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『神になるには、遅すぎた』 ―誰にも求められなかった男の創世記―  作者: 凡夫 成


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23/80

Episode 3-8 「ホント遅い」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。

この作品は、戦いや能力だけではなく、

「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」

を描いていけたらと思っています。

よければ感想などいただけると励みになります。

次回もよろしくお願いします。


十年後。


灰神圏は、さらに巨大になっていた。


属国は増え。


交易は世界を覆い。


教育制度は全土へ浸透した。


争いは減った。


飢えも減った。


人々は口を揃える。


「灰神圏は豊かだ」と。


そして。


その礎を築いた女がいた。


女官シエル。


教育制度の母。


法整備の完成者。


灰神帝国の頭脳。


だが今。


その身体は、病に蝕まれていた。


――王城医療区画。


白い部屋。


窓から差し込む夕陽。


ベッドへ横たわるシエルは、もう痩せ細っていた。


長い黒髪も短くなり。


呼吸も浅い。


医官たちは皆、沈痛な顔をしている。


「末期です」


「全身転移も確認されています」


「通常治療では……」


その言葉を遮るように。


静かな声が響く。


「治せる」


部屋が静まり返る。


灰神皇ハザム・ヴェル。


百年以上変わらぬ姿。


若いままの顔。


感情の薄い瞳。


ハザムは、ベッド横へ立つ。


「俺なら治せる」


医官たちは目を伏せる。


当然だった。


神なのだから。


だが。


シエルは小さく笑った。


「でしょうね」


その声は弱い。


でも。


昔と変わらない皮肉っぽさが残っていた。


ハザムが言う。


「何故拒む」


シエルは少しだけ窓を見る。


夕焼け。


遠くの王都。


今日も人々は生きている。


笑って。


恋をして。


老いて。


死ぬ。


「……あなた、本当に分からないんですね」


ハザムは黙る。


シエルは小さく息を吐く。


「終わるから、人なんですよ」


その言葉に。


ハザムの目が、わずかに揺れる。


昔。


同じことを言った男がいた。


セイジ。


そして。


もっと昔。


もっと遠い誰かも。


シエルは続ける。


「私は、人として死にたい」


「ちゃんと老いて」


「ちゃんと終わりたい」


静寂。


ハザムは何も言えない。


治せる。


救える。


でも。


それはシエルが望むものではない。


シエルが少し笑う。


「それに」


「もう子供も産めない身体ですし」


ハザムが目を細める。


シエルは淡々と言った。


「国家に人生使いすぎました」


「失敗でしたね」


軽く言ったつもりだった。


だが。


その言葉が。


妙に重かった。


ハザムは静かに座る。


ベッドの横。


長い沈黙。


シエルが小さく呟く。


「……ねえ」


「あなた、まだ怖いんですか」


ハザムは答えない。


だが。


沈黙が答えだった。


失うこと。


終わること。


一人になること。


神になっても。


それだけは怖かった。


シエルは目を閉じる。


「ホント不器用」


少しだけ笑う。


その笑顔が。


ユリアとも。


クメルとも違うのに。


なぜか全部を思い出させた。


そして。


ハザムは。


初めて。


本当に初めて。


小さく呟いた。


「……ごめん」


その声は。


神の声ではなかった。


ただの。


遅すぎた男の声だった。


シエルがゆっくり目を開ける。


少し驚いた顔。


それから。


困ったように笑った。


「……やっとですか?」


静かな沈黙。


そして。


小さく。


本当に小さく言う。


「ホント遅い」


その数日後。


女官シエルは死亡した。


享年四十七。


灰神圏史上最大の国葬が執り行われた。


街には白い花が並び。


人々は涙を流した。


「教育をありがとう」


「子供が学べました」


「シエル様のおかげで救われました」


民衆は、心から彼女を愛していた。


だが。


棺の前に立つハザムだけは。


何も言わなかった。


言えなかった。


ただ静かに。


花へ触れていた。


その頃。


王都外縁、混血街区“奈落街”。


灰神圏最大の無法地帯。


違法闘技場。


密輸。


娼館。


傭兵。


国家から弾かれた者たちが集まる街。


オーガ。


エルフ。


獣人。


ドワーフ。


様々な種族が、泥みたいに混ざり合って生きていた。


その地下酒場で。


一人の少年が、男を殴り倒していた。


灰色の髪。


鋭い目。


十五歳。


名を、ガロウ。


相手は成人のオーガだった。


だが。


ガロウは躊躇なく喉へナイフを突きつける。


周囲の荒くれ者たちが笑う。


「やりやがった!」


「若頭補佐の勝ちだ!!」


「ガロウ!!」


歓声。


酒。


怒号。


血。


そこは。


灰神圏の裏側だった。


ガロウは倒れた男を見下ろす。


そして。


懐から一冊の古い本を取り出す。


ボロボロになった思想書。


著者名は消されている。


だが。


その思想だけは残っていた。


“人は考えるべきだ”


ガロウは静かに本を閉じる。


遠くで鐘が鳴っている。


シエル国葬の鐘。


少年は、その音を聞きながら小さく呟いた。


「……神か」


その目には。


怒りがあった。


神への。


世界への。

いつも読んでいただきありがとうございます。

『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。

主人公は決して善人ではありません。

ですが、悪人とも少し違います。

長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。

そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは本編をどうぞ。

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