Episode 8-3 「静かな帝都」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、ありがとうございます。
第八章のテーマは――**「観測」**です。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死。
ハザムは多くの答えを得てきました。
そして今回は、今まで誰よりも近くで、誰よりも遠くから彼を見続けてきた男の物語になります。
ゆっくりと、お付き合いいただければ幸いです。
ナギが帰った。
執務室。
静寂が戻る。
ハザムは椅子に深く腰を下ろした。
窓の外では。
今日も帝都が動いている。
商人の声。
子ども達の笑い声。
職人達の槌の音。
誰もが。
当たり前の一日を生きていた。
「……平和だな」
小さく呟く。
建国した頃は。
こんな日々を夢見ていた。
人が笑い。
子どもが走り。
争いを知らずに眠れる国。
それだけで良かった。
だが。
そこへ辿り着くまで。
あまりにも多くを失った。
レオンは。
最後まで正義を貫いた。
カズハは。
最後まで自分らしく生きた。
シエルは。
理想を語り続けた。
ノリアは。
人を信じ続けた。
ユリウスは。
愛を教えてくれた。
マリアは。
誰よりも人を育てた。
ガロウは。
最後まで自由だった。
皆。
それぞれの答えを残していった。
「……俺だけか」
取り残されたような気がした。
違う。
実際には。
白騎士も。
黒騎士も。
今もこの城にいる。
だが。
あの頃のレオンでも。
あの頃のカズハでもない。
ハザム自身が。
そう変えた。
後悔はない。
それが最善だった。
それでも時折。
思い出す。
笑い合っていた日々を。
喧嘩ばかりしていた日々を。
何も持たず。
何者でもなかった頃を。
その全てを。
隣で見ていた男がいる。
ナギ。
あいつだけは。
何百年経っても変わらない。
立場も。
力も。
考え方も。
変わったはずなのに。
笑い方だけは。
昔のままだった。
「……敵わんな」
ハザムは苦笑した。
その時だった。
部屋の空気が止まる。
風が消えた。
鳥の声も。
街の喧騒も。
ほんの一瞬だけ。
世界から音が消える。
ハザムはゆっくり立ち上がる。
窓へ歩く。
空を見上げた。
青空。
その奥。
誰かがいる。
見えない。
姿もない。
だが。
確かに。
見られている。
「始まるか」
恐れはない。
逃げるつもりもない。
ハザムは静かに目を閉じる。
「ナギ」
「お前は知っていたんだな」
返事はない。
あるはずもない。
それでも。
どこか安心していた。
あいつなら。
最後まで笑う。
そんな気がした。
帝都には。
今日も夕日が沈む。
誰も知らない。
世界の外側で。
静かに。
運命の歯車が回り始めていることを。
後書き
第八章が始まりました。
これまでナギは、どこか掴みどころのない旅人として描いてきましたが、この章では彼自身にスポットが当たります。
なぜ彼は何百年もの間、ハザムの隣にいたのか。
何を見て、何を考え、そして何を選ぶのか。
今まで何気なく交わしてきた会話にも、少しずつ意味が生まれていきます。
この章は派手な戦いよりも、「世界を見届ける者」の視点を大切に描いていく予定です。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




