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光の聖女が来訪です。⑥

 “影軍(えいぐん)のシャディルデア”


 数百年前、その魔族は国を築き北方の大地を支配していた。

 北方区域が高濃度の瘴気で包まれているのはその名残とも言える。

 

 ただ当時の文献などは少なく、北方区域として魔王が君臨した以降のイメージが強すぎるあまり、そのほとんどの歴史は眉唾物の伝説と化している。

 

 しかしながら女神の祝福を受けた聖騎士団所属の身として、世界を導く存在である聖女という身として、ルミナスは知っている。

 その伝説として語られた話は全て空想のものではないことを。


「当時では考えられないほど発展した文明、一国を一夜にして滅ぼすことのできる軍事力。教会の歴史として確かに存在していた北の帝王。教会の戦力では手に負えず、シャディルデアの国と不可侵の協定を結んだという記録がありました」


 教会が魔族と協定を結ぶなど言語道断だ。

 しかしそうせざるを得ないほど、シャディルデアという魔族の存在は大きかった。

 ルミナスの認識にシャディルデアは兜の下に笑みをこぼす。


「ほう、懐かしい話をするではないか。”存在していた”ということは今は表では抹消された記録なのだろうな。まあ無理もない。不可侵の協定と言えば聞こえはいいが、その実態は我が侵攻しない代わりに人間の生贄を月に百人用意させたのだからな」


「なっ――――」


 それはルミナスですら知らない話で動揺を隠せない。

 女神の祝福を賜った身として、教会は民を守る為に在らねばならない。

 だが当時は多くを救うために少数を犠牲にせざるを得なかった。


 その選択は理解は出来るが、ルミナスにとっては簡単に納得できるものでもなく、シャディルデアの言葉を疑ってしまう。

 しかしながら、シャディルデアの口から語られた教会の消し去りたい歴史を後方で控えるマオが肯定する。


「信じられないかもしれないが奴が言っていることは事実だ。私が知る限りでも教会は奴に万の人族を提供している」


 まるで見たことがあるかのような口ぶりにシャディルデアはマオに目を向け記憶を辿る。


「つまり貴様は我の城に出入りしていたということか? はて、貴様のような魔族に身に覚えが――――」


 思い出した、というより何かに気が付いた沈黙。

 シャディルデアは兜によって表情が見えないが、カタカタと鎧から音がするほどの小刻みな震えがシャディルデアの感情を表していた。


 それは歓喜のようでもあるが、憎悪のようにも感じ取れる。

 気が付き、疑って数秒、そしてシャディルデアの中で確信に居たり高らかに笑った。


「フハハハハハ!! その影、その魔力――――そうか貴様か。それが貴様の真の姿ということか! ならば正体を隠していたのも合点がいく」


「久しいなシャディル。百年ぶりか?」


 友人とかわすような掛け合いに、ルミナスは警戒を強める。

 そしてユウは冷静にマオに訊ねた。


「随分と親しげだけど、アイツはマオの友人?」


 ユウがマオに向けた問いかけ。

 しかしそれに答えたのはマオではなくシャディルデアだった。


「親しげ? 友人、仲間、知己……我が此奴に向けるのは殺意と憎悪。我の最も忌み嫌う存在であり、宿敵とも言えよう」


 冗談とは到底思えないほどの怒気が声に込められて、表情が見えずともシャディルデアの殺意は全員が感じ取れた。


「マオ、アイツに一体何したのよ……」


「はて……まったく身に覚えがないんだがな」


 マオはシャディルデアとの記憶を掘り返すが、向けられた感情にまったく身に覚えがなく首をかしげる。

 その様子はシャディルデアが苛立ちに声が震えるのに十分だった。


「覚えてないだと? 貴様が我にした所業は数多くあるが、我が最も許せないのが我が魔法を侮辱したことだ!」


「待て、本当に身に覚えがないんだが?」


 シャディルデアの怒りにマオは濡れ衣だと抗議する。

 しかしながらシャディルデアの怒りはとても勘違いとは思えないもので、仲介するようにユウが割り込んだ。


「ちなみにアイツの魔法ってどんなの?」


「奴は影から実体を生み出し、実体を影に取り込む。まあ見た方が早い。シャディル、お前の魔法を見せてやれ」

 

 今シャディルデアは怒り心頭だというのに、マオは無神経に命令する。

 その態度が余計に怒りを募らせるも、シャディルデアは冷静に対応した。


「よかろう。我が魔法、しかとその目に焼き付けるといい。実影魔法(シャドウマジック)――【影霊顕現(エピファネイア)】」


 シャディルデアから感じ取れる禍々しい力が渦巻くのを感じ取り、敵意や殺意は無さそうだがルミナスは身構えて臨戦態勢を取る。

 どこからともなく響く馬の嘶き。

 徐々に近づくドコドコと激しい足音に呼応するように、ルミナスは緊張で鼓動が速くなる。


 そしてシャディルデアの横、森の影から丘を駆け上がるように黒馬が前足を大きく上げて飛び出した。

 幻聴のように反響していた甲高い声も、今では周囲を威嚇するようにはっきりと力強く声を上げる。

 象のような巨躯、大地を抉りかねない筋肉質な足、赤い目つきは鋭く荒々しいものの、落ち着いた尻尾や凛とした佇まいは騎士のよう。


 影が形作る漆黒の剛体をシャディルデアと同じく全てを飲み込む暗闇の如き魔力が包み込んでいる。

 もしこの馬を魔物として捉えるのであれば、一級冒険者が相手してようやく勝てるかどうか。

 それほどの威圧感を黒馬は醸し出していた。

 

「あれがシャディルの実影魔法。生物だろうが植物だろうが、影を取り込み自由に実体化出来る魔法。この魔法がよく出来ているのは、実体化したものはシャディルの支配下に置かれるが完全にコントロールするわけではない。だから魔力消費は召喚時や取り込み時のみというコスパの良さ。それに召喚された生物は疲れを知らず、食事や睡眠も不要。奴が治めていた国が高い文明力と軍事力を持っていたのはこの魔法の力が大きい」


 本来文明が発展するには人口はもちろん、その人口を支える食料や資金、人そのものの疲労や睡眠など様々なものが必要になってくる。

 しかしシャディルデアの魔法によって召喚された生物は食事や睡眠は不要、休憩なしで働かせても文句を言わず、雨が降ろうが嵐が来ようが行動可能。

 すなわち資金、資材さえあれば最速で文明を作り上げることが可能だ。


「なんて恐ろしい力。このまま放っておくわけにはいきませんね」


 シャディルデアの総戦力がどんなものか測り知れない。

 疲れを知らず恐怖を知らず躊躇を知らない、そんな軍団がもし周囲の都市を襲い始めたとしたら――。

 各都市の近衛兵、冒険者ギルドや聖騎士団、他の種族の自警団など合わせても対処しきれない。

 鎧の勇者と聖女が揃う今この場で何とかしなければ、いずれ被害は甚大なものとなる。


 逃がさないと言わんばかりにルミナスは構えるも、シャディルデアの眼中に聖女はいない。


「この百年、忘れもしない。我が影の軍団。漆黒の装備、その圧倒的機動力、手足をもがれようと動く生命力、あらゆる勢力を蹂躙出来る数の暴力。我が崇高なる魔法を、貴様は……貴様は――――まるでゴキブリだなとぬかしおった!!」


「あっ……」


 シャディルデアの怒声にマオは心当たりがあったのか腑に落ちた表情をした。

 その様子にユウもルミナスもマオを見て同じ感想を抱いた。


 ――それはマオ(マオさん)が悪い……。


「人の魔法を盗む貴様には分からんだろうが、本来魔族にとって魔法とは生涯をかけて探求するテーマとも言える。我が魔法もまた例外ではなく、どの魔法よりも優れて偉大だという自負がある。それを貴様は害虫と同じだと……」


「いや、私は精一杯褒めたつもりで……」


「だとしたらマオのセンスが悪い」


「おいユウ、なんでお前まで私の味方じゃないんだ」


「ま、まあゴキブリさんは益虫の側面もありますから……」


 シャディルデアはもちろん、ユウやルミナスでさえマオの肩を持つものはいなかった。

 ルミナスが言葉を繕いながらフォローを入れるのが唯一の配慮だった。


「この百年、我は貴様に受けた屈辱を晴らすため、そしてそもそもの始まりである雪辱を果たすために力を蓄えてきた……」


 シャディルデアから漏れ出す邪悪な覇気。

 空気に悪寒が走り、大地は怯えて震える。

 

 その嵐のように荒々しく渦巻く魔力の波動に、ルミナスだけでなく今度はユウすらも警戒を強める。


 しかしそんな二人よりも、シャディルデアの眼中には今もなお淡々としているマオしか見えておらず、宣戦布告の指を差す。


「さあ、我から奪った根城、返してもらうぞ!!」


 シャディルデアの宣戦布告に、マオは数秒の沈黙。

 そして何かを思い出したかのように口を開いたかと思えば、今度は今までの飄々とした態度が嘘のように目を泳がせた。

 その様子に戸惑うシャディルデアだが、勢いよく宣戦布告した以上マオの出方を待つしかない。


 ルミナスもまた、その状況に困惑する。

 ユウはとある可能性を感じ取りマオに視線を流した。

 マオはユウの視線を受け取り小さく頷くと、悪事がバレた子供のように頬をかきながらシャディルデアの方を向き、


「……スマン、あの城消滅した」


「は? ……はぁあ!?」


 騎士のように古風で厳格なシャディルデアの様相から想像もつかない素っ頓狂な声が漏れる。

 怒りに声を震わせることはあっても厳格な雰囲気を保っていたシャディルデアだったが、マオのカミングアウトに動揺を隠せない。


「し、消滅? 我が財力と建築技術をもって作り上げ、砲弾の雨ですら防ぎきるあの傑作の城が……消滅? はっ、ぇえ……はぁ?」


「一年前に勇者がやって来て、その戦いでな。塵一つ残ってないから崩壊でも瓦解でもなく消滅した」


 と、消滅した原因その一が理由を語り、


「ていうかあの魔王城ってマオのじゃなかったのね……」


 と、消滅した原因その二が城を思い出す。


「いやでも私は奪ったつもりはないぞ。お前が良い感じの城を建てたから居座ってたら勝手にお前が出ていって、てっきり私にくれたものだと……」


「なわけなかろうが!!」


 当時のやり取りを知らないユウとルミナスも、おそらくシャディルデアの言っていることが正しいのだろうと小さく頷く。

 

「我が出て行っただ? 勝手に居座っては好き放題に使いまわし、最初は一室程度で我が放っておいたのをいいことに、徐々に浸食を広め、挙句の果てには文句一つ言わせてもらおうとした我を魔法で転移させて追いやったのは貴様だ!!」


「……あぁ、確かにお前が居なくなったのは確かにあのタイミングだったような……」


 マオは当時の事を思い出す。

 その時にはすでに魔王城の玉座がある大広間に居座り、本来シャディルデアが座るはずの椅子を我が物顔で座りながら本を読んでいた。

 そこで怒り心頭で扉を強く開けたシャディルデアが何かいろいろ叫んでいた気がするが、読書に集中するために魔法で東の方へ飛ばした記憶はある。

 

 それ以降、シャディルデアは城に帰ってくることはなかった。


「挙句の果てにこの我を差し置いて魔族の王? 貴様はどれほど我をコケにすれば気が済むのだ!!」


「「それは本当にマオ(マオさん)が悪い」」


 ユウとルミナスはついに思っていたことを口に出してしまう。

 さすがにマオも悪いと思ったのか、申し訳なさそうにはしている。


「ほらマオ、ちゃんと謝りなさい」


「……すいませんでした」


 ユウに優しく頭を押されて、マオは頭を下げる。

 ユウもまた腰を曲げて軽く頭を下げてシャディルデアに謝罪する。


「本人も反省しておりますのでどうか気を鎮めてくれない?」


「貴様は其奴のなんなのだ……」


 シャディルデアにとってマオは忌む相手とはいえ、仮にも宿敵と呼べる相手。

 そんな相手が人族と一緒に居るだけでなく、あろうことか頭を下げさせられている。

 そして人族から感じる圧倒的な存在感。

 ようやくシャディルデアはユウをしっかりと認識した。


 威圧するために人族なら吐き気を催す魔力をぶつけてみるも物怖じすることもない人族。

 数百年生きていて、このような人族に会ったことはなかった。


「貴様、一体何者だ?」


 シャディルデアの眼光がユウを目の前に鋭く光る。

 本来なら萎縮してしまうほどの睥睨をユウは気にも留めない。

 

「アタシはユウ、見ての通り人族よ」


「何故人族如きが魔族を従える? 何故人族如きに魔族たる貴様が従う?」


 魔族は利用価値があれば人族とつるむこともある。

 だが魔族としてのプライドが人族の下になることを本来許さない。

 魔族なら誰もが抱く純粋な疑問をシャディルデアはマオにぶつける。


「私はコイツのものであり、コイツは私のものだ。従属でも隷属でもない対等な関係――恋人ってやつだな」


 まさかの回答にシャディルデアは言葉を失う。

 

「恋人……。フフ、フハハハハハ!! 魔族と人族が恋仲? なんの茶番だ? 我ら魔族は他の種族とは分かり合えぬ。これは文化的でも、価値観でも無い。生物として我らは相容れぬ存在だ」

 

 魔族は瘴気の濃い場所を好み、魔法は瘴気を生み出す。

 それは他種族にとって害であり、魔物にとっては空気そのもの。

 生物として共存できる存在ではない。


「確かに、私達魔族は他種族と共存するにはいろいろと不便な生命体だ。だが不便ということは不可能という訳ではない。共存に必要なのは歩み寄りだ。私達が魔族としての在り方を自制すれば共存は十分可能だ」


「それはつまり魔力を使わぬということか? 魔法を探求しないということか? 他者を利用しないということか? あまりに滑稽だな。何故我らが人族如きに迎合せねばならぬ? 何故我らが種族的アドバンテージを抑えねばならぬ? 他が我らに従い、ひれ伏し、媚びる。共存の道はこれしかあり得ぬ」


「見解の相違だな。実に魔族らしい」


 魔族とは自分がすべてであり、他人はたとえ同種であろうと自身の為の道具でしかない。

 マオの方が異質な論であることをマオ自身も理解している。

 だからこそシャディルデアに理解してもらおうとも思っていない。


「だが貴様が現を抜かしているのもまた事実。ではその覚悟を見定めさせてもらおう。そこの女神の手先と貴様の恋人を殺せ。さもなくば我は人族……いや獣人やエルフなども踏まえた人類そのものを滅ぼす。手始めにあの街を滅ぼそうか」


 シャディルデアはサンドリアを指す。

 その条件にルミナスは驚き、ユウは冷静に状況を見守る。


「そこの人族らは貴様の所有物だろう? 自らの所有物を破棄してでも無関係な人類を守るのか、それとも無関係な人類を見捨て、自らの所有物を守るのか。理想か本能か、貴様はどうする?」


 人類を見捨て、自身のものを選ぶ。

 それは魔族の本能である己が欲望に従うと同義で、マオの語る共存の道はあくまでマオが取捨選択の自由を持っているが故のものとなる。

 それはシャディルデアが言った他種族が魔族に従う力関係での共存と同じだ。


 だが人類と対等な共存を望んでいることを証明するためには、マオはユウとルミナスを殺すという魔族として非合理的な選択を取らねばならない。


 と、言うのがシャディルデアの狙いなのだが――――、


「は? シャディル、お前は何を言ってる? ユウを殺すわけがないだろう。そこの小娘は……まぁ考えといてやる」


「ちょっとマオさん!? なんでわたしは悩むんですか?」


「いや私からユウを取ろうものならついやってしまう可能性が過ぎって断言出来なかった」


「ついみたいな軽い感じで殺意を抱かないでください!」


 あれほどの啖呵を切っておきながら結局は自分のものを選ぶ魔族らしい姿に、シャディルデアはつまらなそうにため息をつく。


「フン、高尚な理念を掲げようが、立派な理想を抱こうが所詮貴様は魔族だったということか……」


「勘違いするな。お前の出した話はいろいろと前提が破綻している」


「何?」


「お前の話は私達が人類の生殺与奪の権を握って初めて成り立つ。だが生憎、私もお前も人類を殺すことは出来ない。子供が玩具の剣で大人を人質に取り交渉しようとしているようなものだ」


 マオの言っていることがシャディルデアには理解が出来なかった。

 だがマオに侮られているような言い回しにシャディルデアの苛立ちは募るばかりだ。


「我が人類を殺せないだと? 貴様の比喩では我が人類を滅ぼすには実力不足と言っているように聞こえるが?」


「その通りだ。ここにユウがいる限り私達魔族は人類に手を出すことが出来ない」


 マオはユウの肩に手を乗せて自慢げに語る。

 だがユウの実力を測りかねているシャディルデアにとってはマオの言葉は理解に苦しむ。


「フン、たかが人族に何が出来る。確かに異様な雰囲気を感じ取れてはいるが所詮は人族。其奴に比べればまだ女神の信徒の方が可能性がある」


「それは聞き捨てならないな。良いだろう。ユウの素晴らしさについて教え込んでやる。そこに座れ。まずユウの扱うスキルは人族の中でも――」


「やめんかい!」


 プレゼンを始めるマオをユウは恥ずかしげに頬を赤らめながら頭を叩いて強制的に止める。

 不満げな眼差しをユウに向けるマオだが、展開される茶番のようなやり取りにシャディルデアは大きく息を吐く。


「実にくだらん。これ以上の問答は時間の無駄のようだ。ならば人類を皆殺しにし、貴様の理念と理想の崩壊をもって我が復讐としよう」


 シャディルデアの邪悪な魔力の波動に呼応し、生み出された影の馬が前足を上げて大きく嘶く。

 何か来ると感じたルミナスは警戒をさらに強め、ユウすらも構えるほどではないものの意識を集中させた――――。


お読みいただきありがとうございました!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたらブックマーク、感想、リアクションなどよろしくお願いします!


別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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