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光の聖女が来訪です。⑤

 朝陽が顔を出してから数時間が経過し、交易都市サンドリアは人で賑わい活気に満ちる。

 見つめていると吸い込まれそうな青空で生気が籠る光を放つ太陽は、点々と薄く浮かぶ白雲を無視するには十分な存在感を示している。


 空から注がれる栄養分に喜んでいるかのように騒めくサンドリアの東部にある森林地帯。

 港湾都市テルダムとの間に生い茂るこの森は瘴気が薄いため魔物の数は少なく、生息している魔物も新人冒険者が相手に出来る程度のものだ。


 そんな平和な森を目の前に集結する三人の少女。

 

 かつて“魔王”と呼ばれた少女――マオ。

 腰まで伸びたその艶やかな黒髪は漆陶のように陽の光を美しく反射させ、人を惑わすには十分な魅力を持つ深紅の瞳が目の前の森を不敵に見据える。

 膝上で丈が揺れるスカートとピシッと決まったホワイトシャツは若々しく、黒のロングコートと膝下まで伸びたブーツが大人の魅力を醸し出す。


 今もなお人類最強と称される“鎧の勇者”――ユウ。

 透き通るような青い瞳と一切の穢れがない雪のような白い髪はその毛先が紺色の襟元で静かに揺れる。

 同年代の少女よりは高い身長と、全身に纏う白銀の鎧が威圧感と圧迫感を出してはいるが、ショートパンツとハイソックスの間に僅かに見える色白の肌が、少女の魅力を強烈に印象付ける。


 そして聖騎士最高戦力にして女神の依り代とも謳われる“聖女”――ルミナス。

 小柄な体を純白の清い装束が包み込み、緑の中に一際映える白百合のような汚れなき存在感を引き出している。

 その一本一本に価値が付きそうなセミロングの柔らかな金髪は肩から胸元に掛かり、前髪の隙間から神秘的な美しさを覗かせる瞳は普段は芯のある強さを感じさせるが、今はどこか眠たそうに気力がなかった。


「ルミナス、大丈夫? あんまり眠れなかった?」


 陽光の明るさとは対照的なルミナスの曇り顔をユウはその澄み渡る青い瞳で覗き込む。

 突然視界に映り込んだユウの顔、その端麗なインパクトにルミナスの心臓は強く打ちつけられて数歩後退り、赤くなった顔を手で隠して平静を取り繕う。


「い、いえ大丈夫です。今目が覚めましたので」


「ふん、不眠は美容の大敵だ。それに寝ないと大きく育たないぞ」


 マオはルミナスに自身のプロポーションを見せつけるようにしながら挑発する。

 しかしルミナスはこれまた自信に満ちた顔で答えた。


「心配ご無用。わたしのお母様はマオさん以上に抜群の容姿をしてます。同じ血を引いてるわたしも将来的には安泰なのです。幼児体型とかロリ様とか聖女ちゃんとか散々弄ってくれた人達を見返すのが今からでも楽しみです」


「その言い草だと私以外にも言われてたんだな……」


 聖女という大層な敬称を持つルミナスの虚しい計画にマオは憐憫の視線を送る。

 その視線に少々気恥ずかしさを感じながら、ルミナスは仕切り直すように今日の目的を確認した。


「それで今から何をするんですか? わたしが手伝うという事は女神様の力が必要ということですよね?」


「そう。アタシがサンドリアの冒険者ギルドに登録しに行った時、ちょっとした依頼を受けてね。この森で大型魔物の影を見たっていう情報を受けてサンドリアの一級冒険者パーティーが調査しに行ったんだけど森で行方不明になったのよ」


「この森でですか? ですがこの森にはそれほど強力な魔物は生息していないはずですが……」


「一級冒険者パーティーの行方不明事件についてはこの森にいた魔族の仕業で解決したわ。ただそもそもの大型魔物の影っていうのが引っかかってね。アタシの感知スキルでも反応しなかったし、何度か調べてはいるんだけど進展なしなのよ」


「見間違いという可能性は? 新人パーティーの場合ストレスに慣れてなく、滝の音と魔物の呻き声を聞き間違えたなんて話もあるそうですし」


 ルミナスは冷静に可能性を提示するが、その可能性はすでにユウの中にもあるようで。


「もちろんその可能性もあるわ。一応その影を見たってパーティーに話を聞いたけど気が動転してるみたいだったから。けど、その可能性を証明するには他の可能性を払拭しないといけないのよね」


 消極的事実の証明。

 存在しないということを証明することは極めて困難だ。


「お姉様の言っていることは理解できますが、お姉様の力で見つからないのであればもうお手上げでは? わたしの感知能力はお姉様よりも劣りますし」


「それがそうでもないのよ。マオが少し心当たりがあるみたいでね」


 ユウに話を振られてマオはとある魔族を思い浮かべる。


「ああ。そいつは実体を影に、影を実体にする魔法を使っていた。あいつなら森の影に魔物を潜ませることも可能だ。ユウや私があぶり出そうとすればこの森そのものを消し炭にすればいい話だが、そのプランはユウに怒られたから却下だ。そこでお前の出番ってわけだ。聖典の中には広範囲に浄化の光を展開するものがあっただろう。それでこの森一帯を浄化してくれ。広すぎて無理というのであれば無理強いしないが」


「あまり甘く見ないでもらえます? 森一帯に力を使うことくらいどうってことありません。ですがあの技は効果範囲こそ広いですが、威力はそれほど強くありません。その魔物にダメージを与えられるかどうか……」


「それは問題ない。あくまで正体をあぶり出すためにつつくのが目的だ」


 件の森林地帯は大の大人でも土地勘が無ければ迷うに十分な広さを誇る。

 これほどの範囲に力を使うのは聖騎士長や教皇ですら難しい。

 だがこの場にいるのは人類最強と魔王。

 聖女の力に驚くことなく話を進める。


「分かりました。では始めます」


 そう言ってルミナスは数歩歩いて森へと近づく。

 金色の錫杖を構え、目を閉じて呼吸を整える。

 それは集中しているというより祈りを捧げているようで。


「“聖き御声を響かせる女神様よ・我が祈りを導きたまいて・影を祓う聖天の煌輝を注ぎ給え”……聖典第七章四節――聖赫玲瓏(セイカクレイロウ)


 ルミナスの身体から溢れる光の力。

 一切の穢れがない澄み切った活力みなぎる波動に、大気は歓喜を表すかのように震え、大地は心地よさに浸るかのように鎮まっている。

 玉のような声から発せられる祈りに反応するかのように、森林地帯の中央、その頭上に太陽の如き存在感を見せつける巨大な光球。

 

 その輝きは常人であれば手で目を覆ってしまうほどだが、その光はとても優しく温かい。

 閃光耐性のあるユウは聖女として力強さを感じさせるルミナスの背中に微笑み、魔族にとって毒となる浄化の光をマオは何食わぬ顔で見つめる。


 森全体が太陽の光を浴びているかのように青々と輝き、葉擦れの音はまるで歌っているかのように感じさせる。

 

 自然の生命力が満ち満ちている中、恵みの光源を黒い一閃が切り裂いた。


「なっ――――」


 突然のことにルミナスの研ぎ澄まされた集中力が驚きでプツリと切れる。

 光球は森全体を照らすほどに高く、そして大きい。

 それに込められた力の密度は凄まじく、簡単にどうにかできるものではない。


 それをいとも容易く切り裂き、二つに割れた光球は散り散りに光の粒子となって霧散する。

 状況が分からず立ち尽くすルミナスだが、呆気に取られている余裕などない威圧感が森の奥から感じ取れてすぐさま身構える。


「まったく……忌々しい力で我の気分を逆撫でするのはどこの誰だ?」


 その足音は重々しく、踏み出すごとに大地の悲鳴が聞こえるようだ。


「百年ぶりの地上だが、最悪の門出ではないか」

 

 その声は不機嫌そうで、魔物の唸り声以上の威圧感を感じさせる。


 海から陸に上がってくるかのように、その存在は影の中から姿を現した。

 身長は二メートルを超える巨漢、全身を包み込む黒曜の輝きをした漆黒の鎧は骨董的な価値と呪物的な雰囲気を混在させる。

 前に突き出ている兜から覗かせる眼光は不吉の象徴のように赤く、見られた側は猛獣に睨まれている気分だろうが、向こうは目前の存在を狩りの対象どころか石ころ程度の興味しか持っていない。


 存在の輪郭をぼやけさせる、力強く可視化された禍々しい魔力が全身から溢れて、ルミナスの聖なる力が対抗するように呼応する。


「ほう、あれほどの力……騎士団の仕業かと疑ったが、いるのは人族が一人と女神の盲信者が一人と……何故魔族がここにいる?」


 その存在はマオの姿を見て怪訝な感情を向ける。

 魔族が人族とつるむのは珍しいけれどあり得ない話ではない。

 だがすぐそばに女神の祝福を受けている存在が控えている。


 彼女の身体から漏れる聖なる力は魔族にとっては毒でしかない。

 利があっても関わらないのが魔族としての本能であり習性だ。


「マオさん、この魔族とお知り合いですか?」


 マオが心当たりがあると言った場所にこの禍々しい存在が現れた。

 目の前の騎士風の存在が魔族であることは女神の信徒でなくとも理解できる。

 後ろで控えるのは仮称だったとはいえ魔族の王と呼ばれた存在。

 そして目の前の存在もまた、魔族の王に引けを取らない存在感。

 ルミナスに聞かれてマオは冷静に答えた。


「黒騎士、暗黒騎士、亡霊や悪霊……奴に付けられた名は数多く存在するが、最も通りのいい名を言うのであれば――――六冥尊が一人、“影軍(えいぐん)のシャディルデア”」


「シャディルデア!?」


 マオから語られる名前にルミナスは戦慄せざるを得なかった――――。

お読みいただきありがとうございました!

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別の作品も投稿してますので是非!

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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