Episode 7-7 「死を受け入れる者」
第7章 前書き
ここまで読んでいただきありがとうございます。
建国から始まったこの物語も、気付けば随分と長い時間が流れました。
正義。 思想。 自由。 愛。 信仰。
様々な勇者達が現れ、 それぞれの答えをハザムへぶつけてきました。
そして第7章のテーマは――
「死」
です。
どれだけ文明が発展しても。 どれだけ世界が平和になっても。
人は死にます。
大切な人も。 愛した人も。 いつか必ず。
それは神であっても変えられないのかもしれません。
今回の勇者アベルは、 これまでの勇者達とは少し違います。
世界を変えたい訳でも、 神を倒したい訳でもありません。
ただ、 人の最期を見届け続ける男です。
そして久しぶりに、 ハザムの家族とも言える存在、 エリスも登場します。
神になった男が、 死をどう受け入れるのか。
楽しんでいただければ幸いです。
それでは第7章、 「死の勇者編」 始まります。
秋。
帝都。
王立病院。
病室は静かだった。
窓の外。
紅葉が揺れている。
アベルはベッドへ横たわっていた。
痩せていた。
顔色も悪い。
帝国最高の医師達。
神官達。
治療師達。
全員が集まった。
それでも。
治らない。
病名は分からない。
呪いでもない。
病でもない。
寿命でもない。
ただ。
少しずつ命が削られていく。
アベルだけが知っていた。
自分の寿命。
残り三日。
二日。
一日。
そして。
今日。
誰にも言わなかった。
言えば止められる。
だから。
言わなかった。
病室の扉が開く。
エリスだった。
目が赤い。
最近ずっと泣いている。
アベルは苦笑した。
「そんな顔をしないでください」
エリスは怒った。
「します」
即答だった。
「患者に気を使われる医療神官なんて失格です」
アベルは笑う。
エリスは泣く。
最近ずっとその繰り返しだった。
しばらく沈黙。
やがて。
エリスが聞く。
「怖いですか」
アベルは窓を見る。
空を見る。
そして。
首を振った。
「いいえ」
本当だった。
怖くない。
悲しいだけだった。
もっと生きたかった。
もっと話したかった。
もっと笑いたかった。
それだけだ。
その時。
空間が歪む。
病室が静まり返る。
現れた。
灰神皇ハザム・ヴェル。
後ろには。
白騎士レオン。
黒騎士カズハ。
紫衣卿セイゼル。
白銀の詩唱卿リオ。
帝国の神話。
全員が揃う。
エリスが立ち上がる。
「おじいさま……」
ハザムはアベルを見る。
静かに。
長く。
そして言った。
「死ぬのか」
アベルは笑った。
「見れば分かるでしょう」
沈黙。
ハザムは近づく。
ベッドの前。
右手を伸ばす。
空間が揺れる。
エリスの顔色が変わる。
リオも目を伏せる。
紫衣卿は黙る。
誰もが知っている。
再構築。
レオン。
カズハ。
セイゼル。
リオ。
全員そうだった。
ハザムは言う。
「残してやる」
静かな声。
「お前は有用だ」
「帝国に必要だ」
「死ぬには惜しい」
魔法陣が広がる。
アベルはそれを見ていた。
そして。
笑った。
穏やかに。
本当に穏やかに。
「嫌です」
魔法が止まる。
病室が静まり返る。
エリスも驚く。
ハザムだけが見ている。
アベルは続ける。
「ずっと考えていました」
「貴方達を見て」
「空白を見て」
窓から光が差し込む。
「不死の種族は知っています」
「寿命が無限の者も見た事があります」
「でも」
静かな声。
「貴方達は違う」
白騎士を見る。
黒騎士を見る。
紫衣卿を見る。
リオを見る。
そして。
ハザムを見る。
「貴方達には終わりが無い」
「だから」
「終わり方を忘れている」
病室が静まり返る。
誰も否定できない。
アベルは小さく咳き込む。
それでも続ける。
「私は終わります」
「だからいいんです」
ハザムが言う。
「見届ける義務がある」
アベルは首を振る。
「違います」
沈黙。
「見届ける義務があるのは」
ゆっくりと。
ハザムを見る。
「貴方です」
風が吹く。
紅葉が舞う。
「人の人生を」
「別れを」
「終わりを」
「残された者達を」
アベルは笑う。
「貴方は強すぎる」
「だから」
「失う事から逃げてきた」
その言葉に。
リオが目を閉じる。
紫衣卿は黙る。
レオンも。
カズハも。
動かない。
だが。
誰も否定しなかった。
アベルは呼吸を整える。
残り少ない命。
それでも。
最後まで言う。
「死ぬ事は敗北じゃありません」
「終わる事も」
「消える事も」
「きっと悪い事じゃない」
静かな声。
「だから」
「受け入れてください」
長い沈黙。
誰も喋れない。
エリスは泣いていた。
アベルは彼女を見る。
初めて。
真っ直ぐ。
逃げずに。
「好きでした」
エリスが固まる。
涙が止まる。
アベルは苦笑した。
「だから距離を取りました」
「情けないですね」
エリスは何度も首を振る。
言葉にならない。
アベルは満足そうだった。
ようやく言えた。
ずっと言えなかった言葉を。
老人の言葉を思い出す。
言わなかった事は残る。
だから。
言った。
それで良かった。
窓から風が吹く。
紅葉が舞う。
アベルは最後にハザムを見る。
「お願いします」
それだけだった。
頭上の数字。
『0』
静かに消える。
病室は静まり返る。
誰も動かない。
誰も喋らない。
長い沈黙。
そして。
ハザムは伸ばした手を下ろした。
再構築しない。
初めてだった。
救えたはずの人間を。
そのまま送る。
エリスの嗚咽だけが響く。
ハザムは窓の外を見る。
秋の空。
遠く。
どこまでも高かった。
その瞬間。
脳裏に浮かぶ。
黒髪の女。
「ホント遅い」
寂しそうに笑った顔。
シエル。
ハザムは目を閉じる。
そして。
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「そうだな」
その日。
勇者アベルは死んだ。
そして。
灰神皇ハザム・ヴェルは。
初めて。
誰かの死を受け入れた。
第7章 後書き
第7章を読んでいただきありがとうございました。
この作品は長い間、
「生きるとは何か」
をテーマに書いてきました。
ですが、その答えを考えるなら、
どうしても避けられないものがあります。
それが――
死です。
ハザムはこれまで多くの人を失いました。
レオン。
シエル。
ノリア。
そして数え切れない人々。
その度に前へ進みながらも、 どこかで受け入れる事を避けてきたのかもしれません。
今回登場するアベルは、 誰かを倒すための勇者ではありません。
誰かの最期を見届ける勇者です。
そしてエリスもまた、 命と死に向き合い続ける人物になります。
派手な戦争や国家運営とは少し違う章になりますが、 この物語の核心へ近付く章になると思っています。
神は死を超えられるのか。
それとも。
死を受け入れる事こそが人間らしさなのか。
そんな事を考えながら読んでいただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いいたします。
『神になるには、遅すぎた』作者より。




