Episode 5-3 「空白」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
数日後。
王城。
最上階。
灰神皇私室。
そこへ呼び出された時。
リノアは少し驚いた。
神に最も近い場所。
誰もが憧れる場所。
なのに。
扉の向こうは静かだった。
豪華ではある。
だが。
どこか冷たい。
生活感がない。
人の気配がない。
まるで。
誰も住んでいない家みたいだった。
「入れ」
静かな声。
リノアが中へ入る。
窓際。
ハザムが外を見ていた。
王都。
神殿。
学校。
市場。
人々。
自分が作った世界。
それを眺めている。
だが。
どこか遠かった。
リノアは頭を下げる。
「お呼びでしょうか」
ハザムは振り返る。
相変わらず感情の薄い顔。
老いない男。
神。
人々はそう呼ぶ。
だが。
リノアには少し違って見えていた。
ハザムが言う。
「最近」
「神殿へ通っているらしいな」
「はい」
「何を祈る」
リノアは少し考える。
そして首を横へ振った。
「分かりません」
沈黙。
普通なら怒られそうな答えだった。
だが。
ハザムは怒らない。
「分からない?」
「はい」
リノアは窓の外を見る。
「平和だからでしょうか」
「皆幸せそうです」
「だから」
「祈る理由が見つからないんです」
ハザムは静かに聞いていた。
やがて。
小さく呟く。
「変わった女だ」
リノアは少し笑う。
「よく言われます」
ハザムは何故かその顔を見ていた。
笑顔。
自然な表情。
どこか懐かしい。
だが。
思い出せない。
その時。
リノアが聞いた。
「灰神皇様は」
「祈ったことがありますか」
沈黙。
風が吹く。
カーテンが揺れる。
ハザムはしばらく答えなかった。
やがて。
小さく言う。
「ない」
リノアは少し驚いた。
「一度も?」
「ああ」
「必要がなかった」
それは事実だった。
祈る相手がいない。
願う相手もいない。
ずっとそうだった。
リノアは静かに言う。
「寂しくないですか」
その瞬間。
空気が止まった。
側近たちですら聞かない。
聞けない。
そんな言葉だった。
だが。
リノアは本気で聞いていた。
ハザムは窓の外を見る。
王都。
何万人。
何十万人。
数え切れない命。
皆。
自分を信じている。
なのに。
ふと思う。
最後に。
誰かと食事をしたのはいつだったか。
最後に。
誰かと笑ったのはいつだったか。
思い出せない。
ハザムは静かに答える。
「分からない」
本音だった。
寂しいのか。
そうではないのか。
もう区別がつかない。
リノアは黙る。
そして。
少しだけ悲しそうな顔をした。
ハザムはその顔に違和感を覚える。
何故そんな顔をする。
自分は困っていない。
何も不足していない。
なのに。
リノアは今にも泣きそうだった。
やがて。
リノアは小さく言う。
「私は」
「少し寂しいと思います」
ハザムは目を細める。
「何故だ」
リノアは笑う。
少しだけ。
「だって」
「こんなに広い部屋なのに」
「誰もいないじゃないですか」
静寂。
その言葉だけが残った。
ハザムは答えない。
答えられない。
リノアは一礼する。
「失礼します」
そして部屋を出ていく。
扉が閉まる。
再び静寂。
広い部屋。
書類。
玉座。
窓の外の世界。
ハザムは一人だった。
その時。
ふと。
脳裏を掠める。
黒髪の女。
優しい笑顔。
『ホント遅い』
誰だったか。
思い出せない。
だが。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
ハザムは静かに目を閉じる。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……そうか」
それが何に対する返事だったのか。
ハザム自身にも分からなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。
ハザムは、 世界を救うことはできました。
ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。
そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです




