Episode 2-7 「神話の時代」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
レオン戦争終結から、五十年。
世界は変わった。
西方諸国は属国となり。
交易路は統一され。
混血種への迫害も、大規模なものは消えた。
戦争は減った。
飢えも減った。
人々は口を揃える。
「平和な時代だ」と。
そして。
その平和を築いた王を、人々は畏れと共に呼ぶ。
――灰神皇ハザム・ヴェル。
その名前を。
もう誰も、“人間”として呼ばない。
王都中央。
巨大な白い霊廟。
今日、そこには数万人の民衆が集まっていた。
鐘が鳴る。
静かに。
何度も。
棺が運ばれていく。
純白の花に囲まれた棺。
中で眠るのは、一人の女。
クメル。
治癒院創設者。
灰神圏医療制度の母。
敵味方関係なく命を救い続けた、“聖女”。
泣いている者も多い。
老人たちは口々に言う。
「クメル様には救われた」
「うちの孫も」
「最後まで優しい人だった」
若い世代にとっては、もう歴史上の人物だった。
だが。
それでも皆、頭を垂れる。
棺の前。
黒い衣を纏った男が立っていた。
灰神皇ハザム・ヴェル。
百年以上、姿の変わらぬ王。
若いままの顔。
静かな瞳。
感情の薄い横顔。
その左右には、二人の騎士が立っている。
漆黒の甲冑。
黒騎士ヴァズ。
純白の甲冑。
白騎士レグオン。
“神の双騎士”。
灰神皇最強の守護者。
人々の憧れ。
だが。
二人は一切喋らない。
微動だにせず。
感情もなく。
ただ、棺の前へ立っている。
それを見ながら、ナギは静かに目を伏せた。
死んでいない。
だが。
生きてもいない。
あれはもう。
“勇者”ではない。
シエルがゆっくり前へ出る。
彼女は民衆へ向け、静かに言葉を紡ぐ。
「クメル様は、生涯を通して命を救い続けました」
「人間も、混血も、敵も味方も関係なく」
「それは、この国が最も誇るべき優しさです」
民衆が静かに頭を下げる。
ハザムは黙って棺を見ていた。
白い花。
閉じられた目。
穏やかな顔。
その姿を見ていると。
胸の奥に、何かが引っかかる。
思い出しかける。
白髪の女。
暖かい午後。
水を渡される感覚。
だが。
名前が出てこない。
その時。
シエルが小さく言った。
「……最近、忘れることが増えましたね」
ハザムは少しだけ目を細める。
「そう見えるか」
「ええ」
シエルは静かに棺を見る。
「でも」
「忘れなければ、あなたは壊れていた」
風が吹く。
白い花びらが舞う。
遠くで子供たちの声が聞こえる。
平和だった。
確かに。
この国は平和なのだ。
その時。
群衆の後方がざわめく。
若い兵士たちが、小声で話していた。
「見たか?」
「白騎士様だ……」
「黒騎士様も」
「本当に喋らないんだな」
彼らにとって。
双騎士は伝説だった。
誰も知らない。
かつて“勇者”と呼ばれたことを。
ナギだけが、静かに目を閉じる。
そして。
小さく呟いた。
「……誰も」
「もう、あんたを人間だと思ってない」
ハザムは空を見る。
灰色の空。
二つの月。
遠すぎる時間。
やがて。
静かに答えた。
「そうか」
その声には。
もう、ほとんど感情が残っていなかった。
視界の端に文字が浮かぶ。
> 《旧個体名:ハザム》
《現管理名称》
《灰神皇ハザム・ヴェル》
その表示を見ながら。
ハザムは、ただ静かに立っていた。
まるで。
世界そのものみたいに。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
よければ感想などいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




