Episode 8-8 「いつもの一日」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、ありがとうございます。
第八章のテーマは――**「観測」**です。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死。
ハザムは多くの答えを得てきました。
そして今回は、今まで誰よりも近くで、誰よりも遠くから彼を見続けてきた男の物語になります。
ゆっくりと、お付き合いいただければ幸いです。
朝。
王立図書館。
開館前。
ミオが扉を開ける。
静かな館内。
そして。
窓際。
「おはようございます」
ナギはいつもの席で本を読んでいた。
「おう」
いつもの返事。
ミオは笑う。
「安心しました」
「何がだ?」
「今日は来ないかと思ってました」
ナギは本を閉じる。
「毎日来るさ」
「仕事だから」
「はいはい、観測ですね」
「そう」
ミオは笑う。
もう。
このやり取りも日課だった。
朝の光。
本棚。
紙の匂い。
何も変わらない。
いや。
変わっている。
ナギだけが知っていた。
この平和は。
永遠ではないことを。
昼。
老人が本を借りる。
子どもが絵本を読む。
学生が居眠りをする。
若い夫婦が地図を広げる。
ナギは静かに眺める。
「どうしました?」
ミオが聞く。
「見てる」
「何をです?」
「今日を」
ミオは笑う。
「今日なんて毎日来ますよ」
ナギは小さく首を振った。
「同じ今日は」
「二度と来ない」
その言葉に。
ミオは返事ができなかった。
夕方。
閉館。
利用者が帰る。
館内は静まり返る。
ナギはゆっくり立ち上がる。
本を棚へ戻した。
いつもの場所。
何百年も変わらない手つき。
「帰りますか?」
「ああ」
出口へ向かう。
途中で。
ふと立ち止まった。
図書館を振り返る。
本棚。
机。
窓際の席。
静かな空気。
「いい場所だ」
ミオは笑った。
「また明日も来てください」
ナギは少しだけ黙る。
そして。
笑った。
「ああ」
優しい笑顔だった。
「また明日」
そう言って。
図書館を後にする。
夕暮れ。
帝都が茜色に染まる。
ナギは歩く。
王城とは逆方向へ。
人通りの少ない坂道。
空を見上げる。
「……いるんだろ」
返事はない。
だが。
空気が揺れる。
見えない誰かが。
確かにそこにいた。
ナギは肩をすくめる。
「そんなに見たいなら」
苦笑する。
「最後まで付き合え」
風が吹く。
長い髪が揺れる。
男は。
一歩。
また一歩。
歩き続ける。
誰にも見えない。
世界の境界へ向かって。
その背中を見送る者は。
誰もいなかった。
後書き
第八章が始まりました。
これまでナギは、どこか掴みどころのない旅人として描いてきましたが、この章では彼自身にスポットが当たります。
なぜ彼は何百年もの間、ハザムの隣にいたのか。
何を見て、何を考え、そして何を選ぶのか。
今まで何気なく交わしてきた会話にも、少しずつ意味が生まれていきます。
この章は派手な戦いよりも、「世界を見届ける者」の視点を大切に描いていく予定です。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




