Episode 1-3 「はじまりの罪」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
悲鳴は、短かった。
助けを求めるというより、喉を潰されたような声。
そのあとに聞こえたのは、肉を裂く音だった。
ハヤマの背筋に冷たいものが走る。
「……おい」
ユリアは立ち上がっていた。
獣耳が森の奥へ向いている。
「三人」
「は?」
「人が三人。あと、大きいのが一匹」
“大きいの”。
その言い方だけで嫌な想像が浮かぶ。
ハヤマは立ち上がる。
「逃げるぞ」
ユリアが振り返った。
「助けないの?」
「助けるって……」
ハヤマは言葉に詰まる。
戦えるわけがない。
さっきの狼だって、偶然どうにかなっただけだ。
現代日本の会社員だった男に、化け物と戦う覚悟なんてあるはずがない。
だが。
また悲鳴が響く。
今度は女の声だった。
ハヤマは舌打ちする。
「クソ……!」
ユリアは黙って見ていた。
試すように。
いや。
観察するように。
「……行くぞ」
ユリアは少しだけ目を細めた。
それが、笑ったようにも見えた。
森を進む。
湿った土。
木の根。
息が上がる。
だがユリアは静かだった。
音もなく歩く。
やがて木々が開ける。
そこには、小さな荷車があった。
横転している。
血。
そして。
死体。
男が二人。
胸を裂かれていた。
その前に立っていたのは、巨大な熊だった。
黒い毛並み。
筋肉の塊みたいな身体。
口元から血が垂れている。
その後ろで、一人の少女が震えていた。
十代前半くらいか。
腰が抜けて動けない。
熊がゆっくり少女へ近づく。
ハヤマの足が止まる。
無理だ。
勝てる相手じゃない。
逃げろ。
頭の中で何度も警告が鳴る。
だが。
少女と目が合った。
その目は、“諦めた目”だった。
助からないと理解している目。
その瞬間。
ハヤマの中で、何かが引っかかった。
――ああ。
昔の俺みたいだ。
誰も来ないと思ってる目だ。
熊が少女へ腕を振り上げる。
ハヤマは叫んでいた。
「ユリア!!」
空気が歪む。
ユリアの瞳が赤く光った。
次の瞬間。
熊の身体が、地面へ叩きつけられる。
轟音。
土が跳ねる。
熊が咆哮する。
だが動けない。
見えない何かに押さえつけられていた。
ハヤマは息を呑む。
ユリアが、静かに前へ出る。
その姿は、小さな少女なのに。
どこか、“人ではない何か”に見えた。
熊が恐怖に震えている。
ユリアは熊を見下ろしたまま言う。
「どうする?」
「……え?」
「殺す?」
ハヤマの心臓が跳ねる。
その言葉が、あまりにも軽かった。
まるで。
虫を潰すか聞くみたいに。
「いや……」
「でも、また襲うよ?」
ハヤマは言葉を失う。
熊は暴れている。
少女は泣いている。
死体の血の匂いがする。
ここは日本じゃない。
人が簡単に死ぬ世界。
その現実が、急に目の前へ押し寄せてくる。
ユリアがもう一度聞いた。
「どうするの、ハヤマ」
その問いは、熊の話じゃなかった。
命を奪うのか。
見捨てるのか。
選べという話だった。
ハヤマは震える手を握り締める。
そして。
「……殺せ」
そう言った瞬間。
熊の首が、不自然な方向へ折れた。
ゴキリ、と。
乾いた音が響く。
静寂。
森から音が消える。
ハヤマの喉が震える。
胃の奥が気持ち悪い。
だが、吐けなかった。
ユリアは熊を見下ろしたまま、小さく呟く。
「……そっか」
少女が泣きながらこちらを見る。
「た、助けて……」
ハヤマはその声を聞きながら、熊の死体を見ていた。
自分が殺した。
命令した。
人を救うために。
そのはずなのに。
胸の奥で、何かが静かに軋む音がした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
よければ感想などいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




