Episode 8-2 「三百年の友人」
前書き
ここまで『神になるには、遅すぎた』を読んでいただき、ありがとうございます。
第八章のテーマは――**「観測」**です。
建国、戦争、思想、自由、愛、信仰、死。
ハザムは多くの答えを得てきました。
そして今回は、今まで誰よりも近くで、誰よりも遠くから彼を見続けてきた男の物語になります。
ゆっくりと、お付き合いいただければ幸いです。
王城。
帝国の中心。
灰神皇の居城。
ナギはいつものように正門へ向かった。
門番が敬礼する。
「お待ちしておりました」
「今日もですか」
「今日もだ」
ナギは欠伸をする。
「律儀だな」
門番が笑う。
「止めろと言われたことがありませんので」
「そりゃそうだ」
「どうぞ」
ナギは軽く手を振り。
王城へ入っていく。
その様子を。
少し離れた場所から見ている少女がいた。
ミオだった。
図書館から資料を届けに来た帰り。
偶然。
本当に偶然だった。
「……え?」
門番が。
敬礼した。
あの。
灰神皇の王城へ。
顔パスで。
「あの人……」
昨日の話。
全部。
本当だったの?
思わず門番へ近付く。
「あ、あの……」
「はい?」
「今の人って……」
「ああ、ナギ様ですか」
"様"
ミオは目を丸くする。
「灰神皇様のご友人ですよ」
「…………え?」
「三百年以上のお付き合いだそうです」
ミオの思考が止まる。
三百年。
昨日。
冗談だと思って笑った。
まさか。
本当だったなんて。
「し、失礼しました!」
慌てて資料を抱え直し。
城内へ走る。
頭の中は。
「え?」
だけだった。
・・・
最上階。
執務室。
コンコン。
「入れ」
ナギは返事もせず扉を開けた。
広い部屋。
窓から帝都が見える。
机に向かう男。
灰神皇。
ハザム・ヴェル。
ペンを置く。
「遅かったな」
「仕事してた」
「図書館か」
「うん」
ハザムが笑う。
「相変わらず人間観察か」
「飽きない」
「何百年見てもか?」
「何百年見ても」
少しだけ沈黙。
ハザムが立ち上がる。
窓際へ歩く。
帝都を眺める。
「平和だな」
「平和だ」
「昔は毎月戦ってた」
「毎月誰か来てたな」
二人とも笑う。
「あの頃のお前は酷かった」
「そうか?」
「俺が止めなきゃ国が三つくらい消えてた」
「……否定できん」
「できないだろ」
笑い声が部屋に響く。
そこへ。
コンコン。
「失礼します」
ミオだった。
紅茶を運んできた。
部屋へ入り。
固まる。
ナギが。
ソファでくつろいでいた。
「おう」
軽く手を上げる。
「お、おう……じゃありません!」
思わず声が裏返る。
ハザムが首を傾げた。
「知り合いか?」
「図書館の司書です」
「ほう」
ハザムは微笑む。
「いつも世話になっている」
「い、いえ!」
緊張で頭が真っ白だった。
震えながら紅茶を置く。
ナギは勝手にカップを持つ。
一口飲む。
「うまい」
「まだ灰神皇様が飲んでません!」
「いいだろ別に」
「よくありません!」
ハザムは吹き出した。
「ははは」
久しぶりだった。
腹を抱えて笑うのは。
「ナギ」
「なんだ」
「怒られてるぞ」
「理不尽だ」
「自業自得だ」
三人の空気が和らぐ。
ミオは思った。
この人。
本当に。
友達なんだ。
灰神皇の。
畏れる相手でも。
傅く相手でもない。
ただの。
友達。
「失礼しました」
ミオは一礼し。
部屋を出た。
扉が閉まる。
静寂。
さっきまでの笑顔が消える。
ナギが窓を見る。
「……来た」
ハザムも視線を上げる。
「ああ」
「気付いてたか」
「昨日からな」
風が止む。
世界が。
静まり返る。
ナギは苦笑した。
「今回は本気らしい」
「お前を消す気か」
「そういうことだ」
ハザムは黙る。
長い沈黙。
やがて。
静かに口を開いた。
「逃げるか」
ナギは笑った。
「誰から?」
その一言で。
答えは決まった。
ハザムも笑う。
「そうだったな」
ナギは立ち上がる。
窓の外。
青空。
そのさらに向こう。
世界の外側。
誰かが。
こちらを見ている。
ナギはポケットへ手を入れた。
「まあ」
「友達との約束くらいは守るさ」
そう言って。
いつものように笑った。
後書き
第八章が始まりました。
これまでナギは、どこか掴みどころのない旅人として描いてきましたが、この章では彼自身にスポットが当たります。
なぜ彼は何百年もの間、ハザムの隣にいたのか。
何を見て、何を考え、そして何を選ぶのか。
今まで何気なく交わしてきた会話にも、少しずつ意味が生まれていきます。
この章は派手な戦いよりも、「世界を見届ける者」の視点を大切に描いていく予定です。
最後まで見届けていただけると嬉しいです。




