Episode 5-1 「愛の青年」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
神に最も近い巫女ノリアが死んで、一年。
灰神圏は揺らがなかった。
法は機能し。
教育は行き届き。
属州は安定。
飢餓も。
戦乱も。
かつてより遥かに減った。
人々は言う。
「灰神様のおかげだ」
と。
巨大都市。
整備された街道。
魔導交通。
神殿。
学校。
病院。
灰神圏は、もはや“世界そのもの”だった。
だが。
平和すぎる世界は、ときどき息苦しい。
皆。
正しく生きる。
正しく働く。
正しく祈る。
それが当たり前になっていた。
――王都中央区。
昼。
市場通り。
人々の喧騒の中で、怒鳴り声が響く。
「だから違ぇって言ってんだろ!」
荷車の前。
獣人の商人と、若い兵士が揉めていた。
兵士が怒鳴る。
「通行証が足りない!」
「規則違反だ!」
獣人の男も怒鳴り返す。
「娘が熱出してんだよ!」
「早く薬届けねぇと――」
だが。
兵士も引かない。
周囲の人々は見ているだけだった。
面倒事へ関わりたくない。
そんな空気。
その時だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
場違いなほど真っ直ぐな声。
人混みを掻き分け、一人の青年が飛び出してくる。
茶髪。
少しくたびれた服。
剣。
だが、あまり強そうには見えない。
青年は慌てながら二人の間へ入った。
「話聞けば解決するかもしれないじゃないですか!」
兵士が顔をしかめる。
「何だお前」
青年は頭を掻く。
「あー……ユリウスです」
「旅人というか……」
「何というか……」
獣人商人が叫ぶ。
「娘が死にそうなんだ!」
ユリウスの顔色が変わる。
即座に荷車を見る。
薬箱。
汗。
焦り。
全部本物だった。
ユリウスは迷わず財布を出す。
「不足分、俺払います」
周囲が静まる。
兵士が呆れる。
「は?」
「お前関係ないだろ」
ユリウスは苦笑する。
「でも困ってるし」
兵士が頭を抱える。
獣人商人は呆然としていた。
結局。
通行許可は下りた。
獣人商人は何度も頭を下げながら去っていく。
ユリウスは空になった財布を見て青ざめた。
「……うわ」
「今月ヤバい」
周囲から笑い声が漏れる。
呆れたような。
でも少し温かい笑いだった。
その時。
通りの向こう。
一人の女が、その様子を見ていた。
白い髪。
透き通るような瞳。
静かな顔。
リノア。
彼女は人混みの中で、じっとユリウスを見ていた。
胸の奥が妙に騒ぐ。
知らない感覚。
温かい。
苦しい。
涙が出そうになる。
ユリウスが気づく。
「あれ?」
「大丈夫ですか?」
リノアは自分の頬へ触れる。
濡れていた。
泣いていた。
理由が分からない。
ユリウスが慌てる。
「えっ!?」
「ご、ごめんなさい俺なんかしました!?」
リノアは小さく首を振る。
「……違う」
声が震えていた。
「あなた」
「温かいんですね」
ユリウスが困惑する。
「へ?」
その時だった。
王城最上階。
巨大な窓の向こう。
灰神皇ハザム・ヴェルは、静かに街を見下ろしていた。
世界は平和だった。
完成されていた。
誰も飢えない。
誰も逆らわない。
神の国。
だが。
その中央で。
神だけが、静かに取り残されていた。
その時。
ハザムの視線が止まる。
街角。
リノア。
ほんの一瞬。
胸の奥に、奇妙な痛みが走った。
懐かしい。
だが。
思い出せない。
ハザムは静かに目を細める。
「……誰だ」
誰へ向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第5章では、 これまでの「国家」「思想」「生存」とは違い、 “感情”をテーマに描いています。
ハザムは、 世界を救うことはできました。
ですが、 誰かを愛することや、 愛されることだけは、 最後まで理解しきれなかったのかもしれません。
そんな神の物語として、 続きを楽しんでいただけたら嬉しいです




