層と第二層を隔てる石造りの壁を体当たりで容易に破壊出来そうなほど大型の影は、謎の植物により押さえつけられて行動を抑制されている。
その状態でも倒すためには多少の犠牲を覚悟しなければならないほどで、だからこそ動きが抑えられている今は他の影に手を回していた。
だがそれが悪手だったかもしれないとベルクは後悔する。
多少犠牲を払ってでも、先にあの影を倒すべきだったと。
ベルクとゲーゲルがその影へと辿り着くより先に、シャディルデアがその影の元へと姿を現す。
そしてすぐさま、大型の影を縛る植物を切り捨てた。
「さぁ止めてみるがいい」
シャディルデアは影の中へと姿を消す。
大型魔物の影は、身体の縛りから解き放たれて募らせた苛立ちを撒き散らすように咆哮を放つ。
ベルクとゲーゲルがその足を止めたのは、間に合わなかった事実に加えて気圧されたことも大きい。
「間に合わなかったか」
解き放たれた魔物。
その存在感は拮抗し繋ぎとめていた士気を下げるには十分なものだった。
頭を振り、黒い唾液を撒き散らしてその太い足で大地を抉る。
土は抉れて舞い上がり、草は風圧で飛ばされる。
地鳴りの如き足音と雷鳴のような劈く猛り。
再び捕らえようと伸びる植物はその圧倒的突進力に成すすべなく千切れていく。
絶望が、迫ってくる。
「させるかぁあ!!」
ベルクは身体をフル稼働させて飛び上がり拳に勢いを乗せる。
赤く輝く二つの眼光の間に全力の一撃を叩き込む。
反動で腕一つ持っていかれるのを覚悟した捨て身の一撃。
だがその覚悟は無意味となる。
ベルクの拳が届くより遥か手前で、空気が破裂したかのような衝撃。
魔物の尾がベルクの身体を軽々しく打ち返し、ベルクはサンドリアの第二層と第三層を隔てる壁に身を打ち付ける。
現役を退いたとはいえ、それでもなおサンドリアではユウを除き最強クラスの実力者。
そんなベルクが容易く薙ぎ飛ばされるという事実を受け入れられず全員の思考が止まる。
辛うじて生きてはいるがもう戦える状態ではないベルク。
それでも魔物は無慈悲に突き進む。
一番正面に居るのはゲーゲルだが、大気を押し退け無残な足跡を刻む魔物を止める手段など持ち合わせていない。
だからと言って逃亡ももう間に合わない。
「クソガァ! なるようになりやがれェエ!!」
もうやけくそに、ゲーゲルは斧を振り下ろす。
絶好調の身体でふっ切れて適度な脱力と重みを乗せた一振り。
おそらくはゲーゲルの冒険者人生で最大の一撃。
それでもゲーゲルの脳内には弾かれて、魔骸具は粉々に、止まることのない突進に成すすべなく吹き飛ばされるイメージが過ぎる。
だがそれはすべて妄想に留まる。
下ろした腕は反動が一切なく振り切れる。
ゲーゲルのむき出しの頭皮を摩擦する暴風は魔物の突進による余波ではない。
世界を分断するかの如き縦一閃。
大地を二分に分け隔て、曇天に一筋の線が刻まれる。
肝心の魔物はゲーゲルの左右を勢い殺さずに横切る。
分かたれたそれぞれの胴体は、バタバタと足を空回りさせて地面に身を預ける。
本来なら断面から泉が出来るほどの血が広がるはずだが、影の存在はそのまま霧散し消失する。
ベルクを一切寄せ付けなかった魔物をゲーゲルが一撃で葬った。
その光景に周囲は勿論、ゲーゲルすらも困惑していた。
手に握られるは魔骸具……ではなく全くの別物。
ゲーゲルの大きい手に合った太い柄、その先端には両端の刃が付いた大斧。
血錆が目立つ魔骸具は、今では洗練された聖装そのもの。
「まさか……ついにやったか? この俺様にもついに聖宝具が!!」
念願、祈願。
ゲーゲルはその斧を天に掲げて歓喜する。
聖宝具の顕現――それは勇者細胞が覚醒した証拠。
聖宝具の性能、威力はたった今証明され、この戦況を大きく覆す。
普段の素行はさておき、今この場においてゲーゲルは希望そのもの。
「っしゃあ! 俺様に続けぇ!!」
調子づいたゲーゲルの鼓舞は、戦場に活気と勢いをもたらせた――――。
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