Episode 8-5 「観測者の仕事」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、ありがとうございます。
第八章のテーマは――**「観測」**です。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死。
ハザムは多くの答えを得てきました。
そして今回は、今まで誰よりも近くで、誰よりも遠くから彼を見続けてきた男の物語になります。
ゆっくりと、お付き合いいただければ幸いです。
朝。
王立図書館。
ナギは今日も同じ席にいた。
ミオは笑う。
「皆勤賞ですね」
「そうだな」
「飽きません?」
「飽きない」
本を閉じる。
「毎日違うからな」
ミオは首を傾げる。
「同じ帝都ですよ?」
「違う」
ナギは窓の外を見る。
市場。
荷車。
子ども達。
老人。
旅人。
「昨日笑ってた子が今日は泣く」
「昨日喧嘩してた夫婦が今日は仲直りする」
「昨日生まれた子が」
少し間を置く。
「百年後には祖父になる」
ミオは苦笑した。
「また大袈裟な」
「俺にはそう見える」
静かな声だった。
その時。
一人の老人が本棚の前で立ち止まる。
「あれ……」
困った顔。
探している。
ナギは本から目を離さず言った。
「三列目」
「上から四段目」
「左から五冊目」
老人は歩く。
その場所を見る。
「あった!」
嬉しそうに本を抱える。
ミオは驚いた。
「見えてたんですか?」
「いや」
「覚えてるだけ」
「全部?」
「全部」
図書館中の本。
置き場所。
貸出状況。
破れたページまで。
全部。
「……怖いです」
「よく言われる」
また笑う。
昼。
ミオは昼食を広げる。
「ナギさんも食べます?」
「ありがとう」
小さなおにぎりを受け取る。
一口。
ゆっくり味わう。
「うまい」
「本当ですか?」
「うん」
「三百年生きても」
「飯はうまい」
二人で笑う。
その時だった。
ナギの手が止まる。
視線が。
窓の外へ向く。
笑顔が消えた。
ほんの一瞬。
「……来たか」
ミオは気付かない。
ただ。
窓の外で。
鳥達が一斉に飛び立った。
風もないのに。
木々が揺れる。
世界が。
誰かを拒絶するように。
静かに軋んだ。
ナギは立ち上がる。
「少し出てくる」
「え?」
「仕事だ」
ミオは笑った。
「また観測ですか?」
ナギも笑う。
「ああ」
「今度は本当の仕事だ」
図書館を出る。
誰もいない路地へ。
空を見上げる。
誰もいない。
だが。
そこにいる。
「姿くらい見せろ」
返事はない。
それでも。
ナギは分かっていた。
観測者を見つめる。
もう一人の観測者が。
世界の外側から。
静かに近付いていることを。
後書き
第八章が始まりました。
これまでナギは、どこか掴みどころのない旅人として描いてきましたが、この章では彼自身にスポットが当たります。
なぜ彼は何百年もの間、ハザムの隣にいたのか。
何を見て、何を考え、そして何を選ぶのか。
今まで何気なく交わしてきた会話にも、少しずつ意味が生まれていきます。
この章は派手な戦いよりも、「世界を見届ける者」の視点を大切に描いていく予定です。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




