Episode 8-4 「変わらない人」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、ありがとうございます。
第八章のテーマは――**「観測」**です。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死。
ハザムは多くの答えを得てきました。
そして今回は、今まで誰よりも近くで、誰よりも遠くから彼を見続けてきた男の物語になります。
ゆっくりと、お付き合いいただければ幸いです。
朝。
王立図書館。
開館前。
ミオは本棚を整えていた。
ふと。
窓際を見る。
いた。
昨日と同じ席。
昨日と同じ姿勢。
昨日と同じ本。
「……早いですね」
ナギはページをめくる。
「俺は毎日この時間だ」
「私より早いですよ?」
「仕事だからな」
「まだ言いますか、それ」
ミオは笑った。
昨日までなら。
ただの変な人。
でも今は違う。
灰神皇の友人。
三百年以上を生きる男。
そう思うだけで。
何を話せばいいのか分からなかった。
ナギは本を閉じる。
「今日は静かだな」
「平日ですから」
「そうか」
また沈黙。
ミオは意を決した。
「あの……」
「ん?」
「灰神皇様って……」
ナギは続きを待つ。
「昔はどんな人だったんですか?」
少しだけ。
ナギが笑う。
「弱かった」
「え?」
「泣くし」
「怒るし」
「失敗もする」
「毎日悩んでた」
ミオは思わず笑った。
「想像できません」
「だろうな」
ナギも笑う。
「あいつも最初から神じゃない」
「一人の人間だった」
その言葉は。
妙に温かかった。
ミオは少し考える。
「じゃあ……」
「ナギさんは?」
「何だ」
「昔は何をしてたんですか?」
ナギは窓の外を見る。
帝都。
人が歩く。
子どもが走る。
市場が賑わう。
そして。
静かに答えた。
「見てた」
「見る?」
「困ったら助けた」
「困らなければ見てた」
「それだけ」
ミオは首を傾げる。
「変わった人ですね」
「よく言われる」
二人は笑った。
昼になる。
図書館にも人が増え始める。
老人。
学生。
親子。
それぞれが本を手に取る。
ナギは。
その一人ひとりを見ていた。
「みんな違う」
ぽつりと呟く。
「だから面白い」
ミオには。
その意味が分からなかった。
夕方。
閉館の鐘が鳴る。
利用者が帰っていく。
ナギも立ち上がった。
「また明日ですか?」
「多分な」
「友達のところには?」
「今日は行かない」
「そうなんですね」
ナギは出口へ向かう。
夕焼け。
帝都が赤く染まる。
石畳を歩きながら。
ふと空を見上げた。
青空の奥。
誰にも見えない場所。
ナギだけが。
静かに笑う。
「一人増えたか」
返事はない。
あるのは。
見えない視線だけ。
ナギは肩をすくめる。
「見てるだけなら好きにしろ」
一歩。
また一歩。
歩みは止まらない。
「俺は逃げない」
誰へ向けた言葉でもない。
ただ。
何百年も変わらない笑顔で。
男は。
夕暮れの帝都を歩いていった。
後書き
第八章が始まりました。
これまでナギは、どこか掴みどころのない旅人として描いてきましたが、この章では彼自身にスポットが当たります。
なぜ彼は何百年もの間、ハザムの隣にいたのか。
何を見て、何を考え、そして何を選ぶのか。
今まで何気なく交わしてきた会話にも、少しずつ意味が生まれていきます。
この章は派手な戦いよりも、「世界を見届ける者」の視点を大切に描いていく予定です。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




