Episode 5-5 「側室」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
王都。
灰神神殿。
その日。
鐘が鳴った。
静かに。
厳かに。
何度も。
何度も。
人々は理解した。
神殿で何かが起きている。
やがて。
噂は一瞬で広がった。
「神に最も近い女が選ばれた」
「新たな神妃だ」
「灰神皇の側室だ」
王都は祝福に包まれた。
誰も疑問を抱かない。
むしろ当然だった。
灰神皇。
世界を救った神。
その隣に立つ資格を持つ者。
それがリノアだった。
――
だが。
当の本人だけは。
少しも幸せではなかった。
純白の衣。
神殿奥の居室。
豪華な調度品。
侍女。
護衛。
何もかもが揃っている。
なのに。
息苦しい。
窓の外を見る。
王都。
人々。
自由な街。
その光景が妙に遠かった。
コンコン。
扉が鳴る。
侍女だった。
「リノア様」
「本日の謁見のお時間です」
リノアは小さく頷く。
「……分かりました」
静かな声だった。
――
王城。
執務室。
ハザムは書類へ目を通していた。
属州報告。
交易。
人口推移。
何も変わらない日常。
扉が開く。
リノアが入ってくる。
頭を下げる。
「失礼します」
ハザムは視線を上げる。
そして少しだけ止まる。
白い装束。
神殿の衣。
その姿を見て。
何故か安心した。
リノアは気付かない。
ハザムも気付かない。
しばらく沈黙。
やがてハザムが言う。
「生活に不便はないか」
「ありません」
「不足は」
「ありません」
模範解答。
だが。
どこか距離がある。
ハザムは書類を閉じた。
「何かあるな」
リノアの肩が少し震える。
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
小さな声。
「……あります」
ハザムは黙って待つ。
リノアは窓を見る。
王都。
神殿。
その向こう。
市場。
人々。
そして。
ある青年。
「会いたい人がいます」
その瞬間。
空気が少しだけ変わった。
ハザムは表情を変えない。
だが。
胸の奥が僅かにざわつく。
理由は分からない。
リノアは続ける。
「その人といると」
「安心するんです」
「笑えるんです」
静かな告白だった。
恋だと。
まだ本人も気付いていない。
だが。
ハザムには分かった。
面白くなかった。
酷く。
面白くなかった。
沈黙。
そして。
ハザムは静かに言う。
「そうか」
それだけだった。
怒らない。
責めない。
だが。
その声は少しだけ冷たかった。
――
その日の夕方。
王都中央広場。
ユリウスは相変わらずだった。
老人の荷物を運び。
子供に遊ばれ。
困っている人を放っておけない。
そんな男。
「ユリウス!」
声。
振り返る。
リノアだった。
ユリウスの顔が明るくなる。
「リノアさん!」
リノアは少し笑う。
自然に。
本当に自然に。
ユリウスの前だけ。
それが出来た。
しばらく二人で歩く。
市場。
露店。
夕焼け。
平和な時間。
ユリウスが笑う。
「最近会えなかったですね」
リノアは少し迷う。
言うべきか。
言わないべきか。
だが。
結局。
言った。
「私」
「灰神皇様の側室になりました」
ユリウスの足が止まる。
沈黙。
夕風だけが吹く。
やがて。
ユリウスは笑った。
少し無理に。
「すごいじゃないですか」
リノアは苦しかった。
違う。
そんな顔を見たいんじゃない。
そんな言葉を聞きたいんじゃない。
ユリウスは続ける。
「おめでとうございます」
その笑顔が。
妙に悲しく見えた。
リノアは気付く。
胸が痛い。
初めて。
はっきりと。
理解してしまう。
自分は。
ユリウスと一緒にいたい。
神の隣じゃない。
世界の中心でもない。
ただ。
この人の隣がいい。
夕焼けの中。
リノアは黙ったまま立ち尽くす。
そして。
王城最上階。
窓辺のハザムは。
遠く。
二人の姿を静かに見つめていた。
胸の奥のざわめきは。
もう。
無視できないほど大きくなっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。
ハザムは、 世界を救うことはできました。
ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。
そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです




