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『神になるには、遅すぎた』 ―誰にも求められなかった男の創世記―  作者: 凡夫 成


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37/80

Episode 5-6 「駆け落ち」

いつも読んでいただきありがとうございます。

『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。

主人公は決して善人ではありません。

ですが、悪人とも少し違います。

長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。

そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは本編をどうぞ。


その夜。


雨が降っていた。


王都。


神殿区画。


神に最も近い巫女リノアは、一人で窓の外を見ていた。


眠れなかった。


最近ずっとそうだった。


考えてしまう。


ユリウスのことを。


笑顔。


不器用な優しさ。


誰かのために損をする生き方。


そんなもの。


今まで知らなかった。


リノアは自分の胸へ手を当てる。


苦しい。


でも。


嫌じゃない。


その時だった。


窓へ小石が当たる。


コツ。


コツ。


リノアが目を見開く。


窓を開ける。


そこにいた。


びしょ濡れのユリウス。


「何やってるんですか!?」


思わず声が漏れる。


ユリウスは困った顔で笑った。


「いや」


「会いたくて」


沈黙。


リノアの顔が赤くなる。


ユリウスも気まずそうだった。


しばらく沈黙。


雨音だけ。


やがて。


ユリウスが言う。


「駄目ですよね」


リノアは答えられない。


駄目だ。


神の側室。


世界で最も逃げてはいけない立場。


分かっている。


全部。


それでも。


ユリウスが続ける。


「俺」


「神様には勝てません」


笑う。


寂しそうに。


「国も」


「力も」


「何も持ってない」


リノアは黙って聞いていた。


ユリウスは下を向く。


「でも」


そこで顔を上げた。


真っ直ぐだった。


「一緒にいたいんです」


雨音が消えた気がした。


リノアの胸が強く鳴る。


今まで。


誰もそんな事を言ってくれなかった。


何者かではなく。


神に近いからでもなく。


ただ。


一緒にいたい。


それだけ。


リノアの目から涙が零れる。


ユリウスが慌てる。


「ご、ごめんなさい!」


「泣かせるつもりじゃ――」


リノアは首を振る。


涙を拭う。


そして。


小さく笑った。


「行きましょう」


ユリウスが固まる。


「……え?」


リノアはもう一度言う。


「一緒に」


「行きましょう」


その瞬間。


ユリウスは人生で一番驚いた顔をした。



---


翌朝。


神殿は大騒ぎになった。


神に最も近い巫女。


灰神皇の側室。


リノア失踪。


王都全域封鎖。


街道封鎖。


転移門封鎖。


神官達は青ざめた。


誰も経験した事がない。


前代未聞だった。



---


王城。


最上階。


執務室。


紫衣卿セイゼルが跪く。


「確認しました」


静かな声。


「リノア殿はユリウスと共に王都を離脱」


沈黙。


長い沈黙。


ハザムは窓の外を見ていた。


何も言わない。


怒っているようにも見えない。


悲しんでいるようにも見えない。


ただ静かだった。


紫衣卿は続ける。


「追跡部隊は既に――」


「何故だ」


紫衣卿が止まる。


ハザムは窓の外を見たまま呟く。


「何故」


「逃げる」


その声は。


怒りではなかった。


本当に理解できない。


そんな声だった。


紫衣卿も答えられない。


やがてハザムが言う。


「不足はなかった」


「地位も」


「名誉も」


「安全も」


「全て与えた」


静かな声。


だが。


どこか苦しそうだった。


「何故」


「私では駄目だった」


紫衣卿が目を閉じる。


それは。


神が初めて口にした弱音だった。



---


紫衣卿が退室する。


扉が閉まる。


広い執務室。


静寂。


ハザムだけが残った。


誰もいない。


昔からそうだった。


ずっと。


そうだった。


その時。


不意に。


頭の奥で何かが軋む。


知らない記憶。


知らないはずの光景。


白い部屋。


夜。


酒もない。


笑い声もない。


ただ静かな部屋。


そして。


誰かが呟いている。



---


『……寂しいな』



---


ハザムの瞳が揺れる。


誰だ。


その声は。


知らない。


だが。


知っている。


自分だ。


何百年も前。


シエルを失った後。


ノリアを失うよりも前。


ガロウがまだ奈落街にいた頃。


誰にも見せなかった夜。


誰にも聞かせなかった本音。



---


『話し相手が欲しい』



---


『私を理解する者が欲しい』



---


『誰か』



---


『誰かいてくれ』



---


次々と記憶が流れ込む。


研究室。


魔法陣。


魂の欠片。


感情の抽出。


禁術。


そして。


一人の少女。


白い髪。


透き通る瞳。


自分を見つめる幼い少女。



---


『名前は』



---


『リノア』



---


ハザムが立ち上がる。


椅子が倒れる。


何百年ぶりか分からない。


動揺だった。


忘れていた。


自分で封じた。


思い出さないようにした。


それでも。


今。


全部繋がる。



---


「そうだ」



---


小さく呟く。



---


「そうだった」



---


胸の奥が痛む。



---


「私は……」



---


記憶の中の少女。


神殿で祈るリノア。


ユリウスへ向ける笑顔。


全部重なる。



---


「リノアを創った」



---


静寂。


そして。


もっと恐ろしい事実へ辿り着く。


リノアは。


国家のためじゃない。


研究のためじゃない。


側近候補でもない。



---


自分の孤独を埋めるために創った。



---


ハザムは目を閉じる。


初めて。


怒りとも。


嫉妬とも。


喪失とも違う感情が胸を満たしていた。



---


「私のものだ」



---


誰にも聞こえない声。


だが。


その言葉だけは。


神ではなく。


どうしようもなく人間だった。



---


その頃。


王都から遠く離れた街道。


リノアとユリウスは馬車へ揺られていた。


何も持っていない。


未来も分からない。


追手も来るだろう。


それでも。


二人は笑っていた。


ユリウスが言う。


「今ならまだ戻れますよ」


リノアが笑う。


「戻りません」


即答だった。


ユリウスが吹き出す。


「強いなぁ」


リノアは首を横へ振る。


そして。


そっとユリウスの肩へ寄りかかった。


「弱いですよ」


小さな声。


「だから」


「あなたといたいんです」


夕日が二人を照らす。


誰も知らない。


この小さな幸せが。


神を。


本当に壊し始めたことを。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。

ハザムは、 世界を救うことはできました。

ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。

そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです

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