Episode 2-5 「勇者の終わり」
いつも読んでいただきありがとうございます。
『神になるには、遅すぎた』は、異世界転生・国家運営・ダークファンタジーを軸にしつつ、“人間性の変化”をテーマに描いています。
主人公は決して善人ではありません。
ですが、悪人とも少し違います。
長い時間の中で、人が何を失い、何を残すのか。
そんな物語として楽しんでいただければ嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
雨が降っていた。
灰色の空。
泥濘んだ大地。
血と雨が混ざり、戦場を赤黒く染めている。
レオンは膝をついていた。
肩で息をする。
鎧は砕け、左腕は上がらない。
対するカズハも無傷ではなかった。
黒い外套は裂け、片腕から黒い血が滴っている。
だが。
立っている。
まるで壊れた兵器みたいに。
周囲では、両軍の兵士たちが息を呑んでいた。
誰も近づけない。
これはもう、軍同士の戦争じゃない。
“勇者”同士の戦いだった。
「……はは」
レオンが血を吐きながら笑う。
「ほんとに、人間かよ」
カズハは答えない。
ただ静かに剣を構えている。
レオンは、その目を見る。
空っぽだった。
怒りも。
憎しみも。
希望も。
何もない。
なのに。
ほんの一瞬だけ。
その奥に、“誰か”がいる気がした。
レオンが低く言う。
「お前……」
「昔、勇者だったのか?」
空気が止まる。
カズハの剣先が、わずかに揺れた。
それだけだった。
だが。
レオンには分かった。
当たりだ。
「……そうかよ」
レオンが苦く笑う。
「ハザムは」
「負けた勇者まで使うのか」
カズハは静かに答える。
「違う」
「……?」
「俺が、残った」
雨音。
遠くで雷鳴が響く。
カズハは続ける。
「勇者は負ける」
「正義も、理想も、希望も」
「最後には、現実に飲まれる」
その声は、妙に静かだった。
まるで。
自分に言い聞かせているみたいに。
レオンはゆっくり立ち上がる。
脚が震える。
それでも剣を握る。
「だったら」
「なんで、まだ戦ってる」
カズハは答えない。
代わりに。
脳裏へ、昔の声が蘇る。
『先輩、遅いっすよ』
飲み会。
笑い声。
くだらない会話。
もう遠すぎて、夢みたいだった。
カズハは目を閉じる。
そして。
小さく呟いた。
「……分からねぇよ」
その瞬間。
レオンが踏み込む。
最後の突撃。
剣が閃く。
カズハも迎え撃つ。
激突。
火花。
轟音。
次の瞬間。
黒い剣が、空を舞った。
カズハの目が、わずかに見開かれる。
レオンの剣が、カズハの胸を貫いていた。
静寂。
雨だけが降っている。
兵士たちが息を呑む。
黒騎士が。
ハザム最古の側近が。
敗れた。
レオンは荒い息を吐く。
剣を引き抜こうとする。
だが。
カズハが、その腕を掴んだ。
強かった。
死にかけているとは思えないほど。
レオンが目を見開く。
カズハは、ほんの少し笑っていた。
軽薄な。
若い男みたいな笑み。
「……お前」
「ほんと、眩しいな」
レオンの背筋が凍る。
その顔。
その笑い方。
一瞬だけ、“普通の人間”に見えた。
カズハは空を見る。
雨が顔を流れていく。
「なぁ、レオン」
「……なんだ」
「ハザムを、止められると思うか?」
レオンは迷わなかった。
「止める」
カズハは目を細める。
少しだけ。
嬉しそうだった。
「……そっか」
その手から力が抜ける。
黒騎士カズハは、静かに崩れ落ちた。
戦場に沈黙が広がる。
誰も動けない。
その時だった。
空気が変わる。
重い。
圧倒的な何かが、戦場全体へ降りてくる。
兵士たちがざわめく。
混血兵たちが膝をつく。
レオンがゆっくり顔を上げる。
遠く。
灰色の丘の上。
黒い衣を纏った男が立っていた。
ハザム。
灰神。
建国王。
数万の戦場が、一瞬で静まり返る。
ハザムは、倒れたカズハを見る。
視界の端に文字が浮かぶ。
> 《第一側近》
《機能停止を確認》
その表示を見ながら。
ハザムは静かに呟いた。
「……そうか」
その声には。
悲しみも。
怒りも。
ほとんど残っていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しずつですが、主人公自身も“人間”から変わり始めています。
この作品は、戦いや能力だけではなく、
「世界を作る側になった時、人は何を失うのか」
を描いていけたらと思っています。
よければ感想などいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




