光の聖女が来訪です。⑧
サンドリアの南側が数対数の戦場になっている頃、北側では静かな戦いが繰り広げられていた。
数体の黒い影が襲い掛かるも赤子の手を捻るように軽くあしらうユウ。
その美しい身のこなしはまさしく平原に咲く一輪の白い花。
だがユウの表情は苦虫を噛み潰したように苛立ちを露わにしていた。
ユウにとってこの影の兵士を倒すことは造作もない。
影の濃さによる実力の変化、影の持ち主の特徴の継承、影の兵士の大体の数。
シャディルデアの魔法としてはルミナスと同じ条件のはずなのに、攻め方はまったくの対称的。
数体ずつ、しかしながら途切れないように影の兵士が送り込まれる。
南側が万と万の戦場ならば、北側は一人と数人が何戦も繰り返されている。
それがユウにとってはやりにくいことこの上ない。
影の兵士数体はユウにとっては一秒かからず倒すことが出来る。
だがそれは一秒間に倒せる数も多くてその数体ということ。
いっそのこと二万五千体が一斉に来てくれればこの北側は数秒で片付く自信があるのだが、こう少数で来られては必然的に北側の防衛に時間を要する。
ただの雑兵の人海戦術ではなく、戦略性を持った動きをするシャディルデアの統率が活かされた魔法。
ユウ本人に対しては何ら脅威ではないが、防衛が要のこの戦いにおいては非常に厄介だ。
「やっぱり先に本体を叩いた方が良かったかしら……」
さすがのユウでもシャディルデア本体を叩くのには時間を要する。
その間にサンドリアが攻め込まれたらという可能性を考えて、シャディルデアは手数の多いマオに託すことにしたのだが、この采配は結果的にユウという戦力を特定の位置に留める結果となった。
ユウの後悔を待たずして、背後から現れた存在の一撃をユウは振り返ることなく剣で受け止める。
「ほぅ……只者ではないとは思っていたがこれはなかなかやるではないか」
「アンタこそ、召喚系は本体が弱いってのが物語のセオリーなはずなんだけどね」
ユウの何倍も大きい躯体から放たれる斬撃をユウはその細腕で軽々と受け止める。
だが軽く受け止めつつもさっきまで戦っていた有象無象とは違う芯のある重い一撃にユウはようやく振り返りその相手を睨みつける。
「アンタは分身かしら?」
輪郭が黒く靄がかかるも視界に焼き付くその存在感。
騎士の甲冑を身に纏うも、放たれる威圧感は邪悪そのもの。
見た目や声は影軍のシャディルデアそのもので、慧眼スキルも本物と断定している。
だが本体はマオが相手をしている。
マオが倒されるということはまずないと断定して、シャディルデア本体が影を経由して移動するなら足止めが目的として達成されている北側ではなく、ルミナスのいる南側か防衛戦力が最も薄い西側のはず。
であればここに現れた理由として最も説明がつくのは、東西南北すべてにシャディルデアが存在しているということ。
そこまで読んでも分身と確定しきれないのは、ユウの慧眼スキルが本物と断定してしまっているからだ。
「影の分身という立場上本体とは言い難いが、我はシャディルデアという存在。そういう意味では本物と言えよう」
「へぇ……じゃあアンタを狩ればシャディルデアという存在を倒したことになるのかしら?」
「試してみるか?」
ユウは身を捻り背後に剣を一振り。
剣圧が空気を切り裂き地面を抉るも、シャディルデアはそれを躱す。
「なかなかに鋭い剣筋。人族はスキルを扱うらしいが、その剣から……いや身に纏う鎧からも力を感じる。それが聖宝具というものか?」
「聖剣エクスパンド。剣圧を増幅させる程度だけど、力を使ってもすぐ崩れないからお気に入りよ。あと安かった」
勇者細胞が一定以上覚醒すると顕現する固有武器である聖宝具
本来は一人につき一つ聖宝具が現れるが、ユウの聖宝具はユウ本体という特殊な状況。
その能力はユウが扱う武器や防具を聖宝具に変える。
武器屋で安く買った中古品の剣でも、ユウが扱えば立派な聖宝具になる。
ただしユウが聖宝具に変えた物は力の発揮回数が決まっており、それを超えると武器が崩壊する。
魔王城と呼ばれた城を一撃で半壊させた槍は一度使っただけで崩れ落ちてしまった。
「聖宝具使いと剣を交えるのは久しいな。直近の人族は魔骸具とかいう聖宝具の贋作を扱う者ばかりだったからな。簡単に倒れてくれるなよ」
「その言葉そっくりそのまま返してあげるわ」
緊張感が一気に跳ね上がり、数秒の間を待って両者が激突する。
二人の剣戟は鋭く、早く、力強い。
剣が交わる度、空気が歪み、踏ん張る大地が耐えきれずひび割れる。
相手の攻撃を躱せば、押し出された大気が周りを巻き込む。
そういった二次災害がシャディルデアに加勢しようとする影の兵士を減らしていく。
シャディルデアもその状況を理解し、最終的にはユウとシャディルデアは一対一で対峙していた。
北側の戦力を他に回したとすれば、ユウとしてはさっさと北側のシャディルデアを片付けたい。
そんなユウの思いとは裏腹にシャディルデアはかなり手強い。
膂力も剣筋の鋭さも勘の良さもユウの方が上回っているはずなのに、なぜかシャディルデアを攻めきれない。
「解せない……という面持ちだな」
数千にも渡る剣戟。
打ち合った両者は一度距離を取る。
一呼吸置いたシャディルデアはユウの表情に愉悦の笑声を甲冑の奥から響かせる。
「ええ。すべての能力においてアタシが勝っている。慧眼スキルの情報は確かなはずなのにどうも攻めきれない。何かタネがあるわね」
「御名答。ここまで我と相対することが出来た貴様への褒美として教えてやろう。我の魔法――【影読】は影に含まれた情報を読み取り、動きを予測し能力値を模倣する。貴様は我が戦った人類、いや魔族を含めて我を越えて最強と言えよう。だがサシでの戦いであれば我は貴様と同等、いやそれ以上の能力を我は発揮することが出来る」
「そういうこと。でもそれだけじゃないわよね? その動き、アタシの動きのほかにいろいろ混ざってるわね」
「ほぅ、人族にしては中々に鋭いな。貴様の推察通り、我は影を喰らいその影の能力を我がものとする。貴様の影はさぞ美味であろうぞ」
シャディルデアは兜の奥で笑う。
シャディルデアにとってユウの影は今まで喰らったどの影よりもそそられる御馳走に見えた。
「貴様の影を喰らえば我はまた進化する。それも過去の比ではないほどにな。奴との決着をつける前の腹ごしらえには上等な逸品だ。我の糧になれること、誇ってよいぞ」
「そういうアンタはアタシにとって経験値にすらならないこと、十分に恥じなさい」
二人は構え、再び激突する。
シャディルデアの黒剣の刃と、ユウの聖剣エクスパンドの刃が衝突する度、天覆う黒雲が揺らめき剣圧でヒビのように割れる。
相手は自分の能力を模倣し、他の影によってプラスの能力も持ち合わせた存在。
本来なら十分な脅威のはずなのに、ユウは一切シャディルデアを脅威に感じていない。
マオと戦った時は得体のしれない力への警戒心が収まることがなく、攻めきれない状況への焦燥感は募り続け、戦うにはこの世界は脆すぎると苛立ったものだ。
だがシャディルデアは魔族としての位は同じはずなのに、あの時の感情が一切感じられない。
どうしても他の魔族と同じと思えてしまう。
「……っく!」
それとは対照的にシャディルデアの内心は穏やかではなかった。
シャディルデアもまた攻めきれないという焦りはあれど、それとは別の違和感が生まれる。
徐々に鋭さが増していくユウの剣筋、打ち込まれるほどに重くなる剣圧、刃を突きつけられているような威圧感は慣れるどころか強くなる一方。
相手は人族だというのに、相手は劣等種であるはずなのに――――、
――――何故、我が攻め込まれている……。
――――何故、我が圧倒されている……。
【影読】は問題なく使えている。
顕著になっていくユウの能力値に比例して、シャディルデアもまた強化されている。
それでもユウの能力値の上昇に比べて、シャディルデアの上昇は徐々に鈍くなり、やがて止まって、あろうことかマイナスにまで働きつつあった。
「――っぬぉ!?」
ユウの一閃を受け止めたシャディルデアの巨体が吹き飛ぶ。
背中で一度衝撃を受けつつも、すぐに身を捻り甲冑で覆われた巨躯に似合わない軽やかな身のこなしで受け身を取る。
追撃を警戒したシャディルデアは片膝をついた状態ですぐさま構えるも、優位に立つユウは追撃はおろか構えを解いて膝をついたシャディルデアを見下ろしていた。
人族に片膝をつくだけでなく、見下されている現状にシャディルデアのプライドはズタズタだ。
「……どういうカラクリだ。なぜ我が膝をつき、貴様を見上げている? なぜ貴様の能力値が上がっているというのに、我は不調に陥っている?」
「立場が逆転したわね。兜の下は解せないって面持ちかしら? アンタの魔法についても教えてもらったし、アンタが抱えている違和感に答えてあげるのが騎士道ってやつかしら?」
「まさか我が人族ごときに教えを乞う時がこようとはな。だが認めるしかあるまいな。貴様は我より数段上手。敬意を表し、聞かせてもらおうか?」
シャディルデアは立ち上がり構えを解く。
互いに殺意はぶつけ合えど、問答の時に剣を構えるのはシャディルデアの儀礼に反すると言ったところか。
「人族の耐性スキルは経験を経て適応をもって勇者細胞が進化することで身に付く。アンタの【影読】でアタシと同等の膂力と動きが出来たとしても、二発も打ち合えばアタシは順応してより強くなる。いわば自分耐性と言ったところかしら」
「それはもはや人族を代表として説明するにはふざけたスキルだな。貴様はすでに人族の領域から外れている。この我が不調に陥っているのがその証拠だ。不調の正体は【影読】による能力値の上昇速度に我自体のポテンシャルが追い付かず肉体と意識にギャップが生じていたということか」
「自分の魔法が首を絞めることになるなんて間抜けね。マオならこんなことにはなってないわ。そんなのじゃ一生かけてもマオには勝てないわよ」
その名を出され、シャディルデアは沸き上がる激情を押し殺した。
人族に初めて感じた敗北感も、マオへの憎悪もすべて糧にして魔力を練り上げる。
シャディルデアの中に高密度な魔力が収束するのを感じたユウは再び気を引き締める。
「……さて、六冥尊の底も知れたしそろそろ終わりに――――」
刹那、ユウは自身の身体に起きた異常に僅かに顔をしかめる。
体はおろか、指先一つ動かすことが出来ない。
辛うじて視線を動かせる程度だ。
「実影魔法――【影縛】。我の奥手にして最終手段。影を縛り動きを封じる。今まで対峙した相手では魔法発動の条件が厳しい故に発動に至るまでに決着がついていたものだ。我自身もこの魔法は無抵抗の相手を殺すのであまり使いたくはなかったがそうも言ってられないのでな。だがこの魔法を使わせた時点でこの戦いは貴様の勝利と言って良い。この世界では無理だが黄泉の国で自慢してもらって構わんぞ」
「いいの? そんな魔法を使ってもなお負けた場合アンタの自尊心とか崩壊するんじゃない?」
一切身体が動かせないというのに、ユウの表情には死への恐怖どころか余裕すら見て取れる。
シャディルデアは剣先を天に向けて構え魔力を込める。
黒剣に集約した魔力が黒紫の輝きを放ち、溢れ出る瘴気に空気が汚れる。
ユウが何のスキルを隠しているか分からない以上、止めは高濃度の魔力で肉体を塵にして一気に勝負を決める。
「これで終わりだ。楽しかったぞ、おそらく我が生涯で最強の人族よ」
シャディルデアは高密度に魔力の収束した剣を縦に振るう。
一振りで放たれた魔力の斬撃はすでに荒れた大地をさらに抉り、瘴気に満ちた大気を押しのけて真空を生み出し、劈くような音波が世界に響き渡る。
決着はついた。
と、シャディルデアの殺意が薄れたその瞬間、シャディルデアの禍々しい魔力の斬撃が横一線に切り裂かれて霧散する。
シャディルデアがそれを認識したその時には、腸辺りを両断され大地踏み抜く下半身から零れるように上半身がずれていく。
「――なぜ動ける……」
崩れる肉体から漏れる微かなシャディルデアの問いに、背後で剣の血を落とすように一振りして鞘に納めるユウが冷静に答える。
「影縛り耐性よ」
「……それはまた……デタラメな……スキルだな……」
そう言い残し、シャディルデアの肉体は霧散した。
だがこれは本当の決着ではない。
消えたシャディルデアと入れ替わるように、また影の兵士が続々と生み出されてサンドリアに侵攻を始める。
切った感覚はあれど、やはりあれはどこまで行っても分身の存在。
シャディルデア自身がまだ生きている以上、この防衛はまだまだ続く。
そしてユウの実力が分かった今、再びシャディルデアが出てくるとは思えない。
「多分アタシはこの戦いが終わるまで足止めくらうわね……」
――あとは任せたわよ、マオ。
ユウはそんな思いを抱きながら、影の軍隊へと突っ込んだ――――。
お読みいただきありがとうございました!
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【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】
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