Episode 2-1 「神の国」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
ユリアが死んでから、五年が過ぎていた。
季節は巡る。
人は生まれ、死ぬ。
街は広がる。
だが。
ハザムだけは変わらない。
王城の高台から都市を見下ろしながら、ハザムは静かに目を細める。
巨大な円形闘技場。
歓声。
市場。
酒場。
夜の街。
混血種も、人間も、魔物も混ざり合いながら笑っている。
かつて救済のために始まった国は、今や巨大な文明になっていた。
「……随分、賑やかになったな」
ハザムが呟く。
隣に立つクメルが苦笑する。
「ハザム様が増やしたんじゃないですか」
クメル。
淡い茶髪の少女は、もう二十代半ばになっていた。
数年前、死にかけていた孤児。
ハザムが命を繋ぎ止めた少女。
今では王城専属の治癒士となっている。
彼女が指を向けた先では、闘技場の歓声が響いていた。
「今日も満席ですよ」
「そうか」
「“鋼鬼グラド”の五連勝らしいです」
ハザムは興味なさそうに視線を流す。
だが。
内心では理解していた。
人は争いを求める。
力を見たがる。
血に熱狂する。
なら。
管理した方がいい。
野放しにするより。
「……最近、夜の街も人増えてます」
クメルが少し呆れたように言う。
「南区画、また拡張するらしいですよ」
「需要があるなら必要だ」
「それ、王様の発言です?」
「欲は消えない」
ハザムは淡々と言った。
「だったら制御する」
クメルは少しだけ黙る。
昔なら、もっと言い返していた。
最近のハザムは、時々ひどく冷たい。
合理的すぎる。
まるで。
人を“数字”として見ているみたいに。
「……はい、水」
クメルが小瓶を差し出す。
ハザムはそれを受け取る。
その瞬間。
ふと、視線が止まった。
差し出し方。
少し首を傾げる癖。
昔。
似たような顔で、自分に水を渡してくる女がいた気がした。
暖かい午後。
白髪混じりの笑い声。
だが、細部がぼやけている。
思い出そうとすると、霧みたいに消えていく。
「……ハザム様?」
クメルが不思議そうに見る。
ハザムはゆっくり視線を逸らした。
「……いや」
違う。
クメルはユリアじゃない。
分かっている。
なのに最近。
時々、重なる。
ハザムは小さく息を吐いた。
「……似てきたな」
「え?」
「なんでもない」
クメルは首を傾げる。
その仕草がまた、少しだけ似ていた。
その時だった。
背後から足音がする。
「報告があります」
低い声。
振り返る。
黒い外套。
片腕だけ黒く変色した男。
黒騎士カズハ。
ハザム最古の側近。
誰も知らない。
この男が、かつて勇者だったことを。
「西方の小国群が同盟を組みました」
「理由は」
「“神の支配から人を解放するため”だそうです」
クメルが顔をしかめる。
「また反乱……?」
カズハは静かに続ける。
「中心人物の名は、レオン」
その名前に。
空気が少し変わった。
「若い男です。剣の腕、人望ともに突出」
「周辺国家の民衆支持も集めています」
ハザムは黙って聞いていた。
その反応を、クメルは少し不思議に思う。
普通なら即座に軍を動かす。
だがハザムは、どこか懐かしそうですらあった。
「……勇者か」
ぽつりと呟く。
カズハの目が、一瞬だけ揺れた。
ほんのわずかに。
昔を思い出したみたいに。
だが、それもすぐ消える。
「どうしますか」
カズハが問う。
ハザムは少し考えた後、静かに言った。
「好きにさせろ」
クメルが驚く。
「え?」
「人は希望を求める」
ハザムは闘技場を見下ろす。
歓声。
怒号。
熱狂。
「だったら、与えた方がいい」
クメルの背筋に、少し寒気が走る。
ハザムは続ける。
「どうせ最後には、理解する」
その目は、あまりにも静かだった。
まるで。
ずっと昔から、結末を知っているみたいに。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
よければ感想などいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




