光の聖女が来訪です。⑦
「実影魔法――【影世界】」
先ほどまでの快晴が嘘のように、世界に蓋がされる。
曇天と言うには禍々しく悍ましい黒雲。
光が荒々しく迸り衝撃波が轟く空を見上げて第一に抱く印象は雨の兆しではなく世界の終焉。
「マズいッ――」
何かを察したマオは両手を空に向ける。
練り上げられる高密度の魔力がマオの魔法発動の余波として空気を震わせる。
シャディルデアの邪悪な魔力とマオの高濃度高密度魔力に挟まれて、緊張感がルミナスの鼓動を強く早く打ち付ける。
「再現魔法――領域術式【拒む圏域】」
マオから高濃度に圧縮された魔力が放出されてサンドリアの街全体を覆う魔法陣が展開される。
突然の天候変異と突如として空に描かれる模様にサンドリアの街は混乱とパニックに陥っていた。
だが今のマオにデリケートな配慮などする余裕もない。
サンドリアの第二層までは完全に、第三層の一部すら下に置く巨大な魔方陣。
その魔法陣からカーテンのように虹色の輝きが下りてサンドリアの街を覆い隠す。
半透明で反対側が見えるとはいえ、サンドリアの人々に緊張感と閉塞感をより一層与えてしまう。
「マオさん! 一体何したんですか? あまり派手なことをするとサンドリアがパニックに……」
「そこは仕方ない。奴の魔法が完成する前に私の魔法を完成させる必要があった」
「シャディルデアの魔法と言うのはあの空と関係が?」
「シャディルの魔法は実体を影に取り込み、影から実体を生み出す。そしてシャディルの影の実体が生み出されるのはあいつの影と繋がる影。さっき使ったシャディルの魔法は空を黒雲で覆い奴の魔法発動テリトリーを広げる。対して私が使ったのは外部からの魔法や女神の祝福といった非物理的干渉を拒絶する魔法だ。これなら奴の影の実体がサンドリアに現れることもない」
マオとシャディルデアの魔法の中身を知りルミナスは戦慄する。
相手は魔法で一国を作り上げた大魔族。
今見せているのは馬の影のみだが、おそらく人型――影の兵士も生み出せるはず。
シャディルデアの影につながる影から生み出されるのであれば、曇天によってすべての影がシャディルデアにつながった今、シャディルデアはサンドリアの街中に直接影の兵士を生み出せる。
そうなれば混乱と殺戮の地獄絵図だ。
マオの魔法は領域によってシャディルデアの魔法の干渉を拒絶している。
とりあえずサンドリアにシャディルデアの影の兵士が生み出されることはなくなったのだが、
「まだ安心出来ないぞ。直接干渉はムリだが侵入出来ないわけじゃない。影の兵士が外からサンドリアに入れば結果は同じだ」
「そういうことだ。我が影の戦力は十万を超える。さて、どこまで耐えられるか見ものだな」
「十……万……」
圧倒的戦力にルミナスの心は絶望で揺らぐ。
「マオさん、あの次元を分ける魔法でわたし達を飛ばせば街に被害は出ないのでは?」
「あれは無意味だ。奴と私達を別世界に飛ばしたとしても奴の魔法発動は止められない。影を伝ってサンドリアのある世界に戻られて終わりだ」
「ルミナス、もうやるしかないわ。マオはここで、アタシは北側、ルミナスは南側。あの魔族の魔法がサンドリアに侵入するのを阻止するわよ」
「ですがお姉様、シャディルデアの魔法の理屈なら西側にも手を回さないと」
「それなら問題ない。西にはギルドとサンドリアの私兵を回す。手始めに【拒む圏域】が完成する寸前にギルドに居た冒険者っぽい連中を西側に転移しておいた。今はまだ状況を理解してないだろうが、影の兵士が襲ってくれば嫌でもすべきことを理解するだろう」
「そんな勝手な……」
用意周到なのか行き当たりばったりなのか、マオの手回しにルミナスは突然巻き込まれたギルドの冒険者に同情の念を送る。
トイレ中に飛ばされた戦斧のゲーゲルにその同情が届くことはないのだが。
「じゃあユウ、聖女。転移させるから任せたぞ」
「マオこそ、皆を任せたわ」
「ああ。再現魔法――転送術式【返送】。ごく稀に転送先で身体がバラバラになるから気をつけろ」
「ちょっと待っ!? 気を付けてってそんなものそもそも――――」
ルミナスの抗議を最後まで聞かずして、マオの魔法は発動する。
ユウとルミナスの足元に魔方陣が現れて、浮遊感が二人に伝わる。
特定の位置に瞬間移動する魔法で、サンドリアの第一層と第二層を隔てる壁の門四ヶ所に移動ポイントを設定している。
ユウの足なら北門まで数分で移動出来るが、ルミナスを南門に届けるついでにユウも飛ばす。
足元から徐々に消えていき、ユウとマオはお互い信頼のアイコンタクトを交わしてユウは北側に転移する。
ルミナスもまた、いろいろと不安が残るも今はシャディルデアの脅威が先だと判断し、大人しく転移を受け入れる。
視界の下から徐々にぼやけて来て、瞬きをする頃には完全に違う場所に立っていた。
見ていた森林地帯は広々とした平原に変わり、後ろを振り向けばマオの魔法で覆われたサンドリアの街が見える。
かなりの距離が離れてもなおひしひしと感じるシャディルデアの邪悪な魔力の位置からして、ルミナスがいるのはサンドリアの南側。
このままサンドリアを背にまっすぐ向かえばいずれは観光都市ヤマトに辿り着く位置。
それはつまり、ここで食い止めなければ被害はサンドリア以外にも及ぶことを意味する。
とりあえず肉体は無事なことにホッとするも、安心する余裕はない。
ルミナスが構えたのは海から陸に上がるように、曇天で生み出された影から人型の影が大量に姿を現したからだ。
体格や武器は十人十色、人型だけでなく小型から大型の魔物も影となって現れる。
見えるだけで千は優に越え、シャディルデアの言葉が嘘でないのなら一方向から来る軍勢は約二万五千。
サンドリアの街中に出てこない分目の前の敵に集中出来るが、気がかりはやはり西側だ。
「北はお姉様がいるから問題ないでしょうし、東も……まあ仮にも魔王。六冥尊に後れは取らないでしょう。一刻も早く片付けて西側に応援に向かわないと」
サンドリアは北方区域が壊滅してから比較的魔物や魔族の被害が減少し、優秀な冒険者のほとんどが大陸西部に行ってしまっている。
都市の私兵は対人の訓練は積んでいるが、魔族や魔物に対する経験は冒険者より少ない。
今サンドリアの防衛戦線で一番薄いのは西側だ。
西の防衛線が瓦解すればそこから影の兵士がなだれ込む。
そうなればこの戦いはたとえシャディルデアを打倒したとしてもこちらの敗北だ。
「”光源に坐します至高の女神様よ・我が祈りを抱きとめたまいて・高庇賜る聖域の扉を顕現させ給え”……聖典第十章二節——聖天使」
ルミナスは構えて祈りを捧げる。
女神の祝福を受け、光の力がルミナスの身体を巡る。
捧げた祈りに呼応して空に数十メートルはあろうかという巨大な門が現れる。
白亜の扉に金の装飾が施され、神秘的な雰囲気を纏っている。
重厚な音が響き渡り、その扉は重々しく開かれる。
奥から眩い光が差し込み、ポツポツと影が増えていく。
扉から姿を現すのは純白の翼を背中に持ち、穢れなき白銀の鎧を身に纏う兵士達。
剣、槍、弓、槌などその兵種は多種多様。
シャディルデアの影の兵士が闇の傭兵とするならば、ルミナスが呼び出した彼らは光の守護者。
全く対照的な二つの勢力が、混ざり合うように激突する。
地上はもちろん空中すらも戦場と化し、猛りや叫びなどは一切ないが、剣戟と地響きが戦場の苛烈さを物語る。
ルミナスは戦場を見据えて敵勢力の分析に集中する。
聖天使は女神の守護者たる白き軍団を呼び出す。
聖典の最高位である第十章の技というだけあり、圧倒的な数的物量もそうだが、一体一体の実力に違いはあるものの、ルミナスの場合最低でも二級冒険者に匹敵する実力を持っている。
そしてルミナスが呼び出せるのは教皇よりも多く、その数一万。
半数は西側に回せると踏んでいたのだが、ルミナスの想定と異なり戦況は芳しくないのが現状。
この南側は問題ないが、西側に戦力を回す余裕がない。
影の兵士も実力はピンキリな点と、動きも元の生物や人の動きが再現されている点から、影の兵士は元の生物の実力がそのままトレースされている。
そして青白い光が轟いて色濃い影が出来た瞬間、その影からまた影の兵士や猛獣が現れる。
その影は他の影と違い実力は段違いで、守護者達が複数でかかってようやく倒せている。
おそらくは生成されるための影が濃ければ濃いほどその実力が跳ね上がるのだろうとルミナスは分析する。
南側だけでも単純な数は倍以上の想定。
差し引きした平均で一体につき敵二、三体を倒せるかというと微妙なところだ。
加えて影の兵士は徐々に追加されるように出てくるので、南側に二万五千体という単純計算もあくまで予想の域を出ない。
もっと多いかもしれないし、もっと少ないかもしれない。
となればルミナスがここを離れるわけにもいかない。
「一刻も早くこの場を片付けなければなりませんね」
西側の防衛が怪しい以上、南北東で少しでも多く敵の戦力を削り、西側に回す予定だった影の兵士を南北東に回させるしかない。
錫杖を構え、祈りを捧げる。
「“黎明を開く至浄の女神様よ・我が祈りを照らし給いて・闇を穿つ白き光を解放させ給え”……聖典第九章一節——放射聖閃」
ルミナスの祈りが届き、錫杖の先が白く輝く。
劈くような高鳴りを響かせながら、錫杖の先端を乱戦中の戦場に向ける。
その行動を察したかのように、守護者達は一斉に飛び上がり空へと退避。
ルミナスは身を捻り、錫杖を横に一閃させる。
浄化する一条の白色光が放たれ、錫杖の動きに合わせて横に薙ぐ。
地上に居た影の兵士たちは浄化の剣で横に両断され一掃される。
「わたしも本格的に加勢すれば何とかなりそうですね……」
「果たしてそれはどうかな……」
その声はここに聞こえるはずのない声。
鼓膜が刺激される度、首元に刃物を突き付けられるような威圧感と圧迫感。
身の毛がよだつ不敵な笑い声は思い描いた計画を不審に陥らせる。
「どうして……ここに……」
ルミナスにいろいろな可能性が過ぎる。
六冥尊が一人、影軍のシャディルデアの姿が確かにそこにあった――――。
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