Episode 4-8 「裏社会の勇者」
これは、 誰にも求められなかった男が、 神になってしまった物語。
勇者を倒し、 国を作り、 世界を救いながら。
少しずつ、 人間ではなくなっていく話です。
ハザム視点だけではなく、 「神の世界で生きる普通の人間」 も楽しんでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
五年後。
灰神圏は、さらに巨大になっていた。
表の世界では。
交易。
教育。
法。
秩序。
灰神皇ハザム・ヴェルの支配は、もはや世界そのものになりつつあった。
そして。
裏の世界にも王がいた。
奈落街統領。
灰狼連元締め。
ガロウ。
違法組織。
密輸。
傭兵。
闘技場。
灰神圏裏社会、その全てを束ねる男。
だが不思議と。
奈落街は昔より平和だった。
理不尽な搾取は減り。
混血孤児は保護され。
薬物は徹底的に潰される。
人々は噂した。
「灰狼連は怖ぇ」
「でも、昔よりマシだ」
と。
――王城、大聖堂区画。
白い神殿。
巨大な柱。
祈りを捧げる民衆。
その中央を、一人の女が歩いていた。
純白の巫女装束。
銀糸の刺繍。
長い黒髪。
神に最も近い巫女、ノリア。
灰神皇の代行者。
法と祈りを司る存在。
民衆は頭を垂れる。
だが。
その厳かな空気をぶち壊す声が響いた。
「ぶはっ……!」
ノリアの眉がピクリと動く。
振り返る。
そこには。
腹を抱えて笑うガロウ。
「似合わねぇ……!」
「全然似合わねぇぞソレ!」
周囲の神官たちが凍りつく。
「き、貴様……!」
「神巫女様へ何という――」
ノリアが笑顔で近づく。
怖い笑顔だった。
「……ガロウ?」
ガロウが笑いながら後退する。
「いや悪ぃ!」
「でもお前そういうキャラじゃ――」
拳。
ガロウの顔面へめり込む。
吹き飛ぶ。
神官たちが絶句する。
ノリアは微笑んだまま。
「次笑ったら殺します」
ガロウが鼻血を拭いながら笑う。
「ははっ……!」
「やっぱそっちの方が似合うわ」
その時だった。
大聖堂奥。
空間が静かに歪む。
灰神皇ハザム・ヴェル。
神官たちが一斉に跪く。
ガロウだけは立ったままだった。
ハザムは静かにガロウを見る。
「来たか」
ガロウが肩を鳴らす。
「呼び出したのテメェだろ」
ノリアが頭を抱える。
だが。
ハザムは少しだけ笑った。
「今日は褒美を与える」
空気が変わる。
神官たちがざわめく。
灰神皇からの恩賞。
それは世界を変える。
ハザムは静かに続ける。
「奈落街自治権を与える」
「今後、裏社会統制は灰狼連へ一任する」
完全な国家承認。
奈落街の王。
それを正式に認めるということだった。
だが。
ガロウは鼻で笑った。
「条件がある」
ノリアが嫌な顔をする。
「……またですか」
ハザムが静かに言う。
「言え」
ガロウはナイフを抜いた。
銀色の刃。
奈落街時代から使っているボロボロの得物。
そして。
笑う。
獣みたいに。
「タイマンだ」
沈黙。
神殿全体が凍りついた。
ノリアが絶句する。
「な……」
「何言ってるんですかあなたは!?」
ガロウは笑う。
「神様がどこまで強ぇか」
「確かめねぇとな」
ハザムは数秒黙っていた。
それから。
本当に少しだけ。
楽しそうに笑った。
「……いいだろう」
――その夜。
奈落街。
酒場裏路地。
雨。
泥。
血の臭い。
神の戦場には、あまりにも汚い場所だった。
ガロウが煙草を捨てる。
「玉座でやるかと思ったぜ」
ハザムは静かに立っている。
黒衣のまま。
「お前はこちらの方が好きだろう」
ガロウが笑う。
「分かってんじゃねぇか」
次の瞬間。
ガロウが消えた。
速い。
低い。
完全な路地裏の喧嘩。
ナイフ。
蹴り。
肘。
毒針。
何でもあり。
ハザムはそれを受け流す。
だが。
楽しそうだった。
本当に久しぶりに。
「品がないな」
ガロウが笑う。
「神様相手に礼儀とかいるか?」
轟音。
壁が砕ける。
雨が跳ねる。
奈落街の住民たちが遠巻きに震えていた。
誰も近づけない。
これはもう。
喧嘩ではない。
神話だった。
だが。
最後。
ほんの一瞬。
ハザムの視線が逸れた。
ガロウは見逃さない。
ナイフ。
一閃。
ハザムの頬が裂ける。
血。
静寂。
ガロウも止まる。
ハザムが、自分の血へ触れる。
赤。
温かい。
レオン以来だった。
そして。
ハザムは笑った。
「……痛いな」
その声に。
シエルの記憶が重なる。
“ホント遅い”
雨音だけが響く。
やがて。
ハザムが静かに言う。
「気が変わった」
ガロウが眉をひそめる。
「……あ?」
「褒美を追加する」
「衰えぬ身体を与える」
ノリアが目を見開く。
神官たちが息を呑む。
不老。
それは。
神の領域だった。
ハザムは続ける。
「そして」
「灰神圏裏社会統治権を正式に認める」
ガロウが鼻で笑う。
「国家公認のヤクザになれってか?」
ハザムは少しだけ笑う。
「そうとも言う」
沈黙。
ガロウは空を見上げる。
雨。
奈落街。
仲間。
孤児たち。
全部頭を過る。
やがて。
小さく舌打ちした。
「……しゃーねぇな」
その五十年後。
神に最も近い巫女ノリア死亡。
国葬。
享年七十四。
民衆は涙を流した。
法と祈り。
そして神へ最も近かった女。
灰神圏の歴史へ、その名は深く刻まれた。
そして。
その頃には。
一つの噂が、裏社会で語られていた。
酒場。
裏路地。
古びたカウンター。
老人たちが酒を飲みながら笑う。
「昔よォ」
「神に喧嘩売って」
「傷までつけた馬鹿がいたんだ」
若者たちが笑う。
「んな訳ねぇだろ」
「神だぞ?」
老人が煙草をふかす。
「……でも確かにいた」
「裏社会の勇者ガロウってな」
若者が言う。
「でも死んだんだろ?」
誰も答えない。
その時。
酒場奥。
薄暗い席。
煙草の火だけが小さく揺れる。
そこへ。
一冊の古びた本が置かれていた。
表紙は擦り切れている。
だが。
辛うじて文字が読める。
『自由と国家』
著者――セイジ。
ページが風でめくれる。
そこへ書かれていた。
“人は考えるべきだ”
煙が静かに揺れる。
だが。
席の主の顔だけは。
最後まで見えなかった。
読んでいただきありがとうございます!
気付けばキャラもかなり増え、 国家レベルの話になってきましたが、 根本はずっと、
「人間って面倒くさい」
を書いてる気がします。
戦いも好きですが、 会話シーンや、 キャラ同士の距離感を書くのもかなり好きなので、 その辺楽しんでもらえたら嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




