Episode 5-2 「祈り」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
王都中央。
灰神大聖堂。
白い石柱が空へ伸びる。
巨大な礼拝堂。
無数の人々が祈りを捧げていた。
灰神へ。
平和へ。
明日へ。
静かな祈りの声が響く。
その最奥。
神像の前に、一人の女が跪いていた。
リノア。
白い髪。
静かな瞳。
祈る姿は絵画のようだった。
だが。
本人は困っていた。
何を祈ればいいのか分からない。
幸せだった。
住む場所もある。
食べる物もある。
戦争もない。
それなのに。
胸の奥だけが空っぽだった。
「……分からないな」
小さく呟く。
その時だった。
後ろから聞き覚えのある声がした。
「あ」
リノアが振り返る。
そこには。
少し困った顔の青年。
ユリウス。
両手には花束。
何故か大量。
リノアが首を傾げる。
「花屋ですか?」
ユリウスが苦笑する。
「違います」
「断れなくて」
「気付いたら全部買ってました」
リノアが数秒黙る。
そして。
少しだけ笑った。
ユリウスは目を丸くする。
「笑うんですね」
リノアは少し驚く。
そう言われるのは初めてだった。
ユリウスが隣へ座る。
礼拝堂の空気は静かだった。
不思議と居心地が悪くない。
ユリウスが神像を見上げる。
巨大な灰神像。
神々しい。
絶対的。
皆が憧れる存在。
だが。
ユリウスは首を傾げた。
「すごい人なんでしょうね」
リノアが聞く。
「信じていないんですか?」
「信じてますよ」
ユリウスは笑う。
「でも」
「すごい人だからって」
「寂しくない訳じゃないと思うんです」
リノアが止まる。
その言葉が妙に胸へ残った。
ユリウスは続ける。
「俺だったら嫌ですもん」
「世界中から見られるの」
「落ち着かない」
リノアが少し吹き出す。
ユリウスも笑う。
静かな時間だった。
やがて。
リノアが聞いた。
「家族はいますか?」
ユリウスは少し考える。
そして笑った。
「いません」
「孤児です」
あっけらかんと言う。
リノアは目を伏せる。
「ごめんなさい」
「何でです?」
ユリウスは本当に不思議そうだった。
「俺、結構幸せでしたよ」
「育ててくれた人もいましたし」
「友達もいました」
「お金はなかったですけど」
そして笑う。
「まあ今もないですけど」
リノアはまた笑った。
自分でも驚くほど自然に。
その顔を見て。
ユリウスも少し安心したように笑う。
「リノアさんは?」
沈黙。
リノアは神像を見上げた。
「分からないんです」
「家族も」
「生まれも」
「昔のことも」
「何も」
ユリウスは黙って聞いていた。
否定しない。
同情もしない。
ただ聞いている。
それだけだった。
リノアは不思議だった。
話しやすい。
今まで誰にも話したことがないのに。
その時。
礼拝堂の高窓から光が差し込む。
静かな時間。
誰も言葉を発しない。
だが。
居心地は良かった。
そして。
その様子を見ている者がいた。
大聖堂最上階。
誰も入れない回廊。
灰神皇ハザム・ヴェル。
静かに下を見下ろしている。
リノア。
ユリウス。
笑い合う二人。
その光景を見た瞬間。
胸の奥が僅かにざわついた。
理由は分からない。
理解もできない。
ただ。
面白くなかった。
ハザムは目を細める。
隣には紫衣卿。
「知り合いですか」
静かな問い。
ハザムは答えない。
しばらくして。
小さく呟いた。
「……いや」
本当に知らない。
だが。
目が離せなかった。
下では。
リノアが笑っていた。
その笑顔だけが。
妙に懐かしく見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。
ハザムは、 世界を救うことはできました。
ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。
そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです




