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『神になるには、遅すぎた』 ―誰にも求められなかった男の創世記―  作者: 凡夫 成


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32/80

Episode 5-1 「愛の青年」

いつも読んでいただきありがとうございます。

『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。

主人公は決して善人ではありません。

ですが、悪人とも少し違います。

長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。

そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは本編をどうぞ。


神に最も近い巫女ノリアが死んで、一年。


灰神圏は揺らがなかった。


法は機能し。


教育は行き届き。


属州は安定。


飢餓も。


戦乱も。


かつてより遥かに減った。


人々は言う。


「灰神様のおかげだ」


と。


巨大都市。


整備された街道。


魔導交通。


神殿。


学校。


病院。


灰神圏は、もはや“世界そのもの”だった。


だが。


平和すぎる世界は、ときどき息苦しい。


皆。


正しく生きる。


正しく働く。


正しく祈る。


それが当たり前になっていた。


――王都中央区。


昼。


市場通り。


人々の喧騒の中で、怒鳴り声が響く。


「だから違ぇって言ってんだろ!」


荷車の前。


獣人の商人と、若い兵士が揉めていた。


兵士が怒鳴る。


「通行証が足りない!」


「規則違反だ!」


獣人の男も怒鳴り返す。


「娘が熱出してんだよ!」


「早く薬届けねぇと――」


だが。


兵士も引かない。


周囲の人々は見ているだけだった。


面倒事へ関わりたくない。


そんな空気。


その時だった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


場違いなほど真っ直ぐな声。


人混みを掻き分け、一人の青年が飛び出してくる。


茶髪。


少しくたびれた服。


剣。


だが、あまり強そうには見えない。


青年は慌てながら二人の間へ入った。


「話聞けば解決するかもしれないじゃないですか!」


兵士が顔をしかめる。


「何だお前」


青年は頭を掻く。


「あー……ユリウスです」


「旅人というか……」


「何というか……」


獣人商人が叫ぶ。


「娘が死にそうなんだ!」


ユリウスの顔色が変わる。


即座に荷車を見る。


薬箱。


汗。


焦り。


全部本物だった。


ユリウスは迷わず財布を出す。


「不足分、俺払います」


周囲が静まる。


兵士が呆れる。


「は?」


「お前関係ないだろ」


ユリウスは苦笑する。


「でも困ってるし」


兵士が頭を抱える。


獣人商人は呆然としていた。


結局。


通行許可は下りた。


獣人商人は何度も頭を下げながら去っていく。


ユリウスは空になった財布を見て青ざめた。


「……うわ」


「今月ヤバい」


周囲から笑い声が漏れる。


呆れたような。


でも少し温かい笑いだった。


その時。


通りの向こう。


一人の女が、その様子を見ていた。


白い髪。


透き通るような瞳。


静かな顔。


リノア。


彼女は人混みの中で、じっとユリウスを見ていた。


胸の奥が妙に騒ぐ。


知らない感覚。


温かい。


苦しい。


涙が出そうになる。


ユリウスが気づく。


「あれ?」


「大丈夫ですか?」


リノアは自分の頬へ触れる。


濡れていた。


泣いていた。


理由が分からない。


ユリウスが慌てる。


「えっ!?」


「ご、ごめんなさい俺なんかしました!?」


リノアは小さく首を振る。


「……違う」


声が震えていた。


「あなた」


「温かいんですね」


ユリウスが困惑する。


「へ?」


その時だった。


王城最上階。


巨大な窓の向こう。


灰神皇ハザム・ヴェルは、静かに街を見下ろしていた。


世界は平和だった。


完成されていた。


誰も飢えない。


誰も逆らわない。


神の国。


だが。


その中央で。


神だけが、静かに取り残されていた。


その時。


ハザムの視線が止まる。


街角。


リノア。


ほんの一瞬。


胸の奥に、奇妙な痛みが走った。


懐かしい。


だが。


思い出せない。


ハザムは静かに目を細める。


「……誰だ」


誰へ向けた言葉なのか。


自分でも分からなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。

ハザムは、 世界を救うことはできました。

ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。

そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです

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