Episode 5-4 「伝令」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
数日後。
王都。
神殿区画。
夕暮れ。
祈りの時間が終わり、人々も帰り始めていた。
リノアは回廊を歩いていた。
最近。
考えることが増えた。
ユリウスのこと。
ハザムのこと。
そして。
自分自身のこと。
何故か心が落ち着かない。
そんな時だった。
「リノア殿」
静かな声。
振り返る。
紫色の法衣。
紫衣卿セイゼル。
灰神圏最高位側近の一人。
民衆からすれば伝説みたいな存在だった。
リノアは慌てて頭を下げる。
「紫衣卿様」
紫衣卿は頷く。
相変わらず感情が見えない。
風が吹く。
長い沈黙。
そして。
紫衣卿は本題を口にした。
「灰神皇より伝言です」
リノアが少し首を傾げる。
「伝言?」
「はい」
紫衣卿は静かだった。
あまりにも静かだった。
だから逆に怖い。
やがて。
その口が開く。
「灰神皇は貴女を側室に望んでいます」
沈黙。
風が止まった気がした。
リノアは数秒理解できなかった。
「……え?」
紫衣卿は繰り返す。
「灰神皇は貴女を側室に望んでいます」
事務連絡みたいな声だった。
まるで。
今日の天気でも伝えるように。
リノアは完全に固まる。
「わ、私を……?」
「はい」
「な、何故ですか?」
紫衣卿は少しだけ考える。
そして。
正直に答えた。
「分かりません」
リノアが思わず紫衣卿を見る。
まさかの回答だった。
「分からないんですか?」
「分かりません」
即答だった。
「ですが」
紫衣卿は続ける。
「灰神皇が個人へ執着を示した事例は極めて稀です」
リノアの胸がざわつく。
執着。
その言葉が妙に重かった。
紫衣卿は窓の外を見る。
王都。
巨大な都市。
世界の中心。
その全てを支配する男。
ハザム。
「灰神皇は多くを所有しています」
「国も」
「歴史も」
「未来も」
「ですが」
そこで少し言葉が止まる。
紫衣卿自身。
何故そんな事を言うのか分からなかった。
ただ。
どこか引っ掛かっていた。
「失いたくないと思ったものは少ない」
リノアは黙る。
心臓が少し痛い。
何故だろう。
嬉しくない。
むしろ苦しい。
その時。
脳裏へ浮かぶ。
市場。
神殿。
花束を抱えた青年。
『俺、今月ヤバい』
思わず笑ってしまった顔。
ユリウス。
リノアは目を伏せる。
紫衣卿が静かに聞く。
「断りますか」
リノアは答えられない。
断れる相手ではない。
神だ。
この世界の支配者。
だが。
胸の奥が拒絶していた。
その時だった。
回廊の下。
神殿前広場。
偶然。
ユリウスが見えた。
子供達に囲まれている。
また何か頼まれているらしい。
困った顔をしている。
でも笑っていた。
リノアは無意識に見つめる。
紫衣卿も視線を追う。
そして。
初めて気付いた。
「ああ」
小さく呟く。
リノアが振り返る。
「……?」
紫衣卿は何も言わない。
だが。
その光景を見て理解した。
灰神皇が知らないもの。
神が手に入れていないもの。
その正体を。
リノアは小さく呟く。
「少しだけ」
紫衣卿を見る。
「考える時間をください」
紫衣卿は頷く。
「構いません」
そして背を向ける。
去り際。
本当に小さな声で呟いた。
「厄介ですね」
リノアには聞こえなかった。
だが。
その言葉には珍しく感情が混じっていた。
同じ頃。
王城最上階。
窓辺に立つハザムは静かに王都を見下ろしていた。
紫衣卿からの報告を待ちながら。
なぜリノアを手元へ置きたいのか。
自分でも分からない。
ただ。
あの笑顔を。
他の誰かの隣で見るのは。
面白くなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。
ハザムは、 世界を救うことはできました。
ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。
そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです




