Episode 9-1 「八人目の勇者」
前書き
第九章「神殺し」。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死、観測。
ハザムは七人の勇者と一人の観測者から、多くの答えを受け取りました。
そして物語は、いよいよ最終局面へ入ります。
この章では、これまで語られなかった「世界の真実」と、「神」と「勇者」の本当の意味が明らかになります。
ここから先は、ハザムだけでなく、この物語そのものの答えへ向かう旅です。
最後まで見届けていただければ幸いです。
白い世界。
空は無い。
地面も無い。
風も。
音も。
時間さえ存在しない。
その中を。
ナギは歩いていた。
両手をポケットへ入れ。
いつものように。
面倒そうな顔で。
「相変わらず」
「何もねぇ場所だな」
返事はない。
一歩。
また一歩。
どこへ向かっているのか。
ナギ自身にも分からない。
だが。
迷ってはいなかった。
この場所に。
道など必要ない。
行くべき場所を思えば。
世界の方が道を作る。
やがて。
白い空間に。
黒い扉が現れた。
取っ手は無い。
文字も無い。
ナギが立ち止まる。
「三百年ぶりか」
扉が開く。
その先には。
無数の人影がいた。
顔はない。
名前もない。
同じ白い衣。
同じ姿。
同じ声。
観測者。
世界を見つめ。
記録し。
決して介入しない者達。
ナギは部屋へ入る。
扉が閉まった。
声が響く。
「観測者ナギ」
「最終観測を終了する」
ナギは肩をすくめる。
「勝手に終わらせるな」
「対象世界への介入」
「規定回数を超過」
「対象ハザム・ヴェルとの私的接触」
「三百十七年」
「国家運営への間接的干渉」
「勇者への助言」
「死者の再構築への黙認」
「世界法則への反逆」
次々と。
罪が読み上げられる。
ナギは欠伸をした。
「長いな」
「反論を許可する」
「ない」
即答だった。
白い人影達が。
僅かに揺れる。
「全て認めるのか」
「ああ」
「なぜ介入した」
ナギは少し考える。
「面白かったから」
沈黙。
「不適切な回答」
「じゃあ」
ナギは笑った。
「友達だったから」
さらに深い沈黙。
観測者達には。
理解できない。
見る者に。
情は必要ない。
記録する者に。
友は必要ない。
「観測者は」
「対象へ感情を抱いてはならない」
「知ってる」
「観測者は」
「世界の選択へ干渉してはならない」
「知ってる」
「観測者は」
「勇者を導いてはならない」
「それも知ってる」
「ならば」
声が重なる。
「なぜ規定に背いた」
ナギは目を閉じた。
建国したばかりの小さな村。
何も持たず。
ただ前へ進んでいた男。
怒り。
迷い。
壊し。
作り。
何度も間違えた。
灰神皇。
ハザム・ヴェル。
その周りには。
いつも誰かがいた。
レオン。
クメル。
シエル。
セイジ。
ノリア。
ガロウ。
リノア。
ユリウス。
マリア。
ジュリア。
アベル。
エリス。
生きた者。
死んだ者。
姿を変えた者。
それでも。
皆。
確かにそこにいた。
ナギは目を開く。
「見てるだけじゃ」
「分からなかったからだ」
「何を」
「人間を」
ナギは胸へ手を当てる。
「泣いてる奴の隣に立たなきゃ」
「そいつが何を感じてるかなんて分からない」
「酒を飲んで」
「喧嘩して」
「笑い合わなきゃ」
「友達が何なのかも分からない」
「俺は」
少しだけ笑う。
「観測したかったんだよ」
白い人影達が。
一斉にナギを見る。
「それは観測ではない」
「ああ」
ナギは頷く。
「生きるって言うらしいな」
静寂。
長い。
長い沈黙。
やがて。
中央の人影が前へ出る。
「観測者ナギ」
「処分を執行する」
白い光が集まる。
ナギの身体を包む。
手の先が。
少しずつ透け始める。
それでも。
ナギは動かない。
「観測権限を剥奪」
「記録を消去」
「存在を世界より抹消する」
ナギは自分の手を見る。
「そうか」
恐れは無い。
後悔も無い。
ただ。
少しだけ。
寂しそうに笑った。
「ミオに」
「明日も行くって言っちまったな」
光が強くなる。
その時。
別の声が響いた。
「処分を停止」
白い人影達が止まる。
ナギも顔を上げた。
空間の奥。
誰もいなかった場所に。
一つの玉座が現れる。
その上に。
一人の存在が座っていた。
人の姿。
だが。
人ではない。
観測者達が。
一斉に頭を下げる。
「世界意思」
ナギは目を細める。
「久しぶりだな」
玉座の存在は。
感情の無い瞳で。
ナギを見下ろした。
「観測者ナギ」
「否」
静かな声。
「第八勇者」
ナギの笑顔が消えた。
「……何?」
白い空間に。
言葉が響く。
「お前は観測者として」
「対象ハザム・ヴェルへ接触した」
「だが」
「観測開始時点より」
「お前には別の任務が与えられていた」
ナギは黙る。
「七人の勇者が」
「灰神皇へ答えを与えた」
「正義」
「戦争」
「思想」
「自由」
「愛」
「信仰」
「死」
一つずつ。
世界に言葉が浮かぶ。
そして。
最後の一つ。
「時間」
ナギの前に。
一振りの剣が現れた。
古びた剣。
刃こぼれだらけ。
何の力も感じない。
だが。
ナギは知っていた。
何百年も前。
自分が捨てた剣だった。
「お前は」
「最初から勇者だった」
ナギは剣を見つめる。
「冗談だろ」
「勇者ナギ」
「最終任務を命じる」
白い世界が震える。
ナギの前に。
ハザムの姿が映し出される。
城壁の上。
一人。
朝日を見つめている。
世界意思が告げる。
「神となった者を」
「殺せ」
ナギは。
しばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと。
剣を手に取る。
刃を見つめ。
小さく笑った。
「なるほど」
「そういう話か」
顔を上げる。
その瞳には。
もう笑みはなかった。
「断る」
世界が。
初めて。
大きく揺れた。
第九章。
神殺し。
その最初の勇者は。
神を殺すことを。
拒んだ。
後書き
第九章が始まりました。
タイトルは「神殺し」。
ですが、この章は単純な「神を倒す物語」ではありません。
神とは何か。
勇者とは何か。
そして、人はなぜ誰かを救おうとするのか。
これまで積み重ねてきた全ての章が、この章へと繋がっています。
次章はいよいよ最終章です。
長い旅も、あと少し。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




