Episode 2-2 「殺さない男」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
闘技場の歓声は、地鳴りみたいだった。
巨大な円形闘技場。
石造りの観客席は、人で埋まっている。
人間。
獣人。
混血。
商人。
貴族。
誰もが、血を求めていた。
中央では、一人の男が膝をついている。
鋼鬼グラド。
五連勝中の人気剣闘士。
二メートル近い巨体。
鋼を埋め込んだ両腕。
混血剣闘士の象徴。
そのグラドが、息を切らしていた。
対するのは、若い男。
白銀の鎧。
長剣。
汗に濡れた金髪。
そして、まっすぐすぎる目。
「立てるか?」
男が手を差し出す。
闘技場が、一瞬静まり返った。
次の瞬間。
大ブーイング。
「殺せぇぇ!!」
「首を取れ!!」
「終わらせろ!!」
レオンは振り返らない。
ただグラドを見ていた。
グラドは荒く息を吐きながら、その手を見る。
「……なんのつもりだ」
「勝負はついた」
「だから?」
「だから、終わりだ」
グラドが目を細める。
周囲では観客が怒号を飛ばしている。
物足りない。
もっと血を。
もっと死を。
彼らはそれを求めていた。
グラドは低く笑った。
「お前、この国向いてねぇぞ」
レオンも少し笑う。
「よく言われる」
そして。
グラドは、その手を取った。
歓声ではなく、困惑が闘技場を包む。
観客席の上。
黒い外套の男が、その光景を見下ろしていた。
名はナギ。
細い目。
感情の読めない顔。
隣にいた役人が舌打ちする。
「まただよ、あいつ」
「人気取りか?」
「殺さねぇ剣闘士なんざ、何が面白い」
ナギは答えない。
ただ、レオンを見ていた。
不思議な男だった。
強い。
なのに。
“奪う側”の目をしていない。
試合後。
闘技場裏の通路。
レオンは井戸水で血を洗っていた。
そこへ、ナギが現れる。
「……何だ?」
レオンが振り返る。
ナギは少し黙ってから言った。
「なぜ殺さなかった」
「殺す必要なかったから」
即答だった。
ナギは少し目を細める。
「観客は望んでた」
「だから?」
「ここでは、望まれることに価値がある」
レオンは苦笑する。
「変な国だな」
「そうか?」
「人が死ぬの見て喜んでる」
レオンは水を飲む。
「お前は平気なのか?」
ナギは少し考える。
闘技場の歓声。
剣闘士。
夜の街。
酒。
熱狂。
この国では、それらが“管理”されている。
争いを減らすために。
欲を暴走させないために。
理屈は理解していた。
だが。
理解と納得は違う。
「……分からない」
ナギは正直に答えた。
レオンは少し驚いた顔をする。
もっと冷たい答えが返ってくると思っていた。
「お前、この国の人間だろ?」
「ここで生まれた」
「なら、あいつを信じてるのか?」
“あいつ”。
つまりハザム。
ナギは少しだけ空を見る。
二つの月。
遠くで歓声が響いている。
「……ハザムは、多くを救った」
「でも?」
ナギはレオンを見る。
「人は、救われるだけで満足するのか?」
レオンは黙る。
その問いは、少しだけ鋭かった。
ナギは続ける。
「外の国は飢えてる」
「戦争も多い」
「ここでは、少なくとも生きられる」
レオンは静かに答えた。
「生きてるだけだ」
ナギの目が少し揺れる。
レオンは真っ直ぐ言った。
「人は、飼われるために生きるんじゃない」
その言葉を。
ナギは否定できなかった。
しばらく沈黙。
やがてレオンが笑う。
「……変な奴だな、お前」
「よく言われる」
「名前は?」
「ナギ」
「俺はレオン」
レオンが手を差し出す。
ナギは少し迷ってから、その手を握った。
温かかった。
その感触が、妙に記憶に残った。
同じ頃。
王城の最上階。
ハザムは静かに都市を見下ろしていた。
その視界の端に、文字が浮かぶ。
> 《観測対象:レオン》
《適性値:高》
ハザムは小さく目を細める。
「……そうか」
その声は。
ほんの少しだけ、楽しそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
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次回もよろしくお願いします。




