Episode 3-7 「痛み」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
夜。
灰神皇執務室。
巨大な窓の外では、王都の灯りが揺れている。
歓声。
音楽。
笑い声。
今日も灰神圏は平和だった。
その部屋の中央で。
シエルは、黙ったまま立っていた。
向かいには。
灰神皇ハザム・ヴェル。
その後ろには、
白騎士レグオン。
黒騎士ヴァズ。
紫衣卿セイゼル。
神の側近たち。
完全な帝国。
だが。
シエルだけは違った。
「……満足ですか」
低い声だった。
ハザムは静かに書類を見ている。
「自由灯団残党の鎮圧は完了した」
「治安指数も回復している」
「西部属州の暴動率も――」
乾いた音が響く。
パァン――。
部屋が静まり返った。
シエルの手が震えている。
ハザムの頬には、赤い跡。
白騎士も。
黒騎士も。
紫衣卿も。
誰も動かない。
シエルは荒い息で睨んでいた。
「……最低」
ハザムは少しだけ目を瞬かせる。
本当に。
少し驚いた顔だった。
「何故だ」
シエルの顔が歪む。
「何故って……!」
「あなた……!」
声が震えていた。
怒りなのか。
悲しみなのか。
もう自分でも分かっていない。
ハザムは静かに言う。
「国家反逆罪だ」
「お前が作った法律でもある」
正論だった。
完璧な。
国家としての正解。
だが。
シエルは叫ぶ。
「そういう話じゃない!!」
部屋の空気が震える。
シエルの目には涙が滲んでいた。
「法律とか!」
「正しいとか!」
「そんなことじゃなくて!!」
ハザムは黙る。
シエルは続ける。
「セイジは……!」
喉が詰まる。
「人だったでしょうが!!」
静寂。
その言葉だけが、部屋へ残る。
人。
昔。
自分もそう呼ばれていた気がする。
ハザムの目が、ほんの少しだけ揺れる。
だが。
遠い。
あまりにも遠かった。
シエルが苦しそうに言う。
「あなたは……」
「何でそんな顔してるんですか……」
ハザムは答えない。
感情が薄い。
怒りも。
悲しみも。
ほとんど消えている。
それが。
シエルには耐えられなかった。
「何で平気なんですか……!」
「何でそんな静かなんですか!!」
沈黙。
やがて。
ハザムが小さく呟く。
「……間違っていたか?」
その声は。
本気だった。
シエルが目を見開く。
この男は。
まだ分かっていない。
何を失ったのか。
どこまで壊れたのか。
シエルは唇を震わせる。
「間違いとかじゃない……」
「あなたはもう……」
続きを言えなかった。
神。
魔王。
救世主。
化け物。
どれも違う気がした。
ただ。
もう、人ではない。
それだけが苦しかった。
シエルは顔を伏せる。
涙が落ちる。
紫衣卿セイゼルは、その光景を無表情で見ていた。
だが。
魔導義肢の指先だけが、わずかに動く。
昔。
自分も。
こんな風に怒ってくれる誰かが欲しかった気がした。
やがてシエルは背を向ける。
「……今日は、もう帰ります」
誰も止めない。
扉が閉まる。
静寂。
王都の灯りだけが揺れている。
ハザムは、一人静かに立っていた。
そして。
自分の頬へ触れる。
熱が残っている。
痛み。
そんなもの。
いつ以来だったか。
ハザムは小さく呟く。
「……痛いな」
その声は。
どこか少しだけ。
寂しそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
よければ感想などいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




