Episode 3-2 「俗な神」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
深夜だった。
王城最上階。
灰神皇執務室。
大量の書類が山積みになっている。
教育法改正案。
地方学校予算。
剣闘士管理法。
夜業区画税率調整。
灰神圏ほど巨大な国家になると、世界を回すだけで膨大な書類が必要だった。
そして。
その半分以上を処理しているのが――。
「……何なの? あの男」
机へ書類を叩きつけながら、シエルが苛立った声を出す。
「本当に腹立つんですけど」
ハザムは窓際で酒を飲みながら静かに聞いていた。
「“消費される自由”って何ですかあれ」
「言い方がいちいち嫌味なんですよ!」
「理屈は分かるんです!」
「でも毎回神経逆撫でしてくるんです!」
珍しく感情的だった。
普段のシエルなら、こんな風に声を荒げない。
ハザムは少しだけ目を細める。
「お前、感情で喋るんだな」
シエルが睨む。
「誰のせいですか」
「?」
「この国の問題、全部こっちに来るんですよ!」
書類をばんばん叩く。
「剣闘士側は“誇りだ”って言うし!」
「芸能区画は“夢を与えてる”って言うし!」
「でも地方では種族差別が悪化してる!」
「全部正しいから余計面倒なんです!」
ハザムは少し黙る。
それから、小さく笑った。
シエルが止まる。
「……今、笑いました?」
「いや」
「笑いましたよね?」
「気のせいだ」
シエルは怪訝そうに目を細める。
最近。
ハザムは時々こんな顔をする。
ほんの少しだけ。
昔を思い出しているような顔。
だが、それもすぐ消える。
シエルはため息を吐き、再び書類へ視線を戻した。
その時だった。
ハザムが後ろから近づく。
静かに。
気配もなく。
シエルが気づいた時には、すぐ後ろに立っていた。
「……近いです」
「そうか?」
「そうです」
ハザムはシエルの肩越しに書類を見る。
髪が少し触れる。
シエルが露骨に嫌そうな顔をした。
「やめてください」
「何をだ」
「今の空気です」
「空気?」
「長生きすると距離感壊れるんですか?」
ハザムは少し考える。
「……昔は、もう少し優しかった」
シエルが即答する。
「前任者と比較しないでください」
ハザムの動きが止まる。
その反応を見て、シエルは少しだけ目を細めた。
図星だ。
ユリア。
クメル。
きっと昔の女たちは、もっと違う距離でこの男と接していた。
だが。
シエルは違う。
「私は慰め係じゃありません」
シエルは冷静に言った。
「あなた、寂しいだけでしょう」
その瞬間。
執務室が静まる。
ハザムは答えない。
ただ窓の外を見る。
夜の街。
歌声。
笑い声。
欲望。
百年以上管理してきた世界。
なのに。
時々、妙に空虚だった。
「……不思議だな」
ハザムがぽつりと呟く。
「昔より、欲だけは消えない」
シエルは呆れた顔をする。
「最低ですね、灰神皇」
「否定はしない」
その時だった。
執務室の扉が開く。
ナギが入ってくる。
そして。
微妙な空気を察した。
沈黙。
ナギがゆっくりハザムを見る。
シエルを見る。
それから、静かに言った。
「……何してるんだ?」
シエルが即答する。
「老害の介護です」
ナギは少しだけ目を細める。
ハザムは窓の外を見たまま、小さく息を吐いた。
その姿は。
神というより。
少しだけ、疲れた男に見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
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次回もよろしくお願いします。




